10歳の反抗期は、大好きと大嫌いの無限ループでできている《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/2/13/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
まるで天国と地獄だ、と思う。大泣きして暴言を吐いたかと思ったら、大好き、と抱きつかれるのだ。毎日がジェットコースターのようで、スリリングでエキサイティングな日々だ。ドラマの話ではない。わたしと、10歳になる息子との話だ。息子はいま、10歳の壁、反抗期を迎えている。正直に言うと、難しい時期を迎えた息子に、どう接していいのか、どう接するのが正しいのか分からない。でも、これだけは分かる。どんなに泣いたり拗ねたり、暴言を吐いても、わたしは息子のことが大好きだ。そして、息子もまた、ひどい言葉を言い連ねているのに、わたしのことを大好きでいてくれている。お互いに大好きだと分かっているからこその、試練の時なのだ。
「お母さんは僕のことが嫌いなんでしょ? お母さんなんて、大嫌い!」
ああ、また始まった、と思った。今日もこれから、このやりとりをしなければならいのか、と思うと気持ちが滅入ってしまう。それは、ほんの些細なきっかけで始まる。直前まではウキウキでルンルンで、ラブラブで、二人で楽しく喋っていたのに、うっかり踏んでしまった地雷から、大暴走が始まる。今日も、わたしの一言が発端だった。テストでケアレスミスをしてしまった息子に、「次も同じミスをしたら、怒るからね」と伝えたのだ。それがいけなかった。
「なんで僕はやりたくもないミスをしたのに、怒られなくちゃいけないの?」
「なんで今日は怒られないのに、今度やったら怒られるの?」
「なんで、なんで、なんで……」
息子の「なんで」は続くのだ。そして、最後は必ず「お母さんなんて大嫌い」で締めくくられる。言いたいことを全部言い終えて、ちょっとだけ落ち着いた頃に、息子へ、彼からの問いかけの一つひとつについて、わたしは答えていくのだ。できるかぎり冷静に、感情をこめないで、無の境地で。そも、ケアレスミスは繰り返し同じ事を続けたならば、それはただのミスである。そも、ケアレスミスは誰しもやってしまうものだから、初めてであれば怒らない、でも、同じ事を繰り返してはいけない、というように。息子は涙を浮かべながら、わたしを見つめながら話を聞いていた。
わたしは、わかっていた。息子自身も、きっとわかっているはずだ。息子が怒っているのは、わたしに対してではないのだ。彼は、ミスをしてしまった自分に対して怒っているのだ。ミスをした自分を恥ずかしいと思っているのだ。でも、素直に認めたくなくて、自分に怒ることも出来なくて、「ミスをしたことを怒った」母親に怒りをぶつけてきたのだ。そうすることで、自分のやるせない気持ちを整理しようとしているのだ。だから、言っているうちに論理がループして、なにを言っているのか自分でも分からなくなりつつも、思いつく限りの言葉を出し尽くしたら、急に我に返ったように冷静になるのだ。
さっきまでの横暴ぶりはどこへ行った? と困惑しているわたしをよそに、息子は「ああ、今日はお母さんといっぱい話せて、言いたいこと言えて、気持ちがすっきりしたよ」とのたまう。そして、おもむろにそばに寄ってきて、じっとわたしの顔を覗き込み、ギュッと抱きついてくるのだ。「お母さん、大好きだよ」との言葉とともに。さっきまでの嵐はなんだったのか、とわたしのほうが拍子抜けしてしまうのだ。この、「大好き」と「大嫌い」はセットでやってくる。初めのうちは、息子に強い言葉で言われた時にどうして良いか分からなくて、大人げなく同じように言い返していた。でもそれでは逆効果であるとわかった。この一連の反発は、わたしへの特別なメッセージであると気付いてから、息子の言葉や思いをそのまま受け止めることにしたのだ。そのきっかけは、小学校の先生との会話からだった。
まだ小学校に入学して間もない頃、担任の先生に相談したことがある。息子がわたしに対してだけ反発するんです、という内容だった。先生は、わたしが話す内容をじっと聞きながら、なぜかちょっとうれしそうにして、ゆっくりとわたしに話し始めた。
「息子くんの学校での様子は、優等生そのものです。お友だちに優しくて、先生の話も良く聞けています。皆のお手本にもなるぐらいです。でも、それって、おかしいんです。これぐらいの年齢の子どもって、ちゃんと出来なくて、当り前なんです。ハチャメチャなはずなんです。でもそれが出来てしまうことで、歪みが生まれてしまいます。どこかで発散する必要があるんです。家でよい子であろうと頑張っている子は、学校で発散します。学校で頑張っている子は、家で発散するんですよ」
