私、持ち歩くコマーシャル・アートを集めています《週刊READING LIFE Vol.183 マイ・コレクション》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/08/29/公開
記事:月之まゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
子供の頃からスーパーマーケットにいくと、棚に並べられた食品のパッケージを
眺めるのが好きだった。
字体もデザインも違う色とりどりのお菓子や食品の入ったパッケージをキレイだなと
思って見ていた。
「ほら、紙の神様からまた届け物だよ」
夫がそう言って、片手に束になった封筒を、バサッと私の部屋においていく。
私はそれらを手に取り、要るもの、要らないものに選り分ける。
請求書や重要な案内をのぞいて、個人的な手紙や封筒に入ったダイレクトメールを見つけるとまず紙をなでてその触感を楽しむ。
そしてペーパーナイフでゆっくりと封をきり、中から美しいパンフレットや案内状がでてきたら、テンションが一気に上がる。
収集癖のある人の心理的現象に、幼少の頃、親が厳しく欲しいものを与えられなかったとか、手に入らないプレミアの何かを手に入れることでストレス解消をはかっているとか言われるが、その両方が私の場合、「イエス」といえるかもしれない。
ある年齢を超えたあたりで、この収集癖を恥ずかしいと隠していたが、これをきっかけにマイ・コレクションを棚卸ししてみたいと思う。
収集癖が顔をだしたのはおそらく結婚して実家を離れたころだと思う。
究極のミニマリストの両親のいる実家から離れて、生活スタイルが自由になってから、私は何かしらモノを集めるようになった。
最初は香水瓶、口紅のケース、洋食器やカップ&ソーサー、ミュズレと呼ばれるシャンパンの王冠、アクセサリー、帽子、傘、スカーフやストール、そしてコレクター用のBarbie人形など、どれも集中的に集めては、途中で憑き物がおちたようにやめることを繰りかえしてきた。
そして自分の集めたものを見直した時、私はそのなかにある共通点があることに気づいた。
エアラインの搭乗チケットの半券
コンサートチケットの半券
映画のチラシ
バレエや演劇公演のパンフレット
ブティックからのダイレクトメール
化粧品のパッケージ
凝ったデザインの招待状
旅した国の紙幣
ホテルにおいてあるレターセット
しおり
プリントした写真
ミュージアムショップで買うポストカード
香水の香りをためすムエット
雑誌の切り抜きやスクラップ
しゃれたデザインのショップカード
壁紙
エアラインの機内食メニュー
手紙
特殊記念切手
お店の包装紙
ポチ袋
フラワーショップで使う花をつつむ透かし柄の和紙
お菓子の入っている胸がキュンとなる可愛い小箱。
世界一のバリエーションと機能性を誇る日本のノート。
文具店であつめた便箋やグリーティングカード
洋書の写真集
ホームパーティで使う紙ナプキンや和紙のランチョンマット
多様なデザインのカレンダー
と集めた紙製品をあげると枚挙に暇がない。
そう私はまぎれもないペーパー・コレクターだった。
思えば、私の生活にはいつも紙がそばにあったように思う。
海外に行ったときも本屋や古本屋、そして文具店には必ず立ち寄った。その国の言葉がわからなくてもの本の紙質やデザイン、字体や挿絵をみていると何時間でも過ごすことができた。
映画館や美術館に行くと、必ず次回予告のチラシを持ち帰るのでカバンが重くなるほどだ。
そもそも日本には紙製品があふれていて、私たちは程度の差こそあれ、紙文化に囲まれて生活している。
たとえばハンドクリームやリップクリーム一つとっても紙箱に入れて売られているのを見るにつけ“包む”文化に慣れ親しんだ日本ならではの風習を感じとることができる。
良品もむき出しで売るより、綺麗なパッケージに包まれたものを好む傾向が私たちにはあるのではないだろうか。
なかでも私がとりわけその存在を面白く思い、惹きつけられたものに、ショップ袋がある。
ショップ袋(別名:ショッパー)は店で買い物をしたときに商品を入れて持ち帰るときに使う、店オリジナルデザインの紙袋のことだ。
