香港に愛を込めて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:紫月 涼帆(ライティング・ゼミ8月コース)
外国人観光客の誘致に携わっていた間に、香港市場を担当したことがある。人口規模からして大きくはなかったが、香港で造成されるツアーや香港メディアによる情報発信が世界における華僑や台湾などの訪日動向を牽引しているとして、重要市場と位置づけられていた。
担当者になり、現地への挨拶回りから着手したが、初期の営業訪問に欠かせなかったのがお土産だった。「香港」 「喜ばれるお土産」などとググってみたり、経験者から先方の好みなどを聞くなどして、持参するものを決めていく。香港は成熟した訪日市場でリピート率も高く、日本らしさより、日本国内の若者が欲しがるような最先端のものを好む傾向にあった。香港でも入手できるが、目が飛び出るほど値段が高くなる日本の果物や食材も喜ばれた。
「え、果物も持ち込めるの?」と思った方も多いかもしれない。オーストラリアやEUのように検疫の厳しい地域に比べると、当時の香港は生肉以外、持ち込めないものはほぼないという状況だった。ぶどうや桃などインスタ映えし、かつ美味しい日本のフルーツはお土産の定番で、産地から直接持ち込む新鮮さも喜ばれる理由だったと思う。
営業活動も地に足が着きだした頃、複数の関係施設で合同セールスに行くことになった。運良く、最も日本に送客力のある旅行会社の社長のアポがとれたため、他の営業先とは比較にならないほど、お土産選びに熱がこもったのを覚えている。
当然、誰も持参したことがないような特産品であること、かつ競合の観光地に負けないインパクトあるものとすることも至上課題となった。私は観光施設の石川さんとチームになり、果物を担当することになったが、残念ながら、イチゴか温州みかん程度しかない時期だった。イチゴは酸味が爽やかな品種で、他地域の甘いイチゴと比較すると訴求力に欠けた。そこで、収穫量が少なく、滅多に海外に出回らない地元の高級メロンをイチゴとセットで持ち込むことにしたのだ。
一方、宿泊施設チームの三宅さんは、なんと、とれたての伊勢エビを生きたまま持ち込むという。高級メロンと伊勢エビ、おまけにイチゴ。これはインパクトあるお土産になるに違いなかった。出国日まで、互いに必要事項をチェックしあい、出国に備える。新鮮なままを届けるため、到着したその日に、かの旅行会社を訪問する予定を組む。私がイチゴを、石川さんがメロンを手配し、キャセイパシフィックの直行便で香港に飛んだ。
会社訪問の時間までまだ余裕があったため、JNTO(日本政府観光局)の香港事務所に立ち寄る。こちらへのお土産は一般的な菓子折りだったため、事務室に美味しそうな匂いを発するイチゴやメロンの包みを持ち込むのは気が引けた。JNTO香港の玄関は、ガラス張りのちょっとしたロビーになっている。日本各地のパンフレットが置かれていたが、平日で誰もおらずひっそりしていた。仮に誰かが来ても邪魔にならないよう、一角にあった机の下にイチゴとメロンの包みを隠すように置き、JNTOの事務室のドアをノックする。
少しばかり歓談して、担当者に時間を割いてくれた礼を伝え、事務室を後にする。先ほどのロビーに出て机の下を見ると、なんとメロンの包みがなくなっていた。「確かにここに置いたよな?」 石川さんが腑に落ちない顔を向けてくる。「はい、確かにここに。イチゴはそのままですし」 「誰か動かしたのかな?」 二人で懸命に探すが、見つからない。「盗まれたとか?」 「まさか、ここは香港ですよ」 と返す。
ふと、石川さんが何かに気が付いたようで、「これ……」と指さして苦笑する。イチゴとメロンが隠してあった机の上にはパンフレットが置かれており、その上には「ご自由にお持ちください」との貼り紙が。
「ありえないですよ。これはパンフレットのことで、まさかメロンやイチゴを自由にお持ちください、なんて考えられない!」 しかし、なくなったものは返ってこない。訪問時間が迫ってくる。幸運なことにまだイチゴは手元にあった。「日本ならありえないですよね。『これ、本当に持って帰ってもいいですか』って、事務室に絶対、声かけますよね?」 「文化の違いなんかな?」
釈然としなかったが、とりあえずイチゴを後生大事に抱え、社長訪問に向かう。上海経由で向かった宿泊施設チームをロビーで待つ。見慣れた背格好の3人を視界にとらえた石川さんが、大きく右手を振って合図すると、気が付いた3人が駆け寄ってくる。何やらバツの悪そうな顔をしているので、「何かあったんですか?」と尋ねると、三宅さんが「伊勢エビ、没収されちゃったんです」 「何で?! 生肉以外、大丈夫なんじゃなかったんですか?!」 「経由地の上海空港です……」 そうか、そんなリスクがあったのか。全く想定出来ていなかった。
直行便だった自分たちが、伊勢エビを持ってくれば良かったと後悔する。いや、新鮮な果物も上海では没収されていたかもしれない。「こんなことになるなら、ケチらずに直行便にすれば良かった」 いかにも残念そうな三宅さん。「そっちは直行便だったから、メロン、大丈夫だったんですよね?」 そう聞かれ、石川さんと思わず、目を合わせる。「実はですね……」
事の次第を聞いた3人は大いに笑ったが、三宅さんが言う。「良かったですね。イチゴも盗られてたら、今回の訪問、土産なしになるところでした。危ない、危ない」 想像するとぞっとした。土産なしで、かの旅行社の社長を訪問するなど前代未聞だ。
インパクトを狙ったはずの伊勢エビと高級メロンがいとも簡単に消え去り、おまけに過ぎなかったイチゴが見事、大役を果たしたこのエピソードは、私の中で、ひときわ面白おかしく、暖かい思い出として残っている。
最後に香港に関わったのは、2020年1月だ。訪日していた雑誌メディアのアテンドを務めたが、あれから早3年。コロナ禍で往来が途絶えた間、本土との関係で香港も随分と様変わりしたことだろう。今後もしばらくは、自由だった香港とそこに住む友人たちを思う日々が続く。どうか心安らかでいてほしい。心からの願いと愛をこめて。
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