高性能な腕時計を買いました
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:成澤ゆう(ライティング・ゼミ 10月開講コース)
ガツッ
「うっわぁ、やってしまった……ついに」と思った。
恐る恐る目を向けると、そこには小さな白い線がついていた。
「こんなもんか。ならいいや」と思い意識を仕事に戻すが、気持ちの半分では何かが終わってしまったような気がし続けていた。
使い始めて何ヶ月目だろうか。結婚の時に結納返しの名目で購入した数十万円する時計に小さなキズをつけてしまった。
社会人になってから時計が好きになり、すでにいくつかの時計を持っていたが、数十万円するものを購入したのは初めてだった。選んでいる時も、購入する時も、家で箱を開けた時も興奮していたことを覚えている。
時計が4・5個は入るであろうというサイズの黒い木箱。箱だけでカッコイイ。その中に、購入した時計は収まっていた。うやうやしく取り出し、手につけるとズシリと重い。細い私の手首の上では、手首の太さの半分くらいの厚みがあり存在感は抜群だった。
会社に行くための身支度を終えて最後に鏡の前で腕時計を付けると、自然と気持ちが高まった。自分の価値も上がるように感じた。
そんな時計にキズが……
最悪だった。
この経験は、もう10年ほど前になるだろうか。
当時の時計は、元の箱にお戻りいただいて、今は別の時計をつけている。
当時の時計がキズだらけになったとか、古くなったからとかではない。
今着けている時計が、超高性能な時計で、すこぶる使い勝手がいいからだ。
この時計は、物凄く薄く、付けていることを忘れるほどに軽量にできている。ランニングしていても全く気にならない。スマホで時間を確認してから、腕に時計をしていることに気付いて苦笑いをしたこともある。
重さは、20g前後。こんなに軽い時計は、他に聞いたことがない。
ロレックスが150g前後らしいので、お蔵入りした先代も恐らくそのくらいの重さだったと思う。
でも、軽いだけであれば、この時計を使い続けていない。
この時計には、優れた機能が2つ備わっているから、今も使い続けている。
一つ目は、キズつくことを恐れる必要がないということ。
キズがつかない訳ではない。キズがついても、気にする必要がないのだ。
キズを恐れる必要がないことは、冒頭に書いたように小さなキズを気にする性格の私にとってかなりの高評価なポイントである。
ぶつけても、「あ、ぶつけちゃったな」くらいの感覚で、気落ちすることは一切ない。これは、仕事や遊びをするときに、目の前のことに集中をし続けられるので、すこぶる快適だ。
二つ目は、紛失したり、盗まれても気にする必要がないということだ。
高級時計なら、どこかに忘れたりしようものなら、もう戻ってこない可能性が高い。
私が身に付けていることに気付いた人は、盗み取ろうとするかもしれない。
そんなことを気にする必要がないということは、かなり気楽で、精神衛生上も良い。個人的には、無くなっても人を疑わなくて良いということは、人間関係を良好に保つ意味でかなり良いと思っている。
この二つの機能が私には刺さったので、今はこの時計ばかりしている。
しかし、なぜこんな優れた機能を搭載できたのか。
メーカーとしての企業努力がそうさせたのか、補償サービスが優れているのか。
そうではない。
それは、私が時計に対する考え方を変えたからである。
機能は新たに搭載されたのではなく、元々あったのだ。
時計はそもそも何なのか。
時計は時間を確認するためにある。要するに、ツールである。
それが、いつの間にか私の中では、ステータスになってしまっていた。キズついたり、無くしたりすることで気落ちするようになってしまっていた。
この意識の持ちようは、手のかかる子供を抱えた親のようだったかもしれない。子供が、怪我をすれば親としての不注意を呪い、迷子になれば誘拐などを心配するのが、親だ。だから親は、怪我したり、迷子になるまいかと子供に意識を向け続け、昔なら楽しめた公園や遊園地を楽しみきれなくなる。そんな状況と、高級時計を持つことが似ている。
私は、そんな状況から抜け出し、仕事に集中し、遊びも目一杯楽しみたかった。
だから、時計を本来のツールとして使える時計を探した。結果、行き着いたのが今の時計で、1500円の時計だった。
最初は「安いから無くしてもいいや」くらいの気持ちで買った。でも、使ってみると、キズついても「また買えばいい」、無くしても「また買えばいい」と思えることは、大きかった。
さらには、付けていることを忘れるのだから、時間確認が必要な時にだけ意識を向けるだけの存在となった。
不要な要素が削り落とされ、純粋なツールとして機能だけが残った時計を使うことは、私の少ない集中力を効率的に使うことに役に立った。
今も私の周りには、高級時計を買いたがる人が沢山いる。それはそれでいいと思う。だけれども、あくまで時計は時計であって、人生を豊かにするために役立つツールであり、手段である。
それを得るために犠牲にするものや、得た後に犠牲にするものをしっかりと天秤にかけて、それでも自分の役に立つと思うのであれば、高級時計を買えばいいと思う。
私の場合は、天秤が高級腕時計とは逆側に沈み、結果としてそれ以前よりも充実した時間を過ごせるようになったのだった。
【1500円の時計の主な機能】
時間だけが確認できる
紛失しても気にならない
傷付いても気にならない
業界最軽量クラス。付けていることを忘れられる
他人の時計と比較する手間を省ける
持ち物で人を判断する人を寄せ付けない
気安く人に貸せるので、他人と仲良くなりやすい
本当に大事なものを大事にする機会を失わない
***
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