今ここにいることを楽しむ《週刊READING LIFE vol.140「夏の終わり」》
2021/08/23/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
夏の終わりに恋は終わる。
古代から伝わる陰陽五行の考え方でいうと、夏は火に配当され、火は喜びの感情を表すという。喜びという感情だけは、維持できないもので、刹那で終わる。
ひと夏の恋というが、夏に始まったものは、すぐに終わってしまう。
経験があると言えばある。
最初の恋は、ひと夏で終わってしまった。
夏の終わりの寂しさは、たまらなく切ない。
夏が一瞬で終わってしまうからだ。
7月はまだ梅雨が明けていないことが多くて、雨の日が続いてうんざりしていたりして、
ようやく梅雨が明けたと思えば、8月7日ごろには立秋を迎える。
ツクツクボウシが鳴き始めて、夏の終わりを感じさせる。
夕暮れがどんどん早くなり、カナカナとヒグラシの鳴く声に、過ぎ去るときの流れを感じる。
子どものころは、8月24日の地蔵盆がとても楽しみだった。地蔵盆とは、地蔵菩薩の縁日にあたる旧暦7月24日、現在では新暦8月24日を中心に行われるもので、発祥地の京都を含む関西で行われている。お地蔵さんを祀った祠の前で、子どもたちのために1日を過ごす。京都をつなぐ無形文化遺産に「京の地蔵盆」が2014年に選定されている。
私にとって、お正月に匹敵するほど地蔵盆は大イベントだった。大人たちが子どもをもてなしてくれる日と言っていい。お菓子をたくさんいただいて、朝から晩まで、福引きや、すいか割り、ゲームなどをして遊んでもらって、夜には浴衣を着てお寺に集まり、とても大きな数珠を皆で囲んで数珠回しをして、外で花火をした。楽しすぎて、この日をとても楽しみにしていた記憶がある。
その地蔵盆が終われば、楽しみはなくなるし、夏休みは残りわずか、宿題を片付けるという現実に一気に引き戻されたものだった。
燃え上っている絶頂期に、不安になるということはないだろうか。私は恋愛において、愛されている絶頂期に、この幸せな状態が長くは続かないことを予感して、悲しくなる。
18歳のときにフランス映画、パトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』を見てしまったからかもしれない。
この映画は、少年時代に理容室に通って髪結いを妻にすると決めた主人公が、中年になって、美しい髪結いマチルドを見つけて、その場で求婚する話だ。最初は無視したマチルドが、3週間後に訪れたときに、「あなたの言葉に心を動かされました。あなたの妻になります」と言った。友だちも、子どもも、仕事もいらないし、旅行もしない。大切なのは、マチルドだけだった。サロンで官能的なシーンが繰り広げられる。幸福で穏やかな10年が過ぎてゆく。
雷雨のある日、マチルドは言った。
「ひとつだけ約束して。愛しているふりは絶対しないで」
店を閉めて、愛を交わした。終わるやいなや、マチルドは、服も乱れたまま買い物に行くと言って雨の中をいそいそと出て行った。なんと、彼女は増水した川に身投げしてしまった。
「あなたが心変わりして不幸になる前に死にます」という手紙を残して死んでしまった。
この映画を見て、とても考えさせられた。マチルドは、夫が心変わりするのが耐えられないから死を選択した。愛されているにもかかわらずだ。しかも、夫が心変わりをする不安要素は全くない。中年男性で、趣味もないし、外に出かけることもしない。ずっと、働くマチルドを見ていて、客の目を盗んで官能的なことをしているだけだ。この幸せを維持するためには、死を選ばないといけないのか・・・・・・
恋愛して、私も同じ気持ちになった。こんなに愛してくれるのがそう長く続くとは思えなくて、それなら今別れたほうがいいのではないかという考えが頭をよぎる。実際に彼氏にそう言ったことがある。
わけがわからない、面倒臭い女だ。今の幸せを十分に味わえないとは、なんて不幸なのだろうか。
未来を憂えて、今の幸せを自ら破壊してしまうのをやめて、いまあるかけがえのない幸せを噛みしめて、未来の可能性については覚悟を決めたいと思う。最悪の事態を覚悟しておけば、
あとは今を自由に楽しむ。最悪のときは想定をしておいて、そのときに対処すればいい。今は現実化されていないのだから。
夏の終わりに感じる、虚しさ、はかなさ、切なさは、これからくる寒い冬への本能的なものなのかもしれない。冬にどう過ごすかを覚悟しておけば、恐れる必要はない。冬は毎年必ずやってくるのだから。
それと同じように、燃え上っている火の盛りのときに、その勢いを楽しみ、火が消えたときのことを必要以上に悲観して、自滅しない。
夏には夏の楽しさがあるように、冬には冬の楽しさがある。
今ここを楽しんで生きることが、幸せになる秘訣かもしれない。
□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
同志社大学卒。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。
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