かれこれ十数年前にさかのぼること、ヨーロッパの街を歩いていてた時、このショッパーの魅力に気づいた。小さな店でも買い物をするとスマートなデザインの紙袋に入れて商品をわたしてくれる。
気に入った商品が、化粧した袋に入ることで、買い物の満足度が数倍に高まることが嬉しかった。
けれど海外のそれに魅せられたのも、つかの間、しょせん商品を一時的に運ぶために生産されたものは、二三度使うとすぐに取っ手のところが破れて実用的でないことを知った。
ところが日本製のショッパーは紙質や構造も優れており、特に強度に関しては、繰り返し使っても、取っ手部分が破れたり底が抜けたりすることはほとんどない。
色んな国をまわってみたが、日本の紙の質の高さは群をぬいていた。
海外の高級文房具店へ行くと日本と同じクオリティの品が5倍以上の値段で売られていることがざらだったので、益々、日本の紙製品のコストパフォーマンスと品質の高さには感心した。
話を戻すとショッパーのもともとの役割は、商品を持ち運ぶだけでなく本来、個性的なデザインに店のロゴをいれた袋を客に持ち帰らせることで店の広告宣伝に一役かっているため、上質なデザイン性が追及される。
あるときこんな経験をした。化粧品が切れたので、デパートへ買い物にでかけた時のことだ。最初、マスカラを一本買うと、小さなショッパーに入れてもらい店をでた。
それをもって次の店にいくと、おまとめしましょうと店員が気をきかせて、自社のショッパーに他の袋もまとめてくれた。
そして次の店へ向かうと、お会計を済んだあたりで店員がまた同じことを聞いてくる。
そんな感じで店から店へ渡り歩いているうちに、いつしかショッパーは巨大化して最後の店の広告塔となって帰宅したことがある。
休日に繁華街を歩く人達を観察していると、道行く人の半数近くはどこかのショッパーを手にして、それぞれの買い物の嗜好や足跡を周りに知らせながら歩いている。
そして家にたまったショッパーをなかなか捨てられずに保管している人が実に多い。
品質もよく丁寧に作られているので、用途をみつけられないまま、捨てるのが忍びないと感じるのがほとんどの人の心理ではないだろうか。
私もそのうちの一人でたまっていくショッパーを何度も捨てようと試みたが、ブランドイメージが愛情たっぷりに織り込まれた、それらをあっさり捨てることがどうしてもできなかった。
だからいっそ開き直ってショッパー文化を残そうとコレクターになることにした。
モノを集めるには集中と執着が必要だし、保管するには労力と忍耐も求められる。
そうやってコツコツ集めたショッパーのコレクションは、もうすこしで1000枚近くに達して私の楽観性と執着が実によく顕れている。
今はそのデザインをみただけで年代やスタイルまで読みとれるようにもなった。
特に2012~2019年あたりは凝ったデザインのショッパー文化が百花繚乱の時代だった。
紙質もエンボス加工で模様を浮きだたせたデザインや、透かしをはいったもの、また見る角度や光の当たり方で色が変わるマジョーラカラーのショッパーもあった。
チャームと呼ばれる飾りのアクセサリーをつけて、女心をがっちりと捕らえて離さないものもあれば、あえての真っ白のロゴ無しショッパーから商品を取り出すと、底にショップのロゴの刻印があらわれる超クールなものまで一つとして同じものはない。
5面の立方体のデザインは無限であり、つねに消費者を驚かしてくれるのがショッパーの楽しさだ。
日本人の意識化に紙にこだわるセンスが国内外のブランドの商業デザインにどんどん磨きをかけて今の質に至ったように思う。
実際、希少価値の高いショッパーになると、ショッパーにしわやヨレが生じないように、商品とは別装されることもあり、宣伝広告を通り越して保管を目的としたクオリティのものまで出回ったこともある。
さてここで一つ疑問が生じるのではないだろうか。
そもそも商品を買えば無料でもらえる店からのサービスとしてショッパーは存在する。
言いかえれば製品を買わないともらえない付加価値がショッパーの存在だ。
ではどうやってショッパーを手に入れるのか?