先生は息子を心配していたのだ。だから、無理をして優等生であろうとしている息子が、気持ちを整理している場を持てていることを知って安心したようだった。家で我慢している子は、学校で問題行動を起こすことに繋がるのだという。家で発散できるということは、家庭が安心できるところであること、主に母親に反発するのであれば、お母さんはなにを言っても、なにをやっても許してくれる存在だと理解している、という証明なのだ。だから、お母さんは息子くんの心の調整のために、気持ちのはけ口のために、彼のモヤモヤとした思いを受け止めてあげてください、と先生は言うのだ。ここでお母さんまで厳しく接してしまうと、彼は気持ちを調整する場を失い、心を病んでしまうでしょう、と。
「でも、不思議なんですよね、なんで息子くんはあんなにいい子であろうとしているんでしょうね。ほかのお友だちみたいに、悪いことだって、ちょっとだけなら、やってもおかしくないのに」
先生の言葉で、わたしは思い当たることがあった。わたしは、毎日のように息子へ「いい子だね、息子くんはいい子だね」と声掛けをしていたのだ。それはまるで、おまじないのように。すると先生は、すぐさま言うのだった。
「お母さん、その声掛けはやめてあげてください。いい子だね、と語りかけることで彼はいい子であろうと頑張ってしまいます。いい子にならなくちゃいけない、いい子にならないとお母さんに嫌われてしまう、と思い込んでしまいます。息子くんは自分で自分を苦しい立場にしているんです」
わたしが良かれと思って言っていた言葉、「いい子だね」は息子にとっては逆効果だったのだ。毎日言われ続けていた言葉が呪縛のように息子を苦しめていたのだということに気付いたとき、わたしは息子に対して申し訳ない気持ちになった。真面目な息子は、母親の言葉通りになろうとして頑張っていた。でもそれは無理があるから、その気持ちの反動をそっくりそのまま、呪縛の言葉を放つわたしへと向けられていったのだ。
その日から、わたしの息子への声掛けは「いい子だね」から「息子くんは可愛いね」に変わっていった。そう言って頭をなでていた時の息子の顔が忘れられない。なんだかホッとしたような、嬉しそうな、安心したような、とろけるような笑顔をしていたのだ。その笑顔に連れられて、わたしの顔がニヤけている様子を見て、息子はもっと嬉しそうに顔を崩して笑うのだ。ギュッと抱きついてくるのだ。ああ、可愛い。こんなに可愛い笑顔を見ることが出来て幸せだ。息子は、母親が自分のことを大好きだと、小さいながらもちゃんと理解している。だからわたしもそれに応えてあげなければいけない。ちょっとした歪みを直すために、わたしが受け皿になることが必要であれば、やってやろうじゃないか。そんなことを思えるようになってきたのだ。
大人だってモヤモヤを抱えている。言葉にならない苦しい思いは誰にだってあるのだ。でも大人はなんとか自分でその思いを消化する術を持っている。なかには上手に消化できず歪んだままでいる人もいるけれど、たいていの場合は、なんとか解決しようと頑張っている。子どもだって同じだ。でも、子どもはおとなほどに上手にその気持ちと向き合うことや解決する方法を見つけられないので、その気持ちと上手に向き合う調整期間として、反抗期なんていう時期があるのだろうな、と思っている。この時期を上手に乗り越えたら、自分や他人との付き合い方を身につけることが出来るのだろう。
いま、息子とわたしはちょっとした特別な期間にいるのだ。反抗期という時期は、ずっと親子で険悪な時期だと思っていた。でも、実際は違うのだ。息子はお母さんが大好き、という気持ちを持ったまま、同じぐらいの大きさで大嫌いというのだ。大嫌いと言ってしまう息子の隠されたほんとうの気持ちを想像出来るようになってからは、一緒になって腹を立てることはなくなった。大嫌い、と言いながら、わたしの気持ちを推し量っているのだ。大嫌いと僕は言ってしまうけれど、お母さんはそれでも僕のことが好きだよね? 大丈夫だよね? と問われているのだ。その事に気付いてから、大好き、と言ってくれる息子はもちろん可愛いけれど、大嫌いと言われる時も息子を愛おしいと思えるようになったのだ。嫌いと言われてうれしがるなんて、おかしいけれど、ほんとうにそうなのだ。そして、息子の期待に応えてあげられるように、わたしからも大好きの気持ちを伝えて安心させてあげたいのだ。毎日、そんな日々を過ごすことで、息子の成長を見守っていきたいのだ。
今日もわたしと息子のバトルはあるのだろうな、いや、あるに違いない。息子の言葉をすっかり聞き終えた後の、息子の可愛い笑顔を励みに、今日もがんばろう。ただそれだけが、わたしの楽しみだ。そのほんの少しの瞬間を癒やしとしよう。きっと、いつか、あんなこともあったね、と笑い合える日が来るはずだ。言いたいことを言えて、泣きたいだけ泣いて、大切な時間をともに過ごせて良かった、と思えるようになりたいのだ。
よし、どんとこいだ、息子くん! お母さんはがんばるよ!
□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
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