メディアグランプリ

酵素風呂で、糠漬け体験


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記事:中村亜紗子(ライティング・ゼミ京都会場)
 
 
寒い……
 
数十年ぶりと言われた今年の大寒波、ここ数日の寒さは分厚い靴下やホッカイロで必死に防寒しても冷え性のわたしには今ひとつ効果を発揮してくれず。おまけに襲ってきた今年の光熱費の高騰、ひとりでガスヒーターにあたるのも贅沢な気がして罪悪感すら感じるのに、寒いからヒーター前から動けないもどかしさ。寒さで体が力み、全身の巡りが悪くなっているのが肩こりや顔色の悪さにも見て取れる。寒いってこんなにやる気が削がれるのか、そう思うほど動くのが億劫になっているのをここ最近感じていた。
そんな折にふと目にしたネット記事で「酵素風呂」のキーワードがわたしの目に飛び込んできた。発酵された熱々の米ぬかが、体を芯から温めてくれるらしい。体が温まることで血液循環も良くなり新陳代謝もアップ、発汗作用によるデトックスも期待できるし、肌も艶々になる。温まった内臓で胃腸の調子まで良くなるという。冷えた体ですでに不調を感じてるわたしには十分に説得力のある言葉が並んでいる。これはもう行くしかない。早速近場ですぐに行けそうなところを検索し、その日の午後に行ってみることにした。
 
お店の扉を開けた瞬間、入口まで立ち込める独特な匂いに後ずさりしそうになる。なんだこの、表現しがたい匂いは。臭い、そんなひと言で表現できるものではない。これまで自分で経験したことのない匂い、初めて、とは人の恐怖心を煽るのに十分なのなんだと気付く。
でも扉を開けたとたん、来客に気付いたお店の方に「いらっしゃいませー」と言われてしまった手前、引き返すわけにもいかず案内されるがまま靴を脱ぐ。冷えとオサラバできるならと意気込んで予約した、つい数時間前の気持ちがどこかにいきそうなチキンな自分を鼓舞するように店の奥へと進む。
 
つるんとした艶玉のような肌の店主さんがわたしの顔を見るなり、「手先足先が冷える?」と言い当ててきた。末端冷え性がひどいあまり、寒いと死人のように真っ白の指先になってしまうわたし。その日も手袋をしていても手先が冷えて血行が悪くなっていたので、その指先を見てそう言われたのだと思ったら、気が上にばかりいき、末端まで血流が回らない様子が顔に赤みとして現れてしまうらしい。では早速、と紙パンツと紙ブラジャーを渡され、更衣室に向かう。さらに強まるあの匂いで分かる、更衣室の扉の向こうには酵素風呂が待ち構えているらしい。怖い、なんだか分からないけど、やたら怖い。サウナだって岩盤浴だって、こんな気持ちになったことはないのに。でも紙だけで大事なところを辛うじて隠したわたしはもう逃げられない、行くしかない。いざ出陣、と扉を開ける。
 
想像以上にむっと熱い空気、熱せられてもうワントーン上がる強い匂い。ではこちらに、と促されるまま棺桶のような木箱に足を踏み入れる。中に敷き詰められた真っ茶色の砂状のものが、ひと一人が寝られるサイズ感で浅く掘られている。言われるがままそこに横たわると、想像以上に熱い。わたしが横たわるのを見届けると、上にも砂状の茶色いものがかけられていく。熱い、臭い、怖い、挙句の果てに「生き埋め」なんて物騒なキーワードまでがわたしの頭を過る。ダメだ、せっかくの酵素風呂、緊張して体が強張っていたら効果も半減してしまう。慌てて頭からネガティブな言葉たちを追いやり、深呼吸をする。そうして、この匂いって何だろうなと既知の匂いを探していく。ツナ缶を燻製にしたらこんな匂いかもしれない。すでに美味しく加工されてるツナ缶を燻製にするって何のためよ?と自分のアイデアに突っ込みを入れていたら緊張が解けてきて、ようやく自分の様子を冷静に見られるようになってきた。60度以上もあるというこの酵素風呂、何らかのエネルギーを使って熱してるのではなく、材料は米ぬか、おがくずと水のみ。その発酵熱でこれほど熱いのだと、途中でその砂状のものをかき混ぜたり上にかけ直してくれるお店のひとから教えてもらう。ということは、糠漬けと同じではないか。わたしは今、糠床にいるきゅうりってことなのか、そう思い当たったらより一層余計な力が体から抜けて、糠床に体を委ねる覚悟が出てくる。最初は冷えていた末端にチリチリと刺激があった程度だったのが、脱力と共に顔や背中から汗が吹き出してくるのが分かる。何カ月ぶりの発汗だろう、毛穴が久しぶりの仕事に喜んでるのが分かる。さらに、なぜかお腹からもポコポコ音がしてきた。入浴前に飲んだ水が胃の中で動いているらしい。胃腸までもが目覚めたか、酵素風呂を通して自分の体と対話してる感覚。あんなに怖かったのに、たった10分ほどで酵素風呂の虜になってる自分に驚く。あんなに恐怖心を感じたこの匂いも、天然素材の発酵ゆえと思ったら愛おしくなるから不思議だ。
 
シャワーを浴びて更衣室に戻り鏡で自分の顔を見た瞬間、顔全体の輪郭のくっきり具合にたまげた。入浴前の自分と、明らかに違う。人の体は温まると、いや本来持てる体の熱を取り戻すとこれほどまでにエネルギッシュになるのか。冷えは万病のもととはよく聞くし、ここ最近の寒さに弱い自分のヘタレっぷりで体が冷えることの支障は十分に体感していた。でもここまでとは。冷えてる場合じゃない、そう強く思うほどに顔つきが変わっていた。
酵素風呂は、回数を重ねていくたびに効果がより感じられるのだという。発汗スピードも高まるし、温まった体の保温日数も長くなる。冷凍肉をようやく解凍しはじめたくらいの今のわたしの体、常温になり温まってきたらきっと、ツヤっと生き物らしさが戻ってくるのではないかと期待してる。
 
冷えてるひとには、ぜひ試してほしい。糠床で発酵したキュウリがワンランクアップしてご飯のお供になるように、発酵熱で温められた体の細胞が生き返る感覚を。
 
 
 
 
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2023-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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