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人はこうして「下僕」になる


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記事:ホシノナオミ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
猫を飼おう。そう決めたのは2020年の春だった。
私はその年の3月末でそれまでの仕事を辞めて転職をした。以前の仕事は出張が多く、1週間以上家を空けることも多々あったが、新しい仕事になってその心配もない。同時にコロナ禍で在宅勤務が広がり、私も多分にもれずその恩恵を受ける一人となった。
 
「人にスリスリする”かまってちゃん”じゃなくていい。仔猫でなくてもいい。でも尻尾の長いキジトラの雌猫」
昔懐かしい猫との生活を思い出しながら、そんな条件で保護猫の里親募集のサイトを探していた。
 
ちょうどよさそうな猫の募集に目がとまり、早速会いに行くことにした。
 
「まずはトライアルとして、ケージや必要な備品を貸し出しますので、それで様子をみてもらうことができます。通常は1週間ですが、うちは気がするまでトライアルして構いませんので」と説明される。
なんとも背中を押す情報である。
 
「ただし……」
 
「うちの譲渡は基本2匹でセットなのです。お話を聞く限りお部屋の広さは十分なので、2匹でという形でいいでしょうか?」
 
なんと! 一度に2匹くるとは思わなかった。昔、実家では3匹同時に飼っていたことがあるからまぁ、許容範囲ではないか……。
猫的にもそのほうが心強いはず、はず、はず。
 
「はい。ではそれで」と承諾した。
 
「あぁ、よかったです!」と言う嬉しそうな里親さんの顔は忘れられない。
仔猫でなくてもいい、そして何より人間慣れしてなくていいという条件は珍しいらしい。
さっそくもう1匹の候補の猫の写真を見せてくれたが、とっても美人な三毛猫だった。
 
1週間後、彼らはやってきた。
麻袋に入れられた拉致被害者のように、洗濯ネットに入れられて。
しかも、この2匹同士、初めましてがこの3日前である。なんという運命。
 
彼らにとってみれば、何がなんだかわからなかったのだろう。
1匹はケージに入れられた。もう1匹は人馴れしていなさすぎて、パニックになる可能性があるため、ケージに入れずそのまま解き放つことにした。
 
キジトラのねこは「こんぶ」という名前にした。
もう1匹、全く人馴れしていない三毛猫は「ちくわ」と呼ぶことにした。
 
解き放たれた「ちくわ」はまるで、全方位から飛んでくる爆弾を避けるかのごとく、身を低くして、その場所から一番近かったスピーカーの後ろに隠れた。いや、隠れたと言っても、体の半分は見えている。
 
「こんぶ」はというとケージの中で、それじゃ何にも聞こえないだろうと思うぐらい小さくした耳を、こわばった顔に張り付けていた。
 
「なんて不憫な子達なの……。私がどうにかしなければ……。」
 
今思い返すとこれがいわゆる「猫の下僕」の入口だった。
 
しばらくの間、2匹の被害者の会会員は仲良く(?)、洗濯機の裏、冷蔵庫と壁の間など人の目の届かないところに昼間は身を潜め、私が寝静まった夜に食事とトイレを済ませるという生活をしていた。
 
1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、私がいる空間にも少しずつ出てくれるようになったが、まだまだ緊張感は拭えない。少しでも早くなれてくれるといいな、そう思いながら2匹を見守った。
 
しばらくして、ペットカメラを導入した。そこには衝撃の事実が映っていた。
 
私のいないところで、むちゃくちゃ寛いでいるのである。
ソファに横になり、枕に頭をのせ両手足を投げ出しまどろむ「こんぶ」と「ちくわ」の姿がそこにはあった。
 
「おいおい、もうじぶんの家じゃん……」
 
私の気配がする瞬間、気持ちよく寝ていた彼女らは一瞬で警戒コードになり、一目散に走り出し隠れたのだ。そして私が部屋に入る頃には、そこに気持ちよく寝ていた形跡など残さず、あたかもずっと隠れていたかのようにこちらを伺っていたのである。
 
「いやいや、お前めっちゃ気持ちよさそうに寝てたじゃん……。てか、ごめんよ、帰ってきて……」
 
このタイミングで、すでに私は彼らの下僕である。
私はできるだけ2匹が自由に過ごせる時間を増やそうと、夜10時には寝室に入った。昼間もできるだけ日の光を浴びてほしい、自由に出歩いてほしいとわざわざ家を空けるためにカフェで仕事をした。
在宅勤務を猫と過ごすという目的だったのに、猫のために外で仕事するという本末転倒っぷりである。
ちなみにこの時点で私は彼らを撫でるどころか、触ることすらできていない。
 
それでよかったのだ。
 
思えば幼少の頃から自分の住まいには猫がいた。
戸建だったこともあり、彼らは午前中外で過ごし、午後になると家に帰ってくる。
外を謳歌していた猫達は今考えると、人間と対等であった気がする。
家とは異なる彼らにしかない世界を満喫し、戻ってくる。
人間も彼らにはわからない、世知辛い世界を生きて、家に帰ってくる。
お互い外での苦労話に花を咲かせることはなかったが、家ではよりそって過ごしていた。
 
私の目の前にいる2匹にその外の世界はない。
彼らの世界を背負っている。そんな気負いが私をもっと「下僕」にしているのかもしれない。
 
それでも多分、彼らはそんなことは気にしていない。あるがままを受け入れる。
だからこそ、あるがままを少しでも心地よいものにしたいと、下僕は今日も猫用に湯たんぽの湯をせっせと温め続けるのである。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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