魂の生産者に訊く!

【魂の生産者に訊く!Vol.10-1】神奈川の希望の星・湘南ゴールドに賭ける未来(前編) 香実園 石塚明さん《天狼院書店 湘南ローカル企画》


2022/01/24/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
近年頻繁にその名を耳にするようになった果実がある。湘南ゴールドだ。
ジュースやゼリーといった加工品が多くてどれも美味しい、だから果実も買いたいけど、出回る時期になると一瞬にして完売してしまう。ある意味「幻の果実」だ。
県の鳴り物入りで誕生した湘南ゴールドは、開発から15年余りの歳月を経て着実に存在感を得た。生産者たちの熱い想いを、小さな黄金の姿は背負っている。
 
 

あの政治家も欲しがった、豊かなみかん畑を継ぐ


就農して20年になります。
明治時代からの農家です。もしかしたら江戸末期からなのかもしれませんが、書物など証拠になるものがないのではっきりしません。それというのも1951(昭和26)年11月の小田原大火でこの辺り一帯が全部焼けた際に資料も焼失して、歴史をたどれなくなったからです。うちのみかんかどうかは定かではないですが、前川みかんは明治天皇に献上していたそうで、古くからの産地ということを裏付けてはいます。
 

 
そのような理由でルーツに関しては祖父や父からの言い伝えになりますが、その中でも「大隈重信公がうちのみかん畑を別荘地としてほしいと所望したが、僕の高祖父が断った」というエピソードがありました。
うちのみかん畑の隣地ですが、元々第2次大隈重信内閣で文部大臣を務めた高田早苗(たかた さなえ・1860-1938)氏の別荘地でした。そこが当時香実荘と呼ばれており、その名称を拝借して、うちの父の代から園地の名前を香実園(こうじつえん)と改めています。
 
すぐ隣に近戸神社がありますが、昔、畑の場所は神社のふもとから順番に決めて行ったらしいので、この場所は新しく入って来た人はそうそう簡単には取れないと思います。ですので、それなりに先祖は古くからこの土地に根付いていたのではないかと予想しています。
 

 
昭和30~40年代半ばに「みかん景気」がありました。いわゆる「みかんバブル」ですね。沿道にみかん直売所が乱立して、車で遠くから買いに来る時代がありましたが、そうなると供給過剰になってみかんがだぶつき価格が下がります。バブルもやがて下火になると離農する人も増え、みかん農家は減っていきました。このあたりでみかん畑を持っている住人は多いですが、実は専業のみかん農家をしている人は少ないです。うちは父が辛抱強く続けてくれたので、どうにか保っています。
 
僕自身の話をすると、大学を卒業後、最初は横浜で不動産業をしていました。配属されたのがたまプラーザとか、港北ニュータウンとか、あの地域ですね。不動産の仕事は楽しいこともありましたがそれだけではなく、辛いこともありました。そのうち父の具合が悪くなって、4年間働いたタイミングで退職してこちらに戻りました。戻ってきて5年ほどで父は他界しましたが、不動産業ではいい経験をさせてもらったと思っています。
 

 
農業って家族で協力して行う部分があって、代々伝わる方法も多い。それはとてもありがたい部分ですが、反面当たり前にもなりがちです。昔からのやり方が全部正しいわけでもないし、一般的な目線で見たらもしかしたら「それはおかしいんじゃない?」ということもありますしね。
自分の場合、不動産業では営業をしていたので、お客様にお伝えする力を学びました。対人の接客や、ホームページに来る質問への回答の仕方など全て基本は同じです。至らない点は多いとは思いますが、少しは役に立っているんじゃないかなと思います。
 
 

知る人ぞ知る、古くからの「前川みかん」


香実園では、みかん・湘南ゴールド・レモン・はるみ・デコポンなど、いくつかの柑橘類を作っています。
湘南ゴールドは好きな人はとてもお好きで、たくさん買ってくださっていい値段で売れますが、いちばん販売量として出て売り上げがあるのは、やはりみかんですね。
 

 
以前、神奈川県農業技術センターが県内のみかんを調査したところ、この小田原市前川という土地の気候や地質がみかん栽培に合っている、おいしいものが取れる条件が揃っているという結果が出ました。父の前の代までは「前川みかん」として売り出していましたが、近年は離農する人が増えているので、全体の生産量としては減ってはいます。それでも東京あたりのバイヤーさんだと「前川みかん」の名前を知ってる人はいらっしゃいます。明治から続いていますから「知る人ぞ知る古くからの名産地」という位置付けですね。
 

