週刊READING LIFE vol.194

「なのに」と「だから」のトラップを潜り抜けて、その先にあったもの《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/21/公開
記事:松尾 麻里子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今週のライティングテーマは、「仕事で一番辛かったこと」か。
一番、辛かったこと••••••。
 
もうすぐ、冬がくるというのに、秋の太陽は、まだまだ、活気づいていて、今日もとても暖かい。
陽光降り注ぐ、明るいリビングで、私は、今、仕事で辛かったことを、云々と唸りながら、
ノートに書き出している。
 
だんだんと思い出してくる、罵声や怒号••••••。
その一つ一つの言葉たちが、まるで漫画の吹き出しのように、空間を浮遊しはじめた。
 
「なに、やらかしとんねん! どアホ!」
「今月の数字さ、今まで、何していたの? 寝ていたの?」
「片手間かよ! 中途半端は、迷惑なんだよ!」
「担当から、外れてください! 顔も見たくない!」
 
吹き出しの言葉たちを読み返してみると、どれも、まあ、なんて辛辣なものばかりなのだろう。
こんな言葉を投げかけられて、よく倒れなかったな。いや、実際は、倒れていたのかもしれないが、
今、この言葉たちを思い出したとて、その当時のシチュエーションや、メモリーは実に曖昧なのだ。
おそらく、私が何かしでかしたには違いないが、18年も営業をしていると、日々、数字に追われながら、様々なサプライズに見舞われるので、正直、自分の身に起こった事のディテールまでは、覚えていられない、と言うか、運よく、嫌なことは忘却の彼方へ押しやってしまう、そんなスキルが身についたのかもしれない。
 
そう思うと、
この吹き出しの言葉たちが、私の一番、辛かったことだろうか?
少し、違う気がする。何か、心に引っ掛かりのようなものが残ったまま、
遅めのお昼を取るために、外に出た。
 
エレベーターを降りると、風がそより、と頬を撫でた。
 
「気持ちの良いお天気」
 
思わず、そう呟きつつ、もし、私にあと2ミリの勇気があるのであれば、すれ違った女性に、
 
「ね、そう思いません?」
 
と同意を求めたいくらい、本当に今日は清々しい。
思えば、最近、何かと忙しい日が続いていたが、昨日までで、区切りがついたものも多い。
だから、余計にそう思うのかもしれない。
 
気分も良いし、久しぶりにお気に入りのお店に行ってみようかな。
今日は比較的、ゆっくりとお昼が取れるので、足を伸ばしてみることにした。
 
歩くたびに、ザクザクと音を奏でる枯れ葉を楽しみながら、
長く、やんわりと続く登り坂を歩いていると、向こうから、スーツ姿の男性2人組が、いそいそと坂を降りてきた。その二人とすれ違いざま、
 
「そういう奴らを、Z世代っていうんだって」
 
と、どちらかの男性が言い放ったそのフレーズが、やけに耳に残った。
きっと、この2人は、会社の同僚か同期で、お互いに愚痴り合いながら、長い坂を降って、取引先に行くのか、自分の会社に戻るのかのどちらかだろう。さながら競歩なみの早足歩きで、矢継ぎ早に、愚痴を吐き出しては、さぞや、息が切れるだろうに、よっぽど、不満が溜まっているのか、ずっと喋り続けていた。坂を降りる頃には、ゼーゼー、かなりの息切れではなかろうか。2人が揃って肩で息をする姿を想像したら、なんだか可笑しくなった。
 
お店につくと、時間が14時前ということもあってか、私のほか、2組ぐらいしかいなかった。
ランチのピーク帯にいくと、並んで待つこと必須のお店なので、少し時間がずれるだけでも、こんなにゆったりとできるのは、最高に幸せだと思う。
 
席につくと、
いつもの決まったメニューを頼み、待っている間、出されたジャスミン茶を飲んでいた。
今日は、イヤホンをしていないから、耳が、誰かの会話を受信しやすい。私は、たいてい素知らぬ顔をして、聞こえてくる会話を楽しんでいるのだが、今日も向こうのテラス席から、女性2人組の会話が聞こえてきた。
 
「○○さんって、B型なんだって、意外じゃない?」
「へー、でも、結構、周りと合わせている感じするよね」
「ちなみに、○○さんって、何型?」
「え、私はA型!」
「そうなんだ、ずっとB型かと思ってた!」
「どういうことよー」
「だって、A型なのに、あんまり神経質じゃないじゃん」
 
