週刊READING LIFE vol.194

仕事で精神を病む前とプロと日常的に触れ合える今。どちらがつらいか?《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/21/公開
記事:村人F (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
数年前だが、精神的な要因で3週間ほど会社を休んだことがある。
そういうと「この時期が一番つらかったでしょう?」と聞かれることだろう。
その理由はたいていの場合、病名が「うつ病」になるからだ。
つまり失意のどん底にいて自
力で這い上がることすらできないほどの奥深い闇に潜り込んでしまっている。
この状態を連想するからつらい体験と判断するのだろう。
 
しかし、私の場合は逆だった。
休んでいた時期はむしろ人生でトップクラスに楽しい日々だった。
こんな贅沢な時間があったなんてと、歌い踊りたくなる時を満喫していたのである。
なぜか。
かかった病が「躁(そう)状態」だったからだ。
つまり異常に精神が高揚した状態が24時間ずっと続くという症状だったのだ。
 
確かに脳の処理能力は大幅に低下していた。
文字の誤読が頻発し、買い物の計算もロクにできない。
間違いなく職場では問題しか生み出さない状態である。
だが精神的には幸せで幸せで仕方がないのである。
6月の新緑にも「ここまで鮮やかな色彩をしていたとは」と驚かされた。
食事をしている時もあらゆる味の解像度が上がり、何を食べても「こんな美味しい食べ物があったなんて」といちいち感動するほどだった。
 
何より素晴らしかったのは、不安を感じる要素。
これが完全に機能を停止していたことである。
この時期は本当に世界の全てが友達に見えていた。
だから散歩と称して『レゴランド』へ1人だけで遊びに行くなど結構ハチャメチャな生活をしていたのである。
もちろん脳の処理能力は大幅に落ちていて仕事をできる状況ではない。
だからこそ罪悪感を覚えることなく堂々と休むことができる。
こんな贅沢な時間はないだろう。
よって私の闘病生活は「闘う」のではなく、少し早くて長い夏休みに入ったかのような時間だったのだ。
 
しかし、その病にかかる前の時期は細かく覚えていないのだが、そこはつらかったように思う。
仕事での失敗が重なり上司から毎日のようにこっぴどく叱られていた。
そのうえ納期もシビアである。残業を毎日たくさんしてようやく間に合うかという厳しさだ。
 
この過酷な状況が半年以上は続いていたので、本来はこの時期を挙げるべきなのだろう。
それでも1番つらいと断言できないのは、その後にハッピーな日々が待っていたからである。
それに私よりもっとつらい人はたくさんいることが明らかなので、わざわざその宣言をすることに対して申し訳なさを感じていた。
いや正確には、もっとつらい状況に身を置かない自分に対しストレスを感じていたから、この程度で悲鳴を上げたなどと言いたくない。
この思いを抱えていたことが要因だった。
 
なぜなら周りにいるのがあまりにも高度な次元で日々を過ごしている人々だったからである。
それはプロのライターであり、カメラマンである。
そういった方々の言葉に日常的に触れる機会が増えていったことが、私の中でコンプレックスを増幅させていったのだ。
ああ、私は彼らの1%も努力をしていなかったなあと。
 
実際、プロの闘っている状況は私が想像する「つらい」とは次元を逸していた。
あるカメラマンは未だに写真を取る時に「この一瞬のシャッターチャンスを逃したら数十万円分の利益がパーになる」というプレッシャーに苛まれ、前日から眠れない日々が続いているという。
胃に穴が開きそうになることはもはや日常であり、20年前の失敗を未だ夢に見るなどトラウマも多く経験している。
華やかな写真の裏にはこういった修羅場が常にあったのである。
 
その上で彼は断言する。
この経験をしなければ決して上手くならないと。
絶対に失敗できないストレスが最大限かかる現場を何度も乗り越えなければ本当のプロにはなれないと。
 
それが真実であることは彼の醸すオーラを見ても明らかだ。
だからこそ私にずっとぬるま湯に浸かっていることをハッキリと宣言しているように思えて暗い感情をもたらしているのだろう。
そういった一流の方々の話を何度も聞くたびに、さらに増幅していく。
この積み重ねにより趣味のつもりで始めた事柄が自分をつらくしているなと、最近強く思うようになった。
 
ただ、これは健全な段階にようやく私が立つことができたとも言えるかもしれない。
つまり、つらさには種類がある。
そして、どこに居ようとある種のつらさからは決して逃れられない。
この真理に気付き始めているのだから。
 
仕事と聞かれ一般的にイメージする会社員の場合、このつらさは組織で働くことに起因する。
私たちがやるべき作業はお客様からの巨大な要望に対して、何人かで分割し対応することとなる。
そのためには個人の意思より集団としての意思が最も重要視される。
自分が車のエンジン部を作りたいと考えていても、既にスペシャリストが対応中で枠がないと言われればできないのである。
そしてやりたいことだけでなく、人間関係の制約もより強くなる。
お互いのコミュニケーションを円滑に進めるために他者の意識を尊重することは必須だ。
それゆえ休みたいと思っても締め切り間際ならば、そういった甘えを言うことは許されない。
逆に言うと、どれだけ休みなく働きたいと願っても上司が残業時間を削減しろという限りそれはできないのだ。
つまり、集団のために己を犠牲にしなければならない。
これが会社員の抱えるつらさとなる。
 