 
今の出荷先としてはほとんどがエンドユーザー、つまり直売です。地元からの注文と行商、それとネット販売です。
みかんは年内の需要が高い果物なので、できるだけ多く年内に出荷したいんですが、みかんの色づきが希望の出荷時期に追い付かないんですよ。オレンジ色になっていないと出荷できませんが、何割かは色が少し浅めのものが出てしまうので、そういうものは農協に出すこともあります。
そこでほとんど売れてしまいますので、今は「前川みかん」というブランドでは特には売り出していません。農協を通してだと「小田原産」「神奈川産」などの名称で売られていると思います。
 

 
この「前川みかん」と書いてあるのはうちのオリジナルの段ボール箱ですが、直販とHPで扱っているくらいなもので、あとの販売分はこの箱には入れていません。だから暮れに段ボール箱が足りなくなることもあります。
行商のお得意さんは高齢化していますから、顧客層を切り替えて販売方法も考えて新しく開拓しないといけないんですが、そうなると全体の生産量が追いつかずに荷が足りなくなってしまいます。
 
そんな状況ですので、今は積極的にみかんでの顧客開拓はしていなくて少し歯痒いところだったんですが、代わりに湘南ゴールドと下中たまねぎを自分は販売のツールとして手に入れ、ホームページを立ち上げたらメディアでも取り上げられるようになりました。「ブログはいっぱい書かないと検索に引っかからないよ」とアドバイスされたので、頻繁に更新したらどんどん検索上位に出るようになり、ネット販売も今後重要になることも痛感しています。
 
 

湘南ゴールドという強力なツールに寄せる期待


湘南ゴールドは、神奈川県農業技術センターが「黄金柑(ゴールデンオレンジ)」と「今村温州」を掛け合わせて作りました。出荷が始まったのが2006年ですから、果物としては誕生してから日が浅い、新しい品種になります。うちにある木も樹齢20年は経っていないですね。
湘南ゴールドの出始めの頃に農業人の集まりに行った時に「こういうものがあるんだよ」と苗木をもらって植えたのが始まりです。湘南ゴールドに関しては父は収穫はしてないので、完全に自分の代からです。
 

 
品物が出回るのは3月頃からですけど、湘南ゴールドは隔年結果なので、1年実をつけたら次の1年は木が休む品種です。今の美味しい品種って大体そうですが、毎年実がなるための剪定方法も研究会で開発してくれています。新芽が出てきたらそれを敢えて落とす方法です。春先の新芽を樹齢×10本ずつ落とす方法です。そうすることで、再来年に実がなるようにしていきます。うちはそれを実施しつつあるけど、全部の木への移行はまだできていないというところですね。
 
JAかながわ西湘は小田原から西のエリアが管轄で、ほぼその地域で湘南ゴールドを生産しています。2021年産のJA出荷分は全体で約160トンでした。次の2022年産の出荷分は実がならない裏年のため、それよりは減ります。現在の見込み需要は約150トンあり、どこの畑も木は大きくなっているとは思いますが、果たしてそこまで実が出るのかなという気はしています。
 
柑橘農家って、高齢者が多いんですよ。若い農家、新しい世代の農家さんはトマトやいちごやキウイなどを作っていますけど、柑橘で代々農家を継いでいる人が神奈川県では非常に少ないんです。一時期みかんバブルで柑橘が売れていた時期がありましたが、ブームが過ぎてドーンと売り上げが落ちた。その時代の流れの中で、敢えて柑橘を継ごうという人が減ったんです。柑橘農家の高齢者さんたちが疲れてしまったタイミングで、試験場が湘南ゴールドを開発してくれたから、自分たちにとって本当に希望の星なんです。まだまだ認知度は足りないんですけど、徐々にブランド化してきつつあります。
 

