週刊READING LIFE vol.187

ほっこりエピソードの舞台裏《週刊READING LIFE Vol.187 最近のほっこりエピソード》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/26/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
リズムを取るように誰からともなく手を叩いた。
 
『ハッピーバースディトゥユー』
 
家族5人が声を合わせて歌う。
 
『ハッピーバースディ、ディアマミー』
 
私は息を吸って、歌が終わったタイミングで絶妙にろうそくを消して見せた。
 
おめでとう~! の声にあわせて、ありがとう~と微笑む。
 
小学3年生の長女が、私のために、誕生日のケーキを作ってくれた。
 
スポンジケーキを作るのは難しいからと、パンケーキの上にあんこと梨がデコレーションしてある。組み合わせは斬新だけれど、かわいくデコレーションしてあった。台になるパンケーキの焼き方を失敗したからこぢんまりとしたケーキだったけれど、味も意外性があるというか、和風でなかなかおいしい。娘が作ってくれたから、嬉しさはひとしおだ。
 
私がにっこりと笑顔を見せると、総指揮を取っていた長女は満足げな笑顔を浮かべていた。
 
これが、私の誕生日のほっこりエピソードである。
 
おしまい。
 
……んなわけない(笑)
 
使われていた皿には私のストレスがべったりこびりついているようだった。水を盛大に出して汚れを落としながら、ついたため息をこっそりと隠した。
 
何もしてもらえないのも期待外れだけれど、何かをしてもらえたとしても心の底から喜べない。私って、人の優しさとか人の気持ちとかを受け取る受容体がとても特殊な形をしているのかもしれない。許容範囲が小さすぎてポンコツすぎる自分が嫌になる。誕生日なのに疲労感がハンパなかった。
 
無邪気に喜んで、写真に撮って、嬉しそうにSNSにあげる自分を妄想してみる。
 
「仲良し家族だね」「娘ちゃん優しい」「誕生日のサプライズ素敵」……自分が見る方だったら、そんなコメントを残しただろう。けど、記事をUPして、そんなコメントをもらってリア充を実感するにはあまりにも心がすさんでいた。
 
写真のフレームに収まっている世界は美しく幸せに満ち溢れているけど、我が家の現実は、フレームから外れたところで起こっている。私はそのギャップをうまくやり過ごすことができていない。
 
うちの長女は暴君である。
とにかく、自分のやりたいことを阻まれると機嫌が悪くなって、暴れまわる。かといって、そのやりたいことをそのままさせてあげると、カオスになる。
 
先日のケーキ事件の不穏は、前日からはじまった。
 
『明日、ホットケーキミックス買ってきて』
 
夕方、既に買い物を済ませた後に電話が来る。
 
「それは、今日じゃないとダメなの?」と聞くと、
 
『ダメ、明日、学校から帰ったら作りたいから』
 
その後で、マミーの誕生日だからごにょごにょと独り言を言っているので、なるほど、と納得して買うことを約束する。仮に買いに行けないと言ってそれがどんなに理にかなった理由だったとしても、彼女が引かないことは明白だった。当の祝われる私は、その時点でかすかに疲労を感じ始める。作ってくれるのは非常にありがたいのだけど、とにかく私に迷惑をかけないでほしい……と願う。そんなときにチクっと罪悪感が生まれる。娘がサプライズで私を喜ばせようとしているのに、私の心はこれから起こりそうなことに憂鬱になっているのだから。彼女が私の誕生日にしたいことと、私が誕生日にしてほしいことが全くズレているのだ。
 
ただ、私が誕生日に何がしてほしい? と聞かれたら、家の片づけと掃除を手伝って私に半日、自由な時間がほしいって答える。それは子供達にとってちっとも面白くないし、良き母の模範解答ではないのはわかっている。でも、長女は私がそんな願いを持っているなんてちっとも知らない。長女は自分がしてあげたいイメージがあって、そこで私の喜ぶ姿まで思い描いていて、そのシナリオが変更になることは絶対に許さないのだ。
 
そのシナリオに沿って動かなければいけないというだけで気が重くなる。片付けがてんこ盛りだろうなあとか、コンロ汚れるだろうなあとか。シナリオの外に山積みになる尻ぬぐいを思い浮かべてしまう。
 
その点、長男は楽だった。私が誕生日だろうが母の日だろうが、一切お構いなし。何もしてくれないのはちょっと寂しいとずっと思ってきた。でも、長女と比べると、かえって楽で私向きな子なのだということに気づいた。
 
世間一般の感覚からしたら、私が怠惰なのはわかっている。子供がいない時には、もしも子供ができたら、誕生日の時にはそんな風に祝ってくれて感動するんだ、って勝手に思っていた。だから、今の私の反応ってかなり劣等生だなあと思う。どんなに気持ちをコントロールしようと思ってもそれが私の本音なのだから仕方がないし、だからといって子供達が嫌いなわけでは決してない。
 
誕生日当日、末っ子のお迎えで外に出ている時に、長女から電話がかかってきた。
 
『牛乳か豆乳がない。買いに行ってもいい?』
 
「それ、お母さんが買って帰るのではダメ?」
 
電話の向こう側から不穏な空気が流れてきた。
 
『今すぐほしい、そうじゃないとパンケーキが作れない』
 
じゃあ、にぃにと一緒に買いに行ってと言うと、長男の嫌だ、無理と答える声がかぶった。どうして、うちの子供達は、思い通りに動かない。うんざりして、「そっちはそっちで解決して」と言って電話を切った。ああ、既に波乱万丈の予感しかしない。
 
