こんな大人になんて、なりたくなかった
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記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
「助さん! 格さん! もういいでしょおっ!」
……いやいや良くないよね、と思った。
「(ジャーン)この紋所が目に入らぬかっ! こちらにおわす御方を、どなたと心得る! 畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞっ!」
……いやだから、そういうことは先に言っとかないとマジで、と思った。
「御老公の御前であるっ! 頭が高いっ! 控えおろぉっ!」
……いやいやありえない、土下座の強要は一発アウトだし、と思った。
『水戸黄門』の話だ。
先日、仕事でクタクタになって帰宅した私は、ソファーにドッカと座り、何とはなしにテレビをザッピングしていた。
そんな時だった。
突如として画面に写し出されたのは『水戸黄門』の再放送、それも、かの有名な定番クライマックスシーンだった。
『水戸黄門』とは、1969年に放送が始まった、TVドラマのことである。
時は、江戸時代。
徳川御三家のうちのひとつである水戸徳川家の藩主・水戸光圀(みつくに)公が、その身分を隠し、諸国を漫遊しながら、世にはびこる不正をあばき、悪者たちを懲らしめていく、そんな内容の時代劇だ。
毎回のクライマックスシーンでは、光圀公が突如としてその身分(徳川家の権威)を印籠によって開示し、これまで歯向かっていた悪役一味がびっくり仰天、光圀公の前に膝から崩れ落ち、土下座でひれ伏す。
その悪役たちの、意気消沈した無様な土下座姿によって、視聴者は溜飲を下げ、心の底からスッキリする……それが『水戸黄門』の真骨頂でもある。
私の祖母などは生前、『水戸黄門』を観終わるたびに、勧善懲悪な定番ストーリーを前に、柔和な表情で心穏やかに茶をすすっていたものだ。
私は、よだれを垂らさないまでも、若干の放心状態で口をうっすら開き、見るからにカタルシスを感じている祖母を前にして、子供心に「黄門様、すげぇ」と思ったものだった。
が、今回は違った。
「黄門様、すげぇ」とはならなかった。
それどころか「黄門様……てか黄門! それパワハラだから」と思ってしまったのだった。
2020年に施行された改正・労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)は、以下の3つを満たすものをパワハラと定義している。
①優越的な関係を背景とした
②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
③その雇用する労働者の就業環境を害すること
つまり私は、徳川家という①優越的な関係を背景とした、黄門様(てか、黄門)の②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動(身分を偽る、いつも刃傷沙汰で死人を出す)により、家来の③就業環境を害すること(責任者の降格、島流し、お家断絶など)は、世が世ならパワハラに該当するのでは、と本気で思ってしまったのであった。
もし『水戸黄門』を現代の会社に置き換えると、どうなるか。
従業員数が、正社員・パート合わせて数十万人規模の巨大企業……の暇を持て余した80歳くらいのおじいちゃん会長が、その身分を隠して、全国各地の支社や営業所を渡り歩き、お節介にも現場に介入しまくる、ということになろう。
想像してみて欲しい。
「見た目ヨボヨボだし、素性の良くわからないおじいちゃん……だけど、眼光は鋭い。なにあの人」
そんな老人(実は会長)が、自分の職場にやってきて、気づいたら居座っている。
そうして次第に、居座るどころか、部署の業務プロセスや仕事のやり方に、いちいち正論で口を出してくる。
おまけに得意先や営業先にもついてくる。
あるいは、現場に行ったら何故かもう先にいる(!)、という始末。
こちとら生活が懸かっている職場で、昨日今日やって来た暇そうな匿名老人に、あろうことか、これまで上手く回っていた仕事のあれこれを、かき乱されるのだ。
得意先との関係性や、水面下での交渉術、あるいは地域ごとのビジネス慣習や、必要悪としてのギブアンドテイク等々、現場の人間だからこそ築けた仕事のプロセスに、彼はお構いなしに正論で介入してくるのである。
しかも、実は会長だから、会長としての人脈や財力を、これでもかと(密かに)総動員して。
そして最もタチの悪いことには、この老人、自分の介入で現場が大混乱の極みになり、皆の感情が大爆発する、そのクライマックスになって初めて、自分の身分(ごめん! 実は私、会長でした!)を明らかにするのである。
ずるくないですか、と思う。
だってそうでしょう。
末端従業員の我々にとっては、まさに青天の霹靂。
怪しげで鬱陶しい匿名老人が、まさか自分の上司の上司の、さらにそのまた上司の上司だったなんて!
あまりの口うるささに、タメ語で悪態ついちゃったし、なんなら、誰も見てないところで小突いたりもした……それがまさか、雲の上の会長だったなんて!
良くて降格、悪くて解雇。
そんなん、初めから言っといてよ! である。
これは明らかにパワハラ案件でしょう。
しかも趣味の悪い部類のほうでしょう。
絶対にそうでしょう。
と、そこまで妄想した私は、かの水戸光圀公を論破でもしたかのような、清々しい気分であった。
「嗚呼ぁ、スッキリした!」
そう思ってソファから立ち上がろうとした。
その時である。
私は、ギクリ、とした。
身体が硬直するくらいの、戦慄が走った。
そこにいるはずのない男と、バッチリ目が合ったからだ。
その男は、眉間にしわを寄せ、見るからに疲れた顔をしていた。
思わず目を背けたくなるような、そんな荒んだ表情だった。
とてもではないが、清々しい表情など、1ミリもしていなかった。
「うわぁ、ずっとこんな表情してたんだ……」
そう。
その男とは、何を隠そう、リビングの鏡に映った、私自身だったのだ。
私は、疲れた顔をした私を見て、愕然とした。
そして、帰宅してからソファーに座り、『水戸黄門』について考えを巡らせていた自分を省みて、吐き気を催していた。
いつから、こんなスレた大人になってしまったんだろう。
エンターテインメント時代劇に、それこそ正論で妄想を膨らますなんて。
しかも「水戸光圀公を論破した」とか、何の得にもならない噴飯ものの感慨にふけって、悦に浸ってるなんて。
こんな大人になんて、なりたくなかった。
仕事で疲れていたのかもしれない。
いや、仕事で疲れていた、というのは言い訳だ。
エンターテインメントを、エンターテインメントとして無意識に楽しめなくなった時、それは少し立ち止まって、自分と向き合う必要がある時なのかもしれない。
私は、そう強く思ったのだった。
そして何故か私は、『水戸黄門』を観終わった後の、祖母の柔和で心穏やかな表情を思い出していた。
まさか、無意識に触れた『水戸黄門』をきっかけとして、自分がスレた大人になってしまったことを、自覚するとは思いもよらなかった。
天国のおばあちゃん、本当にごめんなさい。
あなたの永遠のヒーローを、危うく悪者に仕立て上げようとするところでした。
私は急ぎハードディスクを立ち上げ、神妙な面持ちで『水戸黄門』を録画リストに入れたのであった。
***
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