思い出の守り人とお別れする日
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:今村真緒(ライティング・ゼミNEO)
これだ! ようやく落としどころを見つけた私は、出張買取サービスのチラシをそっと折りたたんで店を後にした。これでやっと踏ん切りをつけられる!
昨年の春、我が家の一人娘が大学進学のために家を出た。
がらんとなった娘の部屋よりも私が気になっていたのは、その隣の部屋にある6段チェストだった。娘が小学校に入学するときに、自分で整理整頓ができるようにと買ったものだ。幅90センチ、高さ120センチのチェストは、小学生になったばかりの娘の身長とあまり変わらなかった。
初めは、2階の娘の部屋のクロゼットの内部にチェストを置いた。小学生で、そんなに荷物も多くなかったクロゼットにはまだまだ余裕があった。小学生になったから自分でやるようにと洗濯物を畳んでおいても、娘はチェストまでなかなか持っていかない。
しびれを切らした私が一緒にしまいに行くと、娘は俄然張り切りだす。
「ママ、この洋服はこっちの引き出しに入れるの!」
「シャツは同じ畳み方で、同じ方向にしまわないと!」
なかなか注文の多い娘だった。自分でやりなさいと言えば気が進まないような素振りを見せるのに、一緒に2階に上がるとバリバリ私に指図を始める。
「ママより上手にできそうだから、今度からは自分でやったら?」
私が呆れてそう言うと、とたんに娘はシュンとする。
「ママと一緒がいいもん」
小学校低学年の娘は、まだまだ甘えたい年頃だった。
4年生頃になると、娘の頭はチェストの高さを越えた。一番上の引き出しの出し入れも苦労することがなくなり、小さな足台は必要なくなった。上の小さな引き出しには、色とりどりのハンカチやポケットティッシュを並べ、中央の引き出しには、100円ショップで見つけた可愛らしい間仕切りを活用して整理をしていた。やり方にも自分ルールがあるらしく、私が勝手にしまおうとすると「違う」とやっぱり怒られた。私とは違って几帳面なところのある娘だったから、「そんなやり方を思いつくんだ」とハッとしたこともある。チェストの上には、その頃流行っていたニンテンドー3DSのカセットや娘のお気に入りのグッズが並べられ、チェストはさながら娘の宝箱のようだった。
ところが中学生になる頃から、娘はクロゼットからチェストを外したいと言うようになった。
なんでも雑誌で見た「吊るす収納」に目覚めたらしい。大量のハンガーと引き換えに隣の部屋へと追い出されたチェストは、「捨てたくはないけれど使わなくなったもの」を収納するものへと変わっていったようだ。整理整頓については娘に任せて口を挟まないようにしていたため、私がわざわざ引き出しの中身をあらためることもなかった。
それからも部屋の片隅にひっそりとチェストは存在し続けた。カメレオンが擬態するかのように、壁紙の一部となっていたと言っても過言ではない。けれど娘が家を出たことで、その立ち位置が微妙になった。主が不在になったチェストは、「どうすればいいんでしょう?」と困惑しているように見えた。
娘に連絡してみると、「もう使わないから処分していいよ」と言う。あまりにもあっさりした返事に、私のほうが拍子抜けした。そうだった。娘は物に執着しないタイプだった。中学2年に上がる春休みに、中学1年の教科書やノートを全て処分しようとした人だ。私のほうが慌てて、「卒業までとっておいたほうがいいんじゃないの?」と処分するのを止めたくらいだ。
とりあえず、チェストを整理することにした。ところが引き出しを開けるたびに、グイッと首根っこを掴まれたかのように私は過去へと遡ることになった。そこに現れたのは懐かしいアイテムの数々だった。
不器用な私が手縫いした小学校の体操着入れ。
ちっちゃなバレエのお稽古用レオタードやレッグウォーマー。
ひらがなの名前をマジックで書かれた水泳用のゴーグル。
小学校高学年の時にいつも持ち歩いていたお気に入りのポシェット。
ディズニーランドで買わされたキャラクターの大判タオル。
アイテムにまつわる光景がありありと私の前にやってきて、それをどんな気持ちで見つめていたかを思い出させる。それだけでなく、小学生の娘がチェストに服をしまったり、仕分けしたりしている残像までもが蘇ってきて私はその場で固まってしまった。
執着のない娘がそれでも取っておいた品を、チェストは長い間守ってきたのだ。そう思うと、私は処分しようとしていることに負い目を感じた。せめて捨てるより使ってもらおうと小学生の姪に譲ろうとしたが、妹に置く場所が無いと断られてしまった。いっそこのまま置いておこうかと迷っている内に、あっという間に1年が過ぎた。
私がたまに冷やかしに行くリサイクルショップに、タンスが並んでいるのを見つけた。見た感じ、うちのチェストよりも古そうだ。そうだ。あのチェストも捨てるのではなく、新たな持ち主の元で役立つならば私もホッとする。スタッフに尋ねると、大型の家電や家具は出張買取サービスで引き取ってくれると言う。チラシをもらうと、ようやく私はチェストを手放す踏ん切りがついた。
査定当日の朝、もう一度私はチェストを拭き上げた。14年間、2階の片隅で我が家の歴史を見守ってきたチェスト。いざいなくなると思うと、査定後やっぱり引き取れませんという流れもどこかで期待したりして、私の感情も忙しい。
チェストは、リサイクルショップにわずかな金額で引き取られることになった。いよいよお別れだ。2階から下ろされたチェストが駐車場に止まったトラックに運ばれるのを見送った。
2階に上ると、チェストのあった場所にポッカリと穴が開いているように感じた。壁紙の一部の様に思っていたのに、無くなってみれば案外場所を取っていたことに驚いた。
娘に報告すると、「あ、そうなんだ」とやっぱりあっさりしている。私のほうは、明るい店内によそ行きの顔で並んでいるチェストを今度覗きに行こうと密かに思っている。知る術はないが、どんな人に迎えられるのかも気がかりだ。そんなことを言ったら、また娘に「未練がましい」と苦笑いされそうだけれど。
***
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