他愛もない会話だな。
でも、次の瞬間、心に引っ掛かっていたものが、ポロリと取れた気がした。
 
そうだ、この感覚だったかもしれない。
私が、今まで仕事をしてきて、一番嫌だな、辛いな、と思ったこと。
 
先ほど、すれ違った男性たちの「Z世代」も、そこにいる女性たちの「A型は神経質、B型はマイペース」も、全て、アンコンシャス・バイアス(=無意識の偏見)だ。
 
母親じゃないと赤ちゃんは泣き止まない
父親が家事を手伝っているなんて偉い
女性は管理職になりたくない
男性は力持ちで、体力がある
Z世代はLINE交換をしない
年配の人はパソコンが弱い
外国人なのに日本語が得意
子供はみんな、可愛い
 
あげはじめたら、きりがないほど、
この世の中には、アンコンシャス・バイアスが溢れている。
 
乾いていた瘡蓋が剥がれると、そこから、どんどんと膿が出てきそうで、怖くはなったが、今回のテーマを書ききるためには、目を背けてはいられない。私は、その瘡蓋を少しずつ、丁寧に剥がしていく決意をした。好物のガパオライスを待ちながら、15年前の記憶をさかのぼる。
 
それは、新卒でメーカーに入り、3年目を迎えるころ、
私は一大決心をして、営業事務から営業担当に職種変更をすることにした。
社内で会社を支えるよりも、フロントに立って、会社を支えたい、と本心で思ったのだった。
 
上司にその話をした時は、
 
「本気なのか? うちで営業やるってことは、結婚も子供も諦めろよ」
 
と言われた。
そうストレートに言われると、一瞬は怯んだが、そんな脅しに屈してたまるか、となるべく平静を装い、「本気です、営業に転換させてください」と上司を見据えて言った。
 
営業の仕事は、想像以上にハードだった。
日帰りで九州に出張した翌日には、朝4時起きで東北方面に移動なども、稀にあった。
担当客先からは、納期調整や品質問題で詰められ、工場の製造担当とは、ほぼ毎日、喧嘩に近いやり取りで辟易し、上司からは、数字の進捗について、ネチネチと尋問を受ける日々。
 
担当変更の挨拶で、客先に訪問すると、
 
「えー、次は女性の営業さんなんですか?」
 
とあからさまに嫌そうな顔をされ、後日、上司から、○○社の担当を外れてくれ、と言われることもあった。それでも、私は、できる限りのことをしてきたと自負がある。その甲斐もあって、営業2年目にもなると、だいぶ、知識も豊富になり、社内外との信頼関係も構築され、営業活動における成功体験も積めるようになってきた。
 
メーカーでの受注案件は、決まれば、一発で億の受注になるものもあった。
営業の誰しもが、頻繁に達成できる数字でもないが、私にも、ついにそのチャンスが巡ってきた。
私が営業事務の時代から、継続取引のある商社から、新しい引き合いをいただいたのだった。
 
「松尾さんに、この仕事あげるからさ、頑張ってよ」
 
この商社の社長は、一代で会社を築き上げた立派な方で、だからこそ、筋が通っていないことには、なかなか首を縦に振らない厳しい方ではあったが、このコメントと共に、1億3500万の発注書を頂いた時は、心底嬉しかった。やっと営業として認めてもらえる。嬉々として、上司に報告をしたのだが、その時は、
 
「おう、お疲れさん」
 
とだけ言われた。そうか、これが営業の厳しさかと身を持って知ることになったのだが、却って、その時に、すごいじゃないか! などと褒められていたら、ここが成長の最大値で止まっていたような気がする。そう思うと、この上司は意外とフェアに見てくれていたのかもしれない。
 
営業を始めて3年目になると、この仕事の本質が分かってきて、やりがいや面白みが、日に日に増すようになってきた。数字目標の達成を積めば積むほど、今まで感じていた底知れぬ恐怖心にも、少しずつ打ち勝てるようになり、もうあと少しで、もっと自由に営業を楽しめる、そんな気がしていた。
 
そして、今日もいつものように、パソコンを開き、仕事を開始しようと準備をしていた時、友人から異業種交流会という名の飲み会を企画したから、参加するようにと連絡がきた。この友人からのお誘いは、いつも、私に拒否権はない。毎度、渋々、得体の知れないイベントに参加させられているのだが、1、2割の確率で行って損はなかったなと思えるものもあるので、今回も同じような期待値で参加することにした。
 
