故郷は色鮮やかに輝き、母は静かに微笑む
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記事:ウチヤマトモコ(ライティング・ゼミ8月コース)
10月の三連休、父母と会うために故郷に帰った。
父母は二人とも80歳を過ぎているのだが、自然豊かな群馬の実家で二人きりで暮らしている。三人の娘たちのうち姉二人は結婚してしまったし、末っ子の私は一人暮らし用のマンションを買ってしまったので、もう誰かが実家で一緒に住むことは諦めている。
母は足が悪くてあまり立ち働くのが楽ではない。認知症の気配もあるので週3回のリハビリ通所に行く日以外は一日のほとんどをぼんやりとテレビを眺めたり眠ったりして過ごしている。
そんな母の代わりに家事の一切を引き受けているのは父で、炊事洗濯から庭の手入れまで毎日忙しく働いてくれている。
普段不自由なく生活している様子を娘たちに知らせてくれるので、両親が高齢になっていることは理解しつつもどこか安心しているところがある。
それでもコロナ禍で会えなかった間に母の症状がずいぶんと進んだこともあるので、あまり間を空けずに会いに行こうと心掛け、このように足を運んでいるのだ。
東京駅から新幹線に乗って約1時間後、改札を出て、迎えに来てくれた父の車に乗り込む。母に「久しぶり」と声をかけると「お久しぶり」と返ってきた。マスクを外して「トモコだよ」と名乗ると安心したように微笑む。
車窓から目に入るのは圧倒的な濃い緑色の山々だ。緑が濃いのは単純に山が近いからだろう。普段の生活でみる山は遠くかすんでいることが多いので、これが本来の色だったのかと驚かされる。
今回は実家には泊まらずに近くのホテルに泊まることにした。実家で過ごすとどうしても何かと父が動くことになるので、父の骨休めにと宿をとったのだ。
宿に着くとすぐに小雨が降り出した。しとしとと降る雨に濡れた木々は、宵闇の中で深い緑から黒へと変わっていった。
両親は夕食を済ませると早々に床に就き、9時前には寝入ってしまったので、部屋の電気を消して私も横になる。車の音など街の雑音が聞こえない夜は久しぶりで、あまりの静けさに心細い気持ちになる。
母が小さく「痛い」と呟く。昼間から右脇腹が痛いと何度も言っていたのが急に不安になる。打ち身などではなく病気からくる痛みだったらどうしよう。休み明けに病院で診てもらう予定だというがその前に何かあったら。母の布団は暗闇の中で形が変わらない。しばらく耳を澄ましていても2回目がなかったので寝言だったのかもしれない。私もいつの間にか眠りに落ちた。
翌朝目覚めると曇り空で、山の木々の間に真っ白な霧が流れている。別にどこに出掛ける予定でもないのでさほど気にはしないのだが少し残念な気持ちになる。
宿を出ると、父の記憶を頼りに少しドライブすることにした。宿は母の実家に近く、以前からよく通っていたという饅頭屋さんに立ち寄ると、店先からは白い湯気がもうもうと噴き出している。蒸かしたての饅頭を包んでもらうと、箱がほんのりと温かかった。車の中で待っていた母に「お饅頭買ってきたよ」と伝えると、「そう、お饅頭買ってきたの」と嬉しそうに笑った。
その後、父が季節の挨拶でりんごを贈るためにりんご園に向かった。そのりんご園では17もの種類のりんごを育てているそうで、まわりを見回すと確かに実が緑色のものから真っ赤なものまで色とりどりだし、大きさもさまざまである。
ベンチに腰掛けていくつか試食させてもらう中に珍しい赤肉りんごがあった。「真紅(しんく)」という名前を持つそのりんごは皮も実も赤く、酸味の強い独特の味わいが爽やかだった。
赤々とした実をたくさんつけた重たそうな枝をだらりと地面近くまで下げているりんごの木の間を、母が父の手を借りながらよろよろと歩いている。見慣れた姿のはずだが、りんご畑の中で見ると童話の一場面のように映った。
「昔々あるところに年老いた王様とお妃様が住んでいました。王様はお妃様をとても大事にしていました」
真っ赤なりんごに特別な魔法が宿って、この二人がみるみる若返ったりする物語を想像してみた。特別なことは起こらない代わりに争いや災害のない平和な世界で、最後は「末永く幸せに暮らしましたとさ」で終わって欲しいと思った。
りんご畑から家に帰る途中に田んぼの間を通り抜ける。田んぼの半分ほどは刈り入れを終えて束ねた稲穂が竹の竿にひっかけて天日干しされている。残りの半分ほどはまだたっぷりと実った稲穂がゆらゆらと風になびいていた。
そこで偶然、雲が切れ日差しが差し込んで、稲穂が鮮やかな金色に輝いた。この風景を夢で見たら絶対に金運が上がる前兆だと思って宝くじを買いに走るだろう、と思うほどはっきりと金色だった。
母は目の前がいきなり眩しくなったので目を細めて、というより目を閉じてしまった。
家に着くと、父は饅頭を食べながら家がなかなか片付かないとぼそぼそと話し始めた。父は最近いわゆる「終活」というものを始めているのだ。
私から見れば父は100歳を超えても元気そうな気がするが、それでも残りの人生が限られていることは事実だ。
私はそのことに気が付いていないかのように、片付けについて話し続ける父に相槌をうつ。小学生の頃に私が書いた詩を見つけ出して額に入れて飾るなどと言うので困ってしまう。
ベッドで昼寝をしている母に「そろそろ帰るね」と声をかけると、「そう、元気でね、またね」と微笑む。その顔が母としてというよりも子どものような笑顔なので、私は帰りの新幹線で思い出して泣いてしまう。
次に故郷に帰るとき、どんな景色が迎えてくれるだろうか。
あと何回、両親に会えるだろうか。
こうしているうちにも残された時間はわずかずつ減っていっている。
***
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