 
神奈川県は「みかん産地の北限」って言われていたんですね。暖かいところのみかんはおいしいけど、寒いところにいくと酸っぱくなりがちです。それでもこのあたりは海も近くて温暖だから、取れるみかんもおいしいですし、地球温暖化の影響でどの地域のみかんもだいぶ甘くなって来てはいます。それでも「神奈川のみかん=酸っぱい」というイメージがあり、同じみかんなのに神奈川産のものは市場に出すとすごく値が下がってしまう。神奈川のみかん農家は「みかんバブル」のいい時期を過ぎたあとはずっと悔しい思いをしてきたんです。
 
その中で湘南ゴールドという品種が新しく生まれた。「湘南ゴールド」って名前からして、絶対に神奈川県のものじゃないですか。伊豆にも愛媛にもない湘南ゴールドは、出るとすごい高値で売れます。市場で、他のみかん産地よりも低くみられていた神奈川のみかん農家にとっては、まさに期待の星ですよ。
 
 

リスクと需要のせめぎ合いの中で


無敵に見える湘南ゴールドにも実は弱点があって、寒さに弱いんです。マイナスの気温が数時間も続くと、頭上で凍っちゃうんです。そういう予報が出たとしても袋掛けなどの作業の手が回らず、対応しきれないんです。何年か前の元旦にそういう気候が来てしまって、その時は1/3くらいを捨てることになりました。
 
雪の時は意外と暖かいので被害はそんなには出ませんが、問題は気温です。1度凍った果実は中がスカスカになって苦くなって食べられない弱点があります。あとは鳥が食べることもあるので白いネットをかけますが、そこに雪が降ると重みで枝が折れて、果実をロスする原因になります。
 

 
JAの湘南ゴールド部会の役員をやっていますが、部会で出た話が「需要に対して供給が足りてない」ことでした。今までは冬場に凍るリスクもあるので生産量を増やすことを躊躇していましたが、せっかくの大きなチャンスだから、多少リスクを取ってでも増やさないといけない段階に来ています。
 
湘南ゴールドと下中たまねぎに関しては、今はネットの注文に対して生産量が足りていないですね。湘南ゴールドはお得意さんの予約分と、直販とで市場に出す前に9割方売れてしまう。時期になるとこの山を登って、川崎やら東京やら埼玉から買いに来る方もいらっしゃいますから、皆様の需要にお応えするためにも今後は作付けを増やしたい。
 
僕には息子がいまして、彼が農業をするかどうかはわかりませんが、若い人が希望を持って就農できるように産地としての力をつけていきたいじゃないですか。
一生懸命やっても全然儲からないんじゃ仕事として楽しくないでしょう。ある程度人並みの収入があれば、農業って土の上を歩いて、作物と向き合って、おいしいものが食べられて、結構いい仕事じゃないかなって思いますよ。自分も大学を出て4年間他の仕事をしてから就農したので、この齢になって余計にそう感じるようになる。だから湘南ゴールドにもっと力を入れて、産地を盛り上げていく必要が絶対にあると思っています。まずは自分がしっかりと農業に向き合って立っていることで、そこが今、いちばん頑張りたいところです。
 

 
 
代々の農家に生まれながらも、最初は全く違う仕事をしていてそこから農業に転じた経歴の石塚さんのお話からは、農業の内部からと、それ以外の世界観からの双方の視点を感じました。同じものを異なる視点から眺められることは、ある意味財産とも言えましょう。豊富な経験を生かして、湘南ゴールドというツールで地域を盛り上げたい想いが切々と伝わってきます。
 
 
 
 
(取材・文:河瀬佳代子、撮影:山中菜摘)

香実園
神奈川県小田原市前川981
TEL:0465-43-3206  FAX:0465-43-3206
受付時間 9:00 – 18:00(土日祝日除く)
アクセス:JR東海道線国府津駅より徒歩18分・小田原厚木道路二宮ICから12分・西湘バイパス国府津ICから7分
HP:http://odawarakoujitsuen.jp/
SHOP:https://koujituen.thebase.in/
Facebook:https://www.facebook.com/koujitsuen/
※取材時の情報です。営業時間等変更している場合がございます。

 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

東京都豊島区出身。天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul、 「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。

□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)

神奈川県横浜市生まれ。フリーカメラマン。天狼院書店スタッフとして様々なカメラマンに師事。現在は天狼院フォト部マネージャーとして活動しつつ、フリーカメラマンとしても活躍中。

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2022-01-19 | Posted in 魂の生産者に訊く!

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