乾杯から始まって、自己紹介、どんな仕事をしているとか、趣味は何とか、こういう場面も、数をこなすと、何かに役立つ気がしてくる。回を追うごとに、自己紹介が上手になっていく自分が、なんだか可笑しかった。
 
それにしても、今回は、本当に異業種交流会だな。
 
総勢20名ほどが集まっていたが、私と同じような営業職、S E、高校教師、医者、税理士、ライターなど、様々な業種で働く人たちが集まっていた。友人の顔の広さには脱帽する。
その中の一人が、私に質問をしてきた。
 
「松尾さんは、何の営業をしているの?」
 
おそらく、同業の男性だったと記憶している。
 
「私は、半導体とか液晶部品に使う部品を扱っているよ」
 
そう答えると、多くの男性が、
 
「へー、女性なのに、すごいね」とか、
「女性の部品営業って、めずらしいね」とか、
「化粧品か、美容系の営業かと思った」とか、とか、とか、とか••••••。
 
大方の人が、多分、ポジティブなメッセージとして、私に送ってくれている。
でも、私には、その全てのアンコンシャス・バイアスが鋭利なナイフに思えた。
グサグサと、刺さる。
 
私自身は、自分の努力や、苦労して経験を積んできたことで、営業としてのポジションを確立してきたつもりでも、常に、枕詞のように、「女性なのに」が付いて回るのではないか、そして、それは、今後、私がどんなに成功体験を積んだとしても、「女性なのに」が「女性だから」になるだけではないのか。そんな漠然とした恐ろしさと、自分の非力さを認めてしまったのだ。良かれと思った善意の手の上に乗せられてしまうと、無抵抗でしかいられない。そうやって、無意識のうちに、人は人を傷つける。
 
どんなに、頑張っても、報われない? そんなことがあっていいのだろうか。
その時は、ああ、辛いな、と帰り道に、少しだけ、泣いた憶えがある。
 
この時の、一瞬にして、暗闇に突き落とされるような恐怖が忘れられなくて、
私は、つい最近まで、「○○なのに」という言葉を受け入れることができなかった。
 
「女性なのに」
「短大卒なのに」
「派遣社員なのに」
「お母さんなのに」
 
一生、私は、これらのカテゴリーに閉じ込められる。
でも、閉じ込めているのは誰だろう、他人なのか。
いや、もしかしたら、自分ではないのか?
 
ハッとした。
今まで、他人からのアンコンシャス・バイアスによって、苦しめられていると思っていたが、
実は、自分が一番、思い込みや偏見に囚われていたのではないか。
 
「女性だから」
「短大卒だから」
「派遣社員だから」
「お母さんだから」
 
考え方を変えるきっかけをくれたのは、今、勤めている人材派遣会社だ。
18年の営業経験の中で、年齢や性別、学歴、経験値、家庭環境など、フィルターがない会社は初めてだった。いろいろな雇用形態の人が、それぞれの働き方で、自分に与えられた使命を果たすために行動をしている。そこには、「○○だから」や「○○なのに」というバイアスは一切ない。それもそのはずで、人材派遣の仕事は、派遣スタッフと、クライアント、365度、全てを人に囲まれている仕事だからこそ、我々が、アンコンシャス・バイアスに囚われては、正しい判断を見失ってしまう。もし、仮に、そこが欠落していたら、誰かの人生を狂わしかねない。そうと言っても過言ではないほど、責任の重い仕事なのである。この会社の人たちは、やるべきことを、やる。ものすごくシンプルな目標のもとに、同じ方向を向いて、つねに前に進んでいる。
 
私は、現在の環境に身を置くようになってから、ごく自然に、仕事における成功も失敗も、受容することができている。社会に貢献できているという実感もある。そうして、私は、長年囚われていた足枷から、知らないうちに抜け出していた。
 
「なのに」と「だから」のトラップを潜り抜けた先には、何があったのか。
そこには、無限の可能性が広がる、新しい未来が待っていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松尾 麻里子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)


部品、情報、デザイン、コンテンツ、人材など、様々な商材を扱う営業を経験
国家資格キャリアコンサルタント、B C M A認定キャリアメンター保有者
現在は、天狼院書店ライターズ倶楽部にて、ライティングを勉強中

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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