「なぜなぜ」は人に使ってはいけない《週刊READING LIFE》
2021/12/06/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE公認ライター)
今から10年ほど前のことだ。当時勤めていた工場で、私は急に30人近い部下を抱えることになった。その内の7割位が20代の社員で、入社5年未満の若手が中心だった。
私自身、これだけの人数の部下を持つのは初めてだった。おまけに、それまで外注していた仕事を自分たちでやることになり、そもそも業務のスキルが足りていない。
「彼らをこれからどう育てていけばいいのだろう?」
そんな迷いを持ちながらのスタートだった。
私たちの仕事は工場での生産を支える仕事で、工場における「エッセンシャルワーク」とも言える仕事だ。生産するために必要な電気や水を供給したり、工場から出てくる排水を処理する仕事である。
日常的には機械を点検したり、メンテナンスしたりする仕事が中心で、マニュアルも揃っていた。けれども、停電とか水漏れといったトラブルも時々起こる。トラブルが起きる状況も原因も様々だ。基本的な対応マニュアルはあるけれど、「現場での対応力」が問われる。
ところが、経験年数が少ないと、トラブル自体を経験する機会が少ない。そんなわけで、私が彼らの上司になって間もない頃、判断ミスや思い込みで生産停止につながるトラブルを引き起こしたり、迅速に対応できずに被害を拡大させるという出来事が立て続けに起きた。
その日も、担当者の勘違いで水漏れトラブルへの対応が遅れるという出来事が起きた。幸い、そばにいた部長が指示を出して、大事には至らなかった。
「最近起きている問題について、なぜ的確な対応ができなかったのか。原因をしっかり考えて対策をとるように」と部長から指示が出た。
私たちは「問題解決手法」を使って、対策を考えることにした。「問題解決手法」は、特に製造業でよく使われているものだ。私たちも、普段から改善活動を進めていくときに、この手法を使っていたので、同じやり方で今起きている問題に対して、改善策を考えることにしたのだ。
「今回のトラブルへの対応について、どこがまずかったと思う?」
「すぐに現場を確認しに行かなかったことです」
「生産側で何かをやっているのだろうと、思い込みで判断したこともまずかったです」
部下たちは口々に、自分たちの対応のまずかった所を話し出す。
「じゃあ、なぜすぐに現場を確認しに行かなかったんだろう?」
「大したことがないと思っていたから」
「他の人は点検に出払っていて、すぐに行ける人がいなかったというのもあります」
「じゃあ、なんで大したことがないと思っちゃったんだろう?」
「……」
段々とお通夜のような雰囲気になってくる。
思い込みで判断が遅れた原因をつかんで対策をしなければ、次もまた同じことが起こるだろう。真の原因を突き止めるまで「なぜ?」を繰り返していく。
でも、結局行き着いた先は、「担当者の力量が不足していたから」みたいな、まるで犯人さがしのような結論だった。
私はこの「なぜ? なぜ?」を繰り返していくのが「何だか息苦しいな」と感じていた。
当事者となった担当者は「自分に能力がなかったからだ」と思ってしまうのではないか?
失敗して覚えていくことだってあるのに、これでいいのかな?