一方、プロという言葉で想起するカメラマンや歌手、スポーツ選手と言った職業の場合は個人で働くつらさと向き合うことになる。
それは全てを1人で背負うということだ。
会社員が数百人を雇い行う作業だろうが体調が悪かろうが、お客様からの要望に対して自分で対処しなければならないし、自分以外はできないという状況で仕事をするということだ。
この絶対に逃げられない緊張感こそ、プロが抱えるつらさの本質である。
しかし修羅場を乗り越える行為は成長に最も効果をもたらすことを考えると、圧倒的な力を得やすいのはプロとなる。
 
そして、私が置かれているのはこの2つのつらさを天秤にかけた時、どちらを選ぶのかという状況となる。
いずれも方向性が異なるため、悩みも大きくなっている。
 
そして今は会社員でいる方を選択している。
組織にいるつらさに対して、これまでの人生の積み重ねから耐性があると考えているからだ。
確かに上司から叱られ続ける上に、仕事が異常にある時とない時を選べないストレスは強い。
しかしそれを我慢したがために得られるメリット、集団で分割ができるということの効果にデメリットを凌駕するほどの価値を感じているのだ。
それが今も会社員で居続ける選択を私にさせている。
 
だが最近は、心が疼き始めている。
「つらい」と認識できるほどに。
きっとこれは、あまりにもプロと近くにいすぎたことが原因なのだろう。
 
彼らの持つ圧倒的な力、修羅場を複数回超えなければ得られない知識と自信。
自分だけで行うがゆえに全ての責任を背負えるという自由。
こういった会社員では絶対に得られない輝きに心が動かされているのだ。
そしてプロと私の違いが、実はこの道を選んだかどうかにしか過ぎないということを悟ってしまったのだ。
 
プロが何度も何度も言葉にする言葉は「覚悟」だ。
会社の組織の一員にならず自分だけで闘う「覚悟」
世界で1人しかできないプレイを行えるほど技術を磨くという「覚悟」
何が何でもトップに上がってやるという「覚悟」
プロと私の違いは、本当は「覚悟」をどれだけしてきたかということしかないのだ。
 
そしてプロを直視した時に感じるつらさも同じなのだ。
「覚悟」の差。
これが常に鋭く、ズタズタに心を切り裂いていくのである。
いつまで呑気に過ごしていくつもりなのか?
未だに会社員としての人生を極める覚悟を持たないのか?
「覚悟」から逃げ続けてきたがために襲いかかってくる重要性が、彼らの魅力的な人柄や力という形で容赦なく襲いかかってくる。
 
つらい。
これは仕事についてなのか、あるいは趣味という嫌ならやめてもいい物に対してなのか。
今は全くわからない。
 
しかし間違いなく言えるのは、このつらさはプロと余りにも気軽に接することができる現代だからこそ味わえるということだ。
平成初期や昭和の時代に、アイドルをバリバリ取りまくっている一流カメラマンの話を素人が聞くなんて決してありえなかったはずだ。
間違ってもトップ中のトップの先生が同じテーブルに座っていて、たった2万円で講義をしてくれるなんてことはなかっただろう。
 
プロのライターも、音楽家も、スポーツ選手も同じだ。
以前だったら決して立ち寄ることのできなかった存在が、今ではSNSで同じ扱いのアカウントとして存在している。
しかもYouTubeなど素人向けのアピールの場もある。
つまり会社員などの一般人とプロとの壁が、もはや無視できるほどに薄くなっているのだ。
だからこそ本来は決して関わることのなかったプロのつらさも自分のつらさにできる。
こんな贅沢な苦痛を味わえる時代は、数千年のうち何年あるかと言うほどの貴重なのである。
 
よって私が感じているつらさを、もっと贅沢品と認識して味わいつくさないといけない。
そのために必要な手段は何だろうか。
プロの講座を受講し、レベルの違いを実感して楽しむことか。
自分が同じ土俵に立てるか挑戦することだろうか。
あるいは今のまま会社員としての生き方を選び続け、プロとしてのつらさと比較し苦悩する日々を過ごすか。
 
どの選択肢を選ぶべきか覚悟ができていない自分がいる。
そのもどかしい己の姿もつらさの要因だ。
しかしこの天秤を比較できるのは今しかできない。
苦痛を楽しめるのは時代の特権である。
ならば私は、より面白いと信じる方に従って生きよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
村人F(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名乗る名前などございません。村人のF番目で十分でございます。
秋田出身だが、茨城、立川と数年ごとに居住地が変わり、現在は名古屋在住。
読売巨人軍とSound Horizonをこよなく愛する。
IT企業に勤務。応用情報技術者試験、合格。
2022年1月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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