家に戻ると、とりあえず娘が既にパンケーキを作り始めていた。どうにか2人で折り合いをつけたらしい。経過はあえて聞かなかった。
 
ボウル、おたま、フライ返し……自分も人のことは言えないけれど、キッチンは娘の出した調理器具でごった返している。それも、見て見ぬふりをして、末っ子のカバンの片づけを始めた。
 
その時、17時。
私が夕飯を作り始める18時半までにはキッチンを明け渡してほしい。長女にタイムリミットを告げて、全てを見ないふりをして本を読むことにした。誕生日くらい、のんびりと過ごしたい。
 
キッチンからは、「うー」とか「ああっ」とか、わざとらしい声が聞こえてくる。私へのアピールであることは分かっていたけど、敢えて無視。ケーキはサプライズなんでしょう? 私は関わりませんよというスタンスで座り込みを決める。
 
「パンケーキを焼いてくれない?」
 
娘は白旗をあげて泣きついてきた。やはり。私はしぶしぶパンケーキを焼く。すでにフライパンのパンケーキはリカバリしようがないにこびりついていた。イライラしながらやるから、さらに破れる。
 
私、誕生日なのに何でこんなにイライラしているんだろ。
 
私が子どもの頃って、親がダメって言ったらダメだった。言われた通りに何もしなかったから、そのまま大人になってしまって、料理なんか何一つできなかったけれど、我が子達は、何度ダメだといってもちっとも言うことを聞かない、諦めない、懲りない。
 
こちらとしては、思う通りにならないからいつもイライラしっぱなしではあるのだけど、一方で、そうし続けてくれるタフさに感謝をしている。
 
私がダメって言った通りに全部言うことを聞いている子達だったら、と思うと、やっぱりゾッとしてしまう。私と同じで何にもできないまま大人になってしまうかもしれない。料理の点で言えば、長女は、小3にして炊飯器を使わずに鍋でご飯を炊けるし、昆布とかつお節でお出汁を取ったりもする。私の言うことを聞かないからこそできるようになったわけで、そのくらいできておけば、あとはクックパッドとかの力を借りればなんでも作れるようになるだろう。だから、彼女のわがままが始まるとうんざりもするけれど、私のダメ攻撃に負けずに台所に立てる娘は頼もしくもある。
 
こんな怠惰でポンコツな私が3人も子育てをして、理想的な母親になれていないことは十分に自覚している。一時期はそれなりに努力して良き母でありたいと努力した。泣くのを止めない子育てとか、叱らない子育てとか、自然育児とか……色んな本を読んだり、講演も聞きに行ったり、どの子育ても素晴らしくて感動してやってみようと試みた。でも、どれも最終的には、思い描いたような子育てにはならなかった。
 
自分が理想の子育てを思い描いてそれに当てはめようとするから、その通りにならない端から怒りが生まれる。結局、虚しくなって全てやめてしまった。その時は、目の前の子供達を見る、というよりは、子育て法に子供達を当てはめているから上手くいくはずがない。
 
結局、子供達に何かやってあげたと満足に思えるようなことはないけれど、ひとつだけ心に決めたことがある。それは、「そんな子に育てた覚えはない」とは言わないようにしようということ。
 
とにかく、子育ての結果は、全て自分の責任だ。子供達をあまりかまってあげなかったり、ひどい言葉を子供達に投げつけたりしまうこともある。そういうことが積み重なって子供達は大人になっていくのだ、ということからは逃げずに腹を括って受け入れる。子供達が、私のことを嫌ったり、家に寄り付かなくなったとしたら、それは自分の子育ての結果なのだ。自分が今までやってきたことを棚に上げて、「せっかく育ててやったのに」とか「そんなふうに育てた覚えはない」とは思わない。
 
そう思ったら、自分が子育てにイライラしても罪悪感が少しだけ軽くなった気がする。私がダメダメ言うから、子供達が私の言うことを聞かずに勝手に色々やるのだ、と思うとあきらめがつく。そもそも、大人の言うことばかり聞いていて何も出来なくなったら、社会人になった時自分で工夫できなくなというのも困る。
 
私がイライラするほど、色んなことをやって、私のことなんかどんどん追い越していけばいいよ。そうしたら、私も、イライラした甲斐があるってものだ。
 
子供達が寝静まってから、ケータイで撮ったケーキの写真をもう一度眺める。長女は私の圧力に負けずに、いつかちゃんとしたデコレーションケーキを手作りしてくれるのだろうか。それまでにどれだけケンカするだろうか。暴君な彼女だけれど、伸びしろがいっぱいの彼女はやっぱり頼もしくもある。自分勝手なことを望むとすれば、もう嫌気がさして何もしないなんてことにはなってほしくないなあ。
 
でも、やっぱりたまには手加減してほしいなあ……我ながら無茶苦茶なことを考えているなと苦笑いしながらベッドの隙間にもぐりこんだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season総合優勝。

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2022-09-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.187

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