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“普通の子育て”に挫折した私を救ってくれた人


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記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
初めての子育ては、お化け屋敷に無理やり放り込まれるようなものだ。
 
真っ暗闇の中で手探りの状態で始まる。
育児書や先輩ママの話などを聞いて、頭の中に普通の子育てをパンパンに詰め込みながら、そこら中にある悩みという名の壁にぶつかる。
 
おっぱいを飲んでくれない。
体重が増えない。
泣き止まない、湿疹が出てる、うんちが出ない……。
 
次々とやって来るトラブルに、不安になったり、泣きそうになりながらその場で対処していかないといけない。
 
ぐにゃぐにゃしていてか弱い赤ちゃんが泣き声を上げるたびに途方に暮れながら抱き上げる。頼りないこの命をどうにか頑張って守らなきゃ。目の前が真っ暗闇でも前に進むしかない。
 
そんな時に、ママ友はとても頼もしい存在だ。同じ学年でも月齢が数か月違うだけで大きく成長が違うから、先輩ママ達の情報は一筋の光のよう。
 
寝たままだった子が、寝返りを打ったり、座れるようになったり、ハイハイ、つかまり立ち、そして歩き出す。ママたちは、近い月齢の子供達と自分の子供達を照らし合わせながら、今の育児の○つけをする。
 
自分の子どもが今どのくらい育っているのか、周りと見比べては、くよくよと悩む。人並みなら安心するし、より抜きんでていれば嬉しい。
 
でも、1歳を超えた頃、私の育児は大きな壁にぶつかった。
息子がいつまでたっても歩かなかった。7か月か8か月くらいから歩きだしている子供もいる。それなのに、うちの子は、スパイダーマンのような不思議なハイハイで高速移動するだけでちっとも歩く気配を見せなかった。
 
こういう時には、いつも頼りにしてきたママ友から発せられる言葉が、人を傷つける刃物になる。
 
「歩いた?」
 
たった3文字の言葉で、当時の私は精神的なダメージをくらっていた。我が家と同じように歩くのが遅かったママ友が、
 
「歩いた? と聞かれるのがすごく苦痛」
 
と言っていたのに、同じ言葉で私の心をえぐる。もちろん、自分がネガティブになっているから勝手に傷つくだけなのはわかっている。私だって何気ない言葉で人を傷つけることはあるから、友達を責めるわけではない。
 
でも、自分が歩くわけじゃないからどうしようもないんだよ……。
 
ママ友だけでなく、実家の親にも「まだ歩かないの?」と言われる。
 
「お前の育て方に問題があるんじゃないのか?」
 
そんなこと言われなくたって、とっくに気にしていると言うのに、身内の発言は遠慮がない。
 
「一度、小児科に相談してみなさい」
 
そう言われて、しぶしぶ小児科の門をたたいた。
 
小児科の先生は、慣れた手つきで身体を触ったり、足を踏ん張れるかなどを見たりした上で、私のほうに向きなおった。私は、固唾をのんでその様子を見守る。扉を隔てた遠くからにぎやかな子供達の声が聞こえてくるのに、診察室は妙に静かだった。
 
「身体の機能に問題があって歩けないわけではないようですね」
 
医者の言葉に、詰めていた息を吸って大きく吐き出した、天を仰いでよかった、と口にしそうになった。
 
「ちょっとこだわりが強いのかしらね。自閉症かもしれないので、検査してみましょうか」
 
ホッとしたばかりのところに急にハンマーで殴られたような不意打ちの衝撃がやってきた。涙も出なかった。
 
自閉症? うちの子が?
 
自閉症という名前の印象で、なんだかとんでもなく深刻なのではないかと青ざめた。ただ、歩かないだけで、あとはごく普通に元気なのに。
 
「こういうのはね、早く診断しておいた方がその後の対応が早いから、検査だけでもしてみたら?」
 
聞かなきゃよかった……。いまだ歩かない子どもを抱えながらノロノロと車に乗り込んだ。その日どのように家に帰ったのか、記憶すらなかった。
 
その後、さらに半年ほど経って、1歳半で息子はようやく歩き始めた。本当だったら、子供の歩き始めは嬉しくて感動する体験なのかもしれないけど、私は、ようやく歩けたことにホッとした気持ちが強くて、純粋に彼が歩いたことを喜ぶことができなかった。
 
小児科医に提案された検査にひっかかったらどうしよう、というのが怖くて受けることはできずにいた。それでも、こだわりが強いということを指摘されてしまったら、不安感は消えない。私はもう、普通の子育てができないのかもしれない。子育ては、学校の勉強みたいに○なのか×なのかがわからない。今、一見正しい選択も、未来からみたらどうなのかだってわからない。分からないことだらけだ。
 
自閉症の診断をされたほうが覚悟できるのか、余計落ち込むのか、自分がどちらに転ぶかもわからなくて狭間でぐらぐらと揺さぶられているときに、ママ友から、
 
「子育てのお話会を聞いてみない?」
 
という誘いを受けた。そのママ友は保育園でスタッフとして働いていたというだけあって、子育てにも余裕があって、私もとても頼りにしていたし、近所のママ友からも一目置かれている存在だった。そんな彼女が働いていた保育園の園長が話してくれるというので、聞いてみることにした。
 
当日、古びたコミュニティセンターの小さな会議室は、同じような年代のママとその子供達でいっぱいになっていた。あちこちで子供達の声が聞こえるのを、講師の園長は嬉しそうに眺めていた。
 
あまりにもにぎやかで、話がちゃんと聞けるのか、やきもきしたけれど、その園長の笑顔を見てふっと力が抜ける気がした。そのあたたかい雰囲気が私に勇気をくれたのかもしれない。思い切って、園長に質問した。
 
「うちの子、歩くのが遅かったので、小児科医に自閉症の検査をしてみなさい、って勧められたんですが、受けた方がいいんでしょうか?」
 
「発達障害の判断って、白か黒かだと思っている人が多いと思うんだけど、白の人も黒の人もいないんよ」
 
その場にいたママ達はポカンとしていたと思う。
 
「あのね、子供も大人だって、白か黒かじゃなくて、白よりのグレーから黒よりのグレーまで、みーんな、グレーなの。一人残らず、全員グレーだから。大人だって生活していくのに、スケジュール管理ができなかったり、数字を見るのが苦手だったり、なにかにこだわったり生きづらいな、と思うことが、あるでしょう? だから、白か黒かなんていう判断はあまり意味がないんよ」
 
でも、発達障害の子供達に接するための特別な学習方法とか、接し方とか、コミュニケーションの取り方は参考にして子育てしたらいいんよ! 園長は、私も普通の人ができることが出来なかったりするけど、それは周りの人に助けてもらえばいいんだから。と笑いながら言った。
 
自分自身が、普通であることを求められてきた。自分が苦手な部分は、努力してなんとか自分の力で人並みにならなければいけないんだ、と必死だった。自分はどうにか頑張ることができたけど、子供をコントロールできない私は普通の母親失格だと思っていたけど、園長の言葉によって救われた。
 
自分の苦手な部分はちょっと工夫したり、時には人に頼ればいい。子供達だって、ちょっとクセがあったとして、その診断結果に一喜一憂するのではなくて、どういう風に付き合っていけばいいのか、サポートしてあげればいいのか、という方法を学ぶことが大事なのだということ。
 
目からウロコと一緒に行き場を失っていた涙もこぼれ落ちた。
 
 
 
 
***
 
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2022-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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