道路封鎖されて、想い出した60年前の光景
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記事：山田THX将治（ライティング・ゼミ書塾）
「何だよ、パパラッチのオフ会か？」
5月22日、天狼院に向かおうとしていた私は、道端に立つ一眼レフを首から下げた集団を見て、思わず冗談でそう言った。状況を全く掴んでいなかったからだ。
そうこうする内、私の行く先を大勢の警察官が阻んだ。
警察車両の上には、
『要人来日中に伴い厳重警戒中』
と、物々しい表示が為されていた。
「そうか！ バイデン米国大統領が来日したんだ」
状況に気付いた私は、そう独り言を呟いた。
そして、60年前の遠い遠い昔の光景を想い出していた。
1962(昭和37)年の冬、3歳だった私は父親に連れられ東京駅に居た。
名古屋在住の祖父母を出迎えに来たのだ。
東海道新幹線が開通前だったので、祖父母は“特急つばめ”に乗り、4時間掛けて東京へやって来たのだ。
祖父母とはその年の正月に会ったばかりだったので、3歳の私は東京駅の施設に興味津々だった。特に、原敬(はらたかし)元・首相が暗殺された地点の碑を、衝撃を以って眺めていた。
暫くすると、東京駅丸の内中央改札付近が騒がしくなった。
私も目をやるとそこでは、長身の外国人男性を多くのスーツ姿の日本男性が取り巻いていた。中には、旧式のフラッシュを焚きながら盛んに写真を撮っている者や、手帳を片手に何やら声高に質問している記者らしき大人も居た。
現代と違っていたのは、カメラのフラッシュが小さいパラボラに、一灯(発)式だったことと、記者達が直接外国人に英語で質問するのではなく、通訳を介して話を聞いていたことだ。
私は、記憶に残る限り初めて観た外国人男性に興味を持ち、
「あの人は誰？」
と、父親に尋ねた。
「あの人か？ あの人は、次のアメリカ大統領だ」
と、父親は、3歳児には意味不明な答えをして来た。
後年、その記憶を調べたところ、私が東京駅で観たその外国人は、ロバート・ケネディ氏だった。ロバート・ケネディ氏とは勿論、ジョン・F・ケネディ大統領の弟だ。
当時、現職の司法長官だったロバート・ケネディ氏は、現代とは異なり、ボディーガードは付くものの公共交通を使っていた様だ。その為、大阪方面の視察を終えたロバート・ケネディ司法長官は、私の祖父母と同じ“特急つばめ”に乗って、東京駅に降り立ったという訳だ。
東京駅でロバート・ケネディ氏を目撃した6年後、私は新聞に載った彼の写真と、
『Why NOT ！』
と、大文字で書かれた彼の口癖を発見した。
何でも、次の大統領選挙にロバート・ケネディ氏が出馬表明したという報道だった。
『Why NOT』とは、和訳すると『何故、駄目なんだ』と為る。なにもやらずに結論を出すなという、彼のモットーを端的に表した言葉だ。
差し詰め、ビル・クリントン大統領の『CHANGE』や、バラク・オバマ大統領の『Yes,We Can』といったキャッチワードと同じだ。
私は新聞記事を見ながら、あの時父親が言っていた言葉が、いよいよ本当に為るのかと思っていた。
ところが、ロバート・ケネディ氏は、大統領選挙に向けての遊説中に銃撃により暗殺されてしまう。兄と同じ道を辿ってしまった訳だ。
違いといえば、兄ジョンは大統領に為ったが、弟ロバートはその途上だったということだ。
私はといえば、父親が言っていたことが実現出来ないと確定し、どこか挫折感に似た感覚に陥っていた。
それからというもの、私はロバート・ケネディ氏が言っていた『Why NOT』を人生の標語にしている。
一瞬であったが、初めて観掛けた外国人である彼に対し、特別の思い入れを感じていたのだろう。それ以上に、何事も自分でしてみないと納得出来ない私の性格に『Why NOT』は、ピッタリの言葉なのだ。
本国アメリカに比べると、日本に於けるロバート・ケネディ氏の記憶は高いとは言えない。兄の様に大統領に為って訳では無いので当然と言えば当然だ。
テレビのドキュメンタリー番組等でも、取り上げられることは少ない。
しかし、兄とは違って戦争中に日本と戦っては居らず、現実に来日したロバート・ケネディ氏は、むしろ、より日本に近しい存在として記憶して頂きたい方でもある。
日本の大学で、名誉博士号を授与されたりした親日派なのだから。
更に、衆人の前で気軽にインタビューを受ける気さくさは、日本人の好むところでもある。
もしあの時、ロバート・ケネディ氏が暗殺されなかったら、間違いなくアメリカ大統領に為っていたことだろう。何しろ、ケネディ家のアメリカでの人気は絶大なのだ。加えてロバート・ケネディ氏には、兄が達成出来なかった数々の夢だって掛かっていたのだ。
1960年代中の月面到達や、当時封鎖中だった西ベルリンの解放といったことだ。東西ドイツや南北朝鮮の統一だって、達成したかったことだろう。
しかも、リベラル派のロバート・ケネディ氏のことなので、もしかしたら当時、激戦中だったベトナム戦争も早期に終結出来たかもしれないのだ。
そうなればロバート・ケネディ氏は、兄が届かなかった“ノーベル平和賞”を獲得していたに違いない。
世界最高の権力者でもあるアメリカ合衆国大統領にとって、更なる目標といえば、ノーベル平和賞が最適なのだから。
還暦を過ぎた私は、眼の前の道路封鎖を見ながら、そんなことを思い出していた。
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