福岡醤油のあまーいお話。

【福岡醤油のあまーいお話。】探索06.地域の特性を受けて柔軟に変化する不思議な調味料《株式会社ごとう醤油》


2021/12/27/公開
記事:中川 文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
これまで実際に県内のお醤油屋さんを巡り、福岡県の甘いお醤油についてのお話を伺ってきた。福岡のお醤油は、その蔵独自の味や香りを守り続けるため努力を重ねる作り手と、その醤油を愛して使い続けるお客様によって支えられてきた。“良いものは変わらず作り続ける” という誇りを持ち、なおかつ時代の変遷に合わせて様々な変化を模索する。取材を通して、お醤油屋さん各々の取り組みが浮き彫りになって来る。
 
最終回は『ごとう醤油』の五嶋隆二ごとうりゅうじさんにお話を伺った。
 

 

ごとう醤油は大正2年に曽祖父が創業し、私で4代目になります。北九州市八幡東区やはたひがしくに蔵を構えており、空襲で焼け出されるなどして創業当時とは違う場所に建ってはいますが、その周辺でずっと醤油づくりを続けてきました。福岡県内の醤油屋では、昔ながらの方法である個人宅への配達業務が比較的まだ残っているのですが、実はごとう醤油では13年ほど前に止めました。苦渋の決断ではあったのですが、高齢化が進み、一か月空けて配達に行ったら空き家になっていたとか、共働き家庭の増加で配達に伺う日中に誰もいない家が増えたとか、そういったことがぽつぽつと出てきまして。ライフスタイル・買い物スタイルの変化がある中「どういった届け方がベストなのか?」と考えた末、それまでの配達から卸売りをメインに業態転換しました。

 

 
18年前に家業を継ぐために北九州に戻ってきた際、醤油の消費量の減少に危機感を覚えたそうだ。そこから時間をかけて一から販路開拓を行い、販売方法の変更を行った。さらに、新しい商品として “無添加の醤油” を作り始めた。
 

「何か特徴のある商品を作りたい」と考えた時に無添加のものというのが頭に浮かびました。九州のお醤油というのは基本的に甘味料などで甘味づけされるため、添加物が入っているんですね。食品添加物というのは食品に美味しさをプラスするために作られているものなのでもちろん入っていれば美味しく感じますし、うちも甘味料入りのお醤油を作っています。けれど “醤油というのは素材の味を引き立たせるための調味料なのだ” ということを考えた時に、大豆・小麦・塩という原料の味を活かした醤油それ自体にまた別の味が添加されるのはどうなのだろう? と疑問に思ってしまったんです。「醤油自体も素材の味を活かして醸造したものを食べていただきたい、でも、九州の方は醤油にも甘味が欲しいだろう」というのを考慮して生まれたのが、サトウキビから搾られた精製されていない蜜で甘味づけした、福岡県産の丸大豆醤油です。今ではうちの商品の売れ筋ナンバーワンになっています。

 
この丸大豆醤油は香りの良さも特徴としてあるそうだ。醤油の原料となる大豆には “丸大豆” と “脱脂加工大豆だっしかこうだいず” というものがある。丸大豆は加工していない丸のままの大豆、脱脂加工大豆は文字通り、大豆から脂を抜いた状態まで加工し、フレーク状になっているものだ。醤油の製造過程では、大豆の脂は熟成発酵の邪魔になってしまうことが多い。そのため、大豆から脂分を抜いた脱脂加工大豆が醤油づくりの原料として多く使用されるようになってきた。丸大豆で醤油を作ると大豆の脂分が出てきて発酵はしづらくなってしまうが、その反面、分離した脂分が層となって上部にたまり、蓋のような役割をする。ドレッシングなどを置いておくと油が分離して上部にたまるが、そういったイメージだ。そのように脂分が蓋をすることによって旨味成分や香りを醤油の中に閉じ込めるため、香りが良くなるのだという。
 

 

その丸大豆醤油の中でも一番の人気商品は “あかね” という醤油です。是非 “茜” を釜玉うどんにたらっと一回しして食べていただきたいですね。醤油それだけで濃厚な甘さがあり旨味もあるので、シンプルなもので味わって欲しいです。
うちは醤油づくりにおいて鮮度を大切に考えています。 通常、醤油は火入れをした後に冷ます工程があるのですが、丸大豆醤油は冷まさずに瞬時に瓶詰め工程に入ります。だいたい90℃くらいのまだ熱い状態で瓶に詰めてしまうんです。醤油は酸化すると風味が落ち、色も変化します。使い終わりの醤油は黒くて少しドロッとしていると思いますが、あれは鮮度が落ちたせいです。うちは作りたての綺麗な赤褐色のままお届けしたいという思いがあるので、即座に瓶詰めして少しでも空気に触れないように心がけています。ですから色にも着目して欲しいですね。
“茜” は昨年開催された福岡しょうゆ屋総選挙で “ご飯に合う醤油” の優秀賞に選んでいただきました。福岡県醤油工業協同組合の青年部会で主催した一般の方向けのイベントだったのですが、「昔、ご飯が余った時に醤油をかけて食べていた」という組合員の幼い頃の話から、テーマが “ご飯に合う醤油” になったんです。 “醤油をごはんにかける” って甘じょっぱい九州の醤油だからこそ生まれる発想ですよね。甘味の少ない醤油だとただ塩辛いだけになってしまいますので。そういった地域による違いがあるところも醤油の面白いところだと思います。