ショッパー欲しさにいちいち不要な商品を購入するのは経済的に現実性が乏しい。
それでも買えないものを工夫して集めていく面白さは他のコレクションと違う趣もある。
そこで数少ないショッパー・ハンターたちは、オークションで目当てのものが出品されるのを待つのが一番てっとり早い入手方法となる。
目当てのものがなかなかマーケットに出回らなくても、根気よく待っているとそれなりに出品されるのもご縁を感じて面白い。
年代、そして保存状態をよく確認してから、値段も折り合いがつけば入札する。
ショッパー・ハンターは私以外にも存在するが、継続的に一定数のショッパーがオークションに出品されていることをみれば、それなりに需要もあるのだろう。
これを読んで、もしクローゼットの奥にしまいこまれた不要なショッパーの処分に困っている人はいたら一度、オークションにだしてみたらいかがだろうか。
不用品の処分に加えて、その価値を判る面白さに出逢えて、一石二鳥をねらえるかもしれない。
幸いなことに日本人の紙を大切に扱う国民性が、店舗からショッパーを持ち帰った後も丁寧に自宅保管する人が多いので、オークションでも新品同様の美品に出逢えることが多い。
置き場がなくなって不要だけれど捨てるに忍びないショッパーをオークションへかける人がいて、それを買う人がいる。そうやって用途を終えたショッパーが人の手から手へ渡り歩いている。もちろん私には紙の神様がついているので待っただけご縁をいただくことも多い。
決して必要ではないかもしれないけれど、買ったものを大切に使い続けるために、包んで持ち帰るひと時の楽しい時間をショッパーは与えてくれる。
そしてこれを読んだあなたは次にきっと、こう思うだろう。
「そんなに集めたショッパー、いったいどうするの?」
それはまだ私にもわからないし、ショッパーの未来もそれほど明るくはない。
21世紀に入りかつて世界中で禁煙ブームがひろがり、喫茶店や飲食店から少しずつ店の個性をあらわすマッチ箱が姿をけしていったように、SDGsが浸透するにつれMUJIのようなシンプルさが求められ、個性豊かなショッパー文化はどんどん衰退してエコバックにとって代わられるだろう。
そしてショッパーという存在があったことすら知らない世代もでてくると予感している。
ふとそんな未来を想像しながら、私は夢想する。
小さなショッパー博物館でもつくって、20世紀のふろしき文化から紙のショッパーが誕生し、エコバックにとって代わりやがて手ぶらになるまでの年代別のショッピング風景を映像で流しながら、インスタレーションのように天井からコレクションを吊るし、壁には絵画のようにショッパーを額縁におさめて飾ってみたいと……。
そしてガイドとなって未来の人たちに解説する自らの姿を想像する。
「皆さんがいまご覧になっている紙の袋は、かつて四半世紀前に、買った商品を持ち運ぶために使われた紙袋でした。ショッパーと呼ばれたこの紙袋は、ブランドの宣伝の役割を担うと同時に、それぞれの商品に対する製作者の愛と情熱が込められた個性豊かな商業アートでもあったのです。
紙質などもそれぞれ時代の個性がありますので、興味のある方はどうぞお手をふれて楽しんでみてください」
と……。
コレクターになぜそれを集めるのかと問うたところで、結局、明確な理由など本人にもわからない。
ただ惹きつけられたから集めたとしかいいようのないのがコレクションだと思う。
でも望むなら私がこの世からいなくなった時、見知らぬ誰かが私のコレクションを見て
「よう、頑張りはった」
そう言われたら、ただ本望に思うばかりである。
□ライターズプロフィール
月之まゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪府生まれ。プログラマーから人材サービス業に転職し20年。関わった人の転職を通して、「出会えてよかった」と言ってもらえることが何よりの醍醐味。
2021年 2月ライティング・ゼミに参加。6月からライターズ倶楽部にて書き、伝える楽しさを学ぶ。ライターズ倶楽部は3期目。
世界旅行をライフワークにしており、旅行好きがこうじて趣味で「総合旅行業務取扱管理者」の国家資格を取得。20代でラテン社交ダンスを学び、ダンスでめぐる南米訪問の旅や訪れた世界文化遺産や自然遺産は145箇所。1980年代~現在まで69カ国訪問歴あり。
旅を通じてえた学びや心をゆさぶる感動を伝えたい。
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