それでなくても、私たちのような仕事は「ちゃんとできていて当たり前」で、ちゃんと電気や水を送っているからといって褒めてもらえることなどない。「怒られてばかりで、やってられない」と思う部下がいてもおかしくない。
「今回のことを教訓にして、勉強会も定期的にしていこう」
シュンとなっている部下たちを前にそう言いながら、私は何だかいたたまれない気持ちを感じていた。
それから数か月経った頃、管理職を対象にした研修会があった。「活気のある職場にするために何をしたらよいか」というテーマで、外部講師を呼んでの研修会だった。その研修会で、講師は開口一番、こんな話をしてくれた。
「従来の問題解決手法は、物やシステムに関する問題にはとても有効です。でも、人や組織の問題には向きません。何が悪かったのか? ではなく、どうなったらいいか? という視点で考えることが大事です」
その言葉を聞いた瞬間、私は今まで抱えていたモヤモヤが消えて、目の前がパーッと明るく照らされたような気持ちがした。
「そうか! 大事なのは、どこに目を向けるかだったんだ。欲しい結果に目を向けていけばいいんだ」
この考え方は、その後の私にとって大切な指針となった。
ある日、発生頻度は少ないけれど、緊急度の高いトラブルが発生した。これまでに対応した経験のない若い部下たちは、現場で何をしたらよいか分からず、初動が遅れた。その後、報告を受けて駆けつけた私と、業務経験の長い社員の指示に従って動いてくれたが、明らかに戸惑っている様子が見てとれた。
「テキパキと動く私たちを目の前にして、ひょっとしたら自分が何もできないと思っているかもしれない」と私は思った。
私自身がまだ経験が浅かった頃、目の前の若い部下と同じように、私もただ現場でオロオロと立ち尽くしたことがあったからだ。
工場内で消防用の水槽から水が漏れ、現場に着いた時にはくるぶしまで水に浸かるほど漏水が広がっていたのを前にして、私はまず何をしたらよいのか見当がつかなかった。ただ、先輩社員や同僚たちがテキパキと動き、周りに的確な指示を出し、その場にある物を使って対応しているのを見ているしかなかった。
「すごい対応力だな」と思ったけれど、私にはそこまでの力が無いのが悔しかった。
現場にいて、決まり悪そうに立っている部下の姿と昔の私の姿を重ねながら、これを部下の成長の機会にできたらいいなと思った。
次の日、私は部下たちを集めてミーティングをした。
「今回起きたトラブルって、めったに起きるものじゃないから、せっかくだからいい教材にしよう」
私はそう言うと、トラブルの発生状況や原因、当日の対応の内容について説明した。そのうえで、「何が足りなかったか?」ではなく、「何ができていたらよかったと思う?」と問いかけた。
すると、部下たちからは次々と意見が出てきた。
「じゃあ、そのためにはどんなことができるだろう?」
そう問いかけると、「現場に表示をしよう」、「図面も置いておこう」、「チェックシートを作ろう」と色々なアイディアが出てきた。
「いいねー。あとさ、ひょっとしたら今回のトラブル、前兆があったと思うんだよね」
私はそう言うと、前兆としてよく見られる現象を伝えた。
「その現象を、より早くつかめるようにするには、どうしたらいいと思う?」
私がそう問いかけると、一人の部下が「そうか!」と声を上げて、こう答えた。
「普段から点検する時に、よく観察すれば見つけられます」
それを聞いた他の部下たちも、「あぁ」と気づいた様子で、表情がパッと明るくなった。
そして、私からあれこれ指示を出さなくても、「じゃあ、それを点検表に追加します!」、「現場にも表示をしておこう。それは僕たちの班でやります」と自発的に行動をしてくれるようになった。
なんだか、「なぜ?」、「なぜ?」と繰り返していた時よりも楽しかったし、皆が生き生きしていた。欲しい結果を共有することで、犯人さがしのようなことをしていた時よりも、職場の雰囲気は良くなった。
上手くいかない理由を「なぜ?」、「なぜ?」と突き詰めていけば、本質をズバリとつかんで、劇的に変化する策をいつか得ることができるかもしれないが、そこに至るまでの道は遠いかもしれないし、その道のりは時に苦しい。ともすれば、「足りないもの」を探し続けることになる。それに、安全・安心感がない。失敗が許されないような緊張感が人を萎縮させたりする。
けれども、「どうなりたいか」を描いて、「そのためには?」、「そのためには?」と考えていくと、色々なアイディアが出て、どんどん行動したくなる。その一歩一歩は小さいかもしれない。でも、確実に欲しい結果に近づいていく実感があるのだ。
私の部下への向き合い方を変えてくれた「解決志向」というこの考え方。今の私は部下を抱える立場ではないけれど、自分に対しても私と関わる方に対しても、この考え方で人と向き合っていきたいと思っている。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からライターズ倶楽部参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せる存在になることを目指している。
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