 

 
ごとう醤油には “九州県民しょうゆ” という商品がある。五嶋さんが九州の醤油蔵を訪ねて7県分の醤油を集め、お土産用にとパッケージしたものだ。これは、福岡という県を超えて九州の甘い醤油というコンセプトで商品化したものだ。
 

「九州の醤油は甘い」と言いますが、でもやっぱり一括りに出来ない地域ごとの違いはあるんですよね。例えば福岡県のお隣の佐賀県では刺身醤油でもあまり甘みの強くない、サラサラとしたものが主流なのだそうです。何故かというと、イカ刺しを食べるから。佐賀県の呼子はイカが有名ですが、新鮮なイカはそのものが甘い。だから醤油にあまり甘味をつけなくても良かったということだそうです。そのお隣、長崎県でも醤油はそれほど甘くないそうで、でも料理は甘いんです。長崎は出島での貿易により、古くから砂糖が手に入りやすい土地だった。だから料理にふんだんに砂糖を使用するので、そこに加える醤油自体はそこまで甘くなくても良かった、ということです。そんな風に九州各県でも甘さの度合いは違いますし、同じ県内でもその土地で食べるものや料理の仕方に合わせて徐々に変わっていく。醤油というのはすごく地域性の表れる調味料だと思います。 “その土地ならではのもの” という意味で、お土産としても良いですよね。

 

 
「お土産に醤油を」という新しい発想から生まれた “九州県民しょうゆ” だが、他にも変わった商品がある。 “パステルムース” というパン専用の調味料だ。
 

数年前に新しい商品開発に向けて朝食に関するアンケートを取ったら、7割ほどの方がパン食でした。さらに、スタッフから「子どもの朝食としてパンにジャムやチョコレートなどの甘いものを合わせて出すのは抵抗がある」という意見を聞きました。そこから生まれたのがほうれん草やトマトといった野菜をペースト状に加工し、醤油や魚醤で味付けしたパンに塗る調味料 “パステルムース” です。
“パステルムース” は北九州アグリというブランドで売り出していますが、北九州アグリには他にも様々な野菜を使ったドレッシングがあります。北九州というと八幡製鉄所などから “工業の町” というイメージがあると思いますが、農業が盛んな地域もあります。農家さんに協力していただいて地元の野菜を採り入れ、素材そのものを主役にした調味料が北九州アグリのパステルムースやドレッシングです。
以前、東京の催事に参加した時に、自社の商品に地域性があまり感じられないことに気が付いたんです。福岡県産の原料を使うといった工夫はしているものの、それは私たち作り手にとっては当たり前でしたし、それを表に出していなかった。けれど、それだとどこで作っても同じなんじゃないか? とハッとしました。この土地だから作ることが出来る、もっと地域と関わった商品を作りたいと思ったのが北九州アグリというブランドを作るきっかけになりました。

 

 
家業を継ぐために地元に帰ってきた18年前、「このままではいけない」と奮起し販路拡大や新商品の開発に力を注いできた。平坦では無かったがその過程で、地域と密接に関わる醤油という調味料の奥深さ、醤油屋という仕事の面白さに気付いていったそうだ。
数年前から海外への販路開拓にも取り組み、「夢は海外拠点を作ること」だという。情報やモノが行き来する垣根が低くなった今、「世界の人たちに向けて醤油のことを知ってもらうために醤油屋が何をしていけるか考え、動いていく時だ」と語る五嶋さんの瞳には、未来への希望に胸躍らせる様子が浮かんでいるようだった。

 

 

 

 

現在、福岡県内には92社のお醤油屋さんが存在し、日本一多いと言われている。しかし、その数は年々減少しているという。消費量の減少や担い手不足といった様々な要因はあるが、地域に愛される味を守るため、それぞれのお醤油屋さんが日々奮闘している。
醤油は、日本人にとってはなじみ深い調味料だ。けれど、製造方法や原料など一般的に知られていないことも多い、意外と謎に包まれた調味料なのではないだろうか? 地域によって味わいが異なり、食材との組み合わせで変化する、料理の名わき役である醤油。福岡のお醤油は、地元の人々から愛され育まれてきた歴史を守りながらも、変化に挑み続ける作り手に支えられて、今日も優しい甘さを届けている。福岡醤油のあまいお話、是非お醤油屋さんを訪ねて五感を使って確かめてみて欲しい。
 
 

《探索終了》

 
 

【株式会社ごとう醤油】
http://www.goto-shoyu.com

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県出身、福岡県在住。天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。会社員時代に九州各地を出張してまわり、山と海に囲まれ育まれた各地の豊かな食文化に触れる。

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2021-12-22 | Posted in 福岡醤油のあまーいお話。

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