メディアグランプリ

箱には入りきれなかったバースデイプレゼント


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
フミコは、息子・ナオの誕生日プレゼントを考えていた。
育児と家事と仕事に追われているうちに、気づけばナオは14歳に成長していたのである。
それまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
なぜなら、望んで望んでやっとの思いで授かったナオを出産し、母親としてスタートした数年後に次男も授かったのだが、次男が重度のアトピー性皮膚炎を発症してしまったからである。
夜泣きだけではなく、体のかゆみというものを幼い子に理解しろというほうが無理であろう。
なぜかわからない湧き上がるほどのかゆみを抑えようと、次男が体を搔きむしり、シーツが血だらけになる日を何度も見てきた。夜中に何度も起きては次男の世話をして、通院も重ね、いろんな方法を試してみてもすぐに治る気配がなかった。
いっそのこと自分が代わってあげられたら、どんなにいいだろう。
長男であるナオにも、もっと接してあげたい、そう思いつつも次男のことを優先しなければならないというもどかしさ。そして、ごめんねという罪悪感が常にフミコの胸にはあった。
それはナオが長男として先に生まれた運命と頭ではわかっていても、理解できない受け止められない自分がいたのである。
 
やがて、幾つもの歳月を経て中学生になったナオは、部活を始めた。吹奏楽部に入り、ホルンという楽器を選んだのだ。
あのクルクルと特殊な迷路のように巻かれた、ピカピカのカタツムリみたいな楽器だ。
ホルンは伸ばせば4メートル以上にもなる長い管楽器で、音を出すことも、また正確な音程を保つことも難しい楽器と言われている。
その難しそうな楽器を選んだナオは、夏休みの間も毎日練習に通い、楽器を持つのに慣れないうちは手にあざを作りながらも、それなりに楽しくやっているようだ。
母親にとって長男というのは特別な存在で、つい何かと物申したくなるものである。しかし、吹奏楽部に入ることもホルンという楽器を選んだことも、ナオが生まれて初めて自分の意見だけで決めたことだった。
フミコはそんなナオを目の当たりにしながら、いつかは手を離れていくであろう息子に、何か心に残るようなプレゼントをしたいと思ったのだった。
 
 
コロナ禍になると、オンライン授業が増えて家で過ごす時間も長くなった。
当然、部活動もその制限対象となり、特に吹奏楽部のように飛沫が飛びやすい部活は自粛となってしまった。
せっかく、やりたいものが見つかったというのに。音楽という打ち込めるものができたというのに。もともと口数が少なめなナオがいっそう話すことが減り、楽器へのやる気が少しずつ無くなっていくのではないかと思うと、見るのがつらかった。
学校で練習ができない日は、公共施設にある練習室を借りての個人練習や、レッスンを受けることができる。ただ、練習室はもともと広いものではなく、音響がいいとも限らない。
ある日、ナオのために練習室を借りようとしていたフミコは、個人でもホールが借りられることを知った。そこで、突如として閃いたのである。
そうだ! できないことにフォーカスするのでなく、できることを考えればいいんだ!
ナオへ思いついたバースデイプレゼント、それはホールを貸し切ることだったのだ。
早速、ホールの予約担当に問い合わせると、練習希望日には何もイベントが入っていないことがわかった。まるで、フミコに予約されるのを待っていたかのようだった。
 
レッスン講師には前もってホールでレッスンできるかを聞いてみた。最初は驚いた講師も「それはいい経験になる!」と背中を押してくれた。しかしナオにはぎりぎりまで黙っておいた。
言いたくなる気持ちをぐっとおさえて迎えた当日。
「今日の練習場所はここだよ」とフミコに促されたナオは、ぽかんとした。
「え……? ここってホール、だよね?」
「そうだよ、ホールだよ。今日はナオだけの舞台。お誕生日おめでとう」
「ママの考えることって、スケールが大きすぎる……」
 
フミコの作戦は大成功だった。
 
600人が収容できるホールにはフミコとナオ、そしてレッスン講師の3人。
普段は吹奏楽部の全員やアマチュアオーケストラが70人近く立つ舞台に、今日はナオだけが立っている。
スポットライトもナオだけに当たっている。14歳のナオには贅沢すぎるほどの空間だった。
「一人で舞台に立つって、こんな気持ちなんだ……」
ホルン奏者になった時の表しようのない高揚感を、ナオはひと足早く味わったのである。
 
一方、客席にいるフミコは、ホルンを手にしたナオの真っすぐな立ち姿に、10年後の息子を重ねて見ていた。
24歳でホルン奏者になったナオが、凱旋記念公演として同じステージに立っている。
そして客席に向かって語りかける。
「あの日、母がプレゼントしてくれた舞台に、また立つことができて嬉しいです。今日は心を込めて演奏します。聴いてください」
 
すうっとひと呼吸した静寂のあとに、ホルンの優しく伸びやかな音がホールに響き渡る。
 
フミコはその音を体中に浴びながら、現在と未来を一度に味わっていた。
ナオからは見えなかったが、その眼にはひとすじの涙が光っていた。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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