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今の輝きは、今だけのもの


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 知子(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私の大切にしていた着物が「入院」した。
着物のお手入れ専門店に預けて、家に帰った時はそんな気分だった。
正直に言えば、本当に大事にしていた、とは言い難い。昨年の3月、息子の中学の卒業式で着た後、押入れにしまいっぱなしだった。次女の1/2成人式の写真を撮ってからクリーニングしようと思っていたものの、新型コロナウイルスの蔓延により、何度か写真撮影をキャンセルしていた。とうとう着物での撮影は諦めることで、ようやくクリーニングに出す決意をした。今思えばもっと早く出すべきだった。
 
専門店のおじさんとおばさんは丁寧に着物をみてくれた。
裾の後ろ側に染みがにじみ出ていて、その部分にちょうど絞りの箇所があり、生地が薄くなってしまっている。このままでは、数年後自然に穴が開いていくだろう。裏地をあてるにも、糊をつければそこからまた変色してしまう。上から金などで刺繍を入れる手法もあるが、この着物はそのようなデザインではない。どうしたらいいか、一番いい方法が思い浮かばないため、少し預からせてくれないか、とのことだ。
その染みは、もうだいぶ前のもので、クリーニングをしていても年数が経ったことで、残った成分が浮かび上がってきたようだった。
「それにしても、珍しいわね。こんな風になるのは」とおばさんは首をかしげている。
こんなになるまで手入れを怠っていたのか、普通ならもっと長持ちさせられたのだろうか、おしりの下の部分だから車の乗り降りや、立ち座りで生地が引っ張られたのか。いずれにしてもあまり例を見ない、類まれなる傷み方のようだ。
 
その後も1時間程、これまでの過ごし方、考えられる原因、今後どうするかを話し合った。
その結果、染みの部分と同系色になっている衿をほどいて、余分な生地を少し切り取り、穴の開きそうな部分の裏地として細かく縫い付けることとなった。
そうすることで、今の裏地のピンクよりも穴が目立たずに済むし、傷んだ部分に対し、ある程度の補強にもなる。しかし、それでも本来の部分には触れることはできない。大がかりな作業になるけれど、最終的にうまくできないこともあるかも知れない。それでもいいだろうか、とのことだった。
「それは仕方がありません。でも、できれば娘たちに残してあげたいんです」と希望を伝えた。
おじさんは、残念そうに眼を伏せて「このままいけば自然に穴が開いていきます。あと数年、できるだけ着てあげて、終わりにしてはどうでしょうか。それだけ年数が経ったんです」と静かに言った。
 
その着物は、叔母の呉服店から、父と母が買ってくれたものだ。叔母が直接仕入れに行き、私に似合いそうだ、と見つけて来てくれたものだ。色合いについて表現が難しいが、サーモンピンクの地に淡いベージュやグリーン、ブルーの、色味を抑えた、いわゆるアッシュ系の絞りが入っている。優しく、派手でなく地味すぎない。ずっと長く着られるよ、と言われて
皆が安心していた。当時私は二十歳前で、振袖を着る人が多い年代だったが、長く着ることを見越して、訪問着をあつらえることとなった。
 
そこから多くの年月が流れた。その間、着物を着たのは何回だろう。
成人式(故郷では夏に行うので別に撮影)、父の葬式、友人の結婚式、兄の結婚式、長女の七五三、長男の中学校卒業式、数える程しか着ていない。
これまでの私は、着物を特別好んでいた訳ではない。保育所の卒園式、小学校の入学式当日の朝は忙しすぎて、着付けに行くことは考えられなかった。着物を着たお母さん方が数名いて、素敵だな、と思いながら、自分には無理だと思っていた。押入れの中の、着物の箱の上にも物が乗っている、という状態になっていた。
それが昨年、同級生のお母さん達が、着物を着ようかな、という会話をし始めた。
着物。いいかもね。子供達も皆大きくなって、朝、美容室に行く時間がとれるかも知れない。お祝いの気持ちを表わしたい、と思うようになった。
久しぶりに着てみると、筋力が落ちた身体をピシッと支えてくれ、とても気持ちが良かった。
それだけで和の心を取り戻したかのような気分になる。着物はいいものだ、と一気に晴れ晴れとした気持ちになった。
しかし、普段からお洗濯が楽で手入れしやすい服ばかり着ている私である。
着物に十分な対応が出来ていなかったと思う。
 
おばさんが、奥から娘さんの写真立てを持ってきてくれた。3枚の写真が収まっていて、1枚目は赤ちゃん、2枚目は13歳参りの時、3枚目は19歳の頃とのこと。着物を着て可愛らしく写っている。おばさんの娘さんへの愛情が伝わる写真だった。
「13歳参りの時に、七五三の時の着物を仕立て直して着たのよ。こんな風に着物の形を変えてあげることもできるのよ。これから娘さんが大学生になって、例えば卒業式の時はこの着物に上から袴をはけばわからないし、もし孫さんが生まれたらこの染みから下の部分をとってしまうと、かわいい七五三の着物ができるわよ。そんな渡し方もあるわよ」と、大切な娘さんの写真から、いろいろなアドバイスを下さった。
思えば、着物そのものが大事というだけでなく、この着物を選んでいた時の、叔母と、いとこと、父と母との楽しい時間、あの想い出が大切なのだ。楽しかった。ああでもない、こうでもないと言いながら過ごした。あの時の輝きは、あの時のものだ。例え数十年後に着物がどんな形になったとしても。このつながりをもたらしてくれた着物にありがとうを言いたい。そんな思いで着物を預けてきた。仕上がったら連絡をもらうことにして。
熱い気持ちで店を後にしたが、今思えば、ひとつ聞くのを忘れた。
「ところで、いくら位かかりそうですか」
 
 
 
 
***
 
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2022-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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