手のかかる娘への愛情
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記事: 紗矢香(ライティング・ゼミ4月コース)
生まれた時から手のかかる娘だった。
抱っこをしていないと寝てくれなかった。やっと寝付いたと思って布団に寝かせるとギャーと泣き出す。ちょっとした物音で目を覚ます。徹夜で24時間労働をしているようだった。ノイローゼというよりは、鬱病だ。朝が来るのが怖かった。また同じ一日を繰り返すのかとため息。こんな生活がいつまで続くのかと将来に絶望していた。
結婚してから3年、いわゆるやっと子宝に恵まれた待望の赤ちゃんだ。子育てがそんなに大変なことだとはつゆ知らず、育児本を読みあさり、模範的な母親を演じようと万全の体制で臨んでいた。それが見事に打ち砕かれたのだった。
夫の仕事は朝から晩遅くまで残業があり、今でいうワンオペ状態。実家も遠く、手伝ってくれる人もいない。妊娠してから仕事を辞めた為、近所に知り合いもいない。そんな時、保健婦さんが自宅へ訪問をしてくれるという情報を手に入れた。私は、何とか救いの手を差し伸べてもらおうと、来てくれた保健婦さんに娘の状況をこと細かに伝えた。藁にも縋る思いだった。
「あーよくあることだね。そんなの3歳位になったら落ち着くわよ」
えっ、3歳? いやいや私が聞きたいことはそんなことではない。というか3年間この絶望的な状況を続けなさいってこと?! 今の状況を回避するためにどうしたらよいかとか、それは大変ですねとか、同情もしてくれないのかと落胆した。ハハハと愛想笑いをするしか気力も残っていなかった。私は、そんな他人事みたいなアドバイスを聞きたいのではなかった。私は気持ちに寄り添って欲しかったのだ。保健婦さんが帰ってから涙が止まらなかった。
そして結局というか当たり前というか、体調を崩し実家に戻ることになった。実家で半年以上お世話になった。実家だと父も母も妹もいた。交代で抱っこをしてくれた。ゆっくり眠ることが出来た。とてもありがたかった。そうすると娘も慣れてきたのか、私のリラックスが伝わったのか、だんだんと布団で寝てくれるようになり、アパートに帰ることができた。
その2年後、息子が生まれた。こちらの赤ちゃんは24時間寝る子だった。まったくと言っていいほど手がかからない。母乳を飲ます為に起こさなければいけないくらいだった。そして娘はまだ保健婦さんのいう“3歳”にはなっていない。2歳だった。相変わらず手のかかる子だった。抱っこをしなくても寝てくれるようにはなっていたが、夜泣きが始まり、火がついたかのように毎晩1時間ほどギャンギャン泣いた。とりあえず抱っこしてあやすしかなかった。その横でスヤスヤと眠る息子。兄弟でもこんなに違うのだ。まだまだ娘への悩みは尽きなかった。
娘は、3歳になって落ち着いたかというとそんな事はなかった。かんしゃく持ち。自分の思うようにいかないと大声を上げて泣き叫んだ。絵本をハサミで切ったり、リモコンを投げたり。そのたびに私も怒り、怒鳴る。どうしたらいいかとても悩んでいた。子育て本なんて、なんの参考にもならない。3歳になったら落ち着くなんて大嘘だ。誰も信じられなかった。仕事だと完璧にこなせることも、子育ては自分の思うようにいかない。マニュアル本なんてないし、OJTリーダーもいない。みんなそうなのかもしれないが、はじめての経験で落ち込むことも多かった。
5歳になり、幼稚園へ入園した。家ではあいかわらずわがままな娘だったが、幼稚園では先生のいうことをよく聞き、はきはきしたとても良い子だった。家庭訪問時、先生に家での状況を話すと、決まって「それが普通なのよ、幼稚園でわがままを言う子供は、家でストレスが発散できていないのだからいいことなのよ」と、皆口をそろえて言うのだった。
そんなある日、幼稚園に大学の教授だというカウンセラーがきた。当時役員をしていた私は、強制的にカウンセリングを受けることになった。内心、娘のことを相談したかったので、わくわくしていた。いいアドバイスをしてもらって心が軽くなればいいのにというのんきなことを考えていた。
その大学の教授は、私の話を聞くなり、
「あなたが悪い! あなたが娘さんをダメにしている! あなたには白と黒しかない!」
と大声で怒鳴られたのだ。
他にもいろいろ言われたのだか、もうボロクソのケチョンケチョンにノックアウトされてしまった。私はどうしてこのカウンセリングを受けたのだろう、もう帰りたい。この場からいなくなりたい。消えてしまいたい。そんな時間だった。あの時の事は15年たった今でも忘れていない。私が悪かったのか、教授が正しかったのかそんなことはどうでもよかった。ただ傷ついたのは確かだった。
あれから15年、娘も20歳になった。すっかり落ち着いて今は、教育の道を目指している。ふと、当時受けたカウンセリングのことを娘に話した。ママはこんなことを言われた。とてもつらかったのだと。すると、娘はハラハラと涙を流した。あ―私の事を同情してくれているのだなと思ったのだ。しかし、違っていた。
娘は当時、厳しかった私の態度を思い出して泣いたのだ。自分の辛かった状況に涙を流していたのだ。
私は、自分ばかりが大変だと思い込んでいた。けれど、娘は娘なりに小さな胸を痛めていたのだ。ケチョンケチョンに打ち負かしてきた教授の言葉は正しかったのだ。
あれから私なりに考え、娘には接してきたつもりだ。現在の娘はとても立派になっているし、私を慕ってくれている。だからといって小さいころの記憶がなくなるわけではない。娘も心の奥では傷ついているのかもしれない。甘えることと甘やかすことは違うと思うが、私は今からでも甘えるだけ甘えさせてあげたい。あなたを愛していると。それが私に出来る、娘への愛情だと思っている。
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