週刊READING LIFE vol.204

お寺の中にたたずむ静謐《週刊READING LIFE Vol.204 癒される空間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/14/公開
記事:清田智代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「歳をとると、和の文化に興味を持つようになるのよ」
年配の方から、こういう話を何度も聞いたことがある。
 
私は学生の頃から茶道を習っている。
畳の上で正座して、お抹茶を点てる、あれだ。
こんなことを話すと、まるで和が身近で日本のことに詳しいように思われることがある。
しかし恥ずかしながら、そんなことは、全くない。
 
実際のところは、「お茶のお稽古に通っている」だけで満足してしまっている。
抹茶をいただくのはお稽古やお茶会の場に限られるし、着物を着るのもお茶関係の特別な催しに出席するときくらいだ。
お稽古場にはいつも異なる掛軸がかかっているけれど、単にそこに書かれている字が読めるか、読めないかばかりを気にして、それがどんな意味をなすのか、私たちに何を教えてくれるのかを深く考えることは、ほとんどない。
 
その程度の意識で行動するような人間なので、せっかく先生が掛け軸や茶花の取り合わせを季節に合わせて凝らしてくださったり、茶会で価値のある茶道具を拝見する機会があっても、それらが私の中で蓄積されることはなく、長年、馬耳東風で私の中には何も残らない状態が何年も続いていた。
 
しかし、そんな私も、30代も折り返しに入ったところで、というよりもむしろコロナ禍で自由に海外に行けなくなったことの方が大きいのかもしれないが、今まで軽く触れてきた和のものが最近、いっそう身近に、愛おしく思えてくるようになった。
 
そんな折、京都に行く用事ができた。
短期間の滞在で慌ただしくなりそうだったが、せっかくなので自分だけ京都に残り、茶に関係のありそうな寺を訪問することにした。
 
今回選んだのは、祇園にある建仁寺。
建仁寺といえば、鎌倉時代の高僧・栄西が開山した臨済宗の禅寺だ。
中学校の社会の授業で、日本の禅寺は2つの流派があって、「曹洞宗は道元・臨済宗は栄西」と暗記したことを覚えていないだろうか。余計な話だが、私はそれぞれの頭文字をとって、「ソト・リエ」と覚えたことだけは今でも頭に残っている。
 
この栄西は、実は「茶祖」としても有名な人物だ。
12世紀の中国・宋に2度に渡って学びに行った際、当時宋で流行っていた茶の種を持ち帰り、日本に茶の木を育てることや喫茶の文化を広めた。4月20日前後には、建仁寺敷地内で重要文化財に指定されている建築物「方丈」で、栄西の行いに感謝する「四ツ頭の茶会」といわれる昔ながらの手法で行われる茶会が、今でも粛々と行われているらしい。
 
こんな話をお稽古中かどこかで聞いていたから、いつか行ってみたいと思っていた。

 

 

 

京都滞在の最終日。
早めにチェックインを済ませ、京都駅のロッカーに荷物を預け、京都駅発、祇園行きの市営バスを待つ。
その路線には清水寺の近くを通ることもあり、そのバス停にばかり長蛇の列ができていた。
 
満員のバスは、清水寺の最寄りの駅で一気に乗客が降りて行った。
一方で、建仁寺の最寄りのバスで降りたのは、私一人だけだった。
 
雪が降った日の翌日の京都は、一面の曇り空で寒々としていた。
建仁寺は清水寺からそう遠くないはずなのに、周辺には観光客らしき姿は見えなかった。
 
バス停からしばらく歩くと、長い塀が見えてくる。
大きな門をくぐって道なりに歩くと、非常に大きな建物が視界に開ける。
ここは禅寺の総本山だから当たり前かもしれないが、金閣寺などとは異なり、華やかな、煌びやかな装飾は一切ない。
恥ずかしながら、この建物が法堂といって禅僧が修行をする場であることは後から知ることになるが、このどすんと構えたようなたたずまいは、見る者を惹きつけるオーラのようなものがあった。
 
この建物を道なりに南に向かったところに、大きな石碑が立っている。
ここには大きく「茶碑」と書かれている。
この石碑は、茶の栽培や喫茶の普及に尽力した栄西をたたえるためのものであり、宇治茶や宇治茶を使った和菓子でおなじみの祇園辻利によって寄進建立されたそうだ。
 
そしてこの石碑の後方には、小さいながらも茶畑が広がっている。
この畑は「平成の茶苑」と名付けられ、建仁寺開山800年時に栽培植樹されたものらしい。
実際、ここで毎年茶葉が収穫されていて、5月20日前後頃にはお寺の畑で初摘みされた茶葉を石臼で挽いてお供えをし、栄西茶祖の遺徳に感謝するという、いわば収穫祭のようなことをしているようだ。
 
建仁寺は、俵屋宗達の最高傑作といわれる「風神雷神図屏風」でも有名なお寺だ。
拝観料を収めて本坊に入ったところに、その屏風が飾られている。照明は暗く落とされ、黄金色の作品に光が当たっている。実はそれは、高度なデジタル技術を用いて復元された複製品だ。初めは本物だと勘違いするほど、よくできていた。この作品が飾られている部屋には、この作品をモチーフにして、赤や青、緑など、作品にはない鮮やかな色で描かれた現代のアーティストが手掛けた作品が複数並んでいた。
 
注意しないと見過ごしてしまいそうなところに、たった2畳の小さなお茶室が控えている。豊臣秀吉が北野天満宮をはじめ各所で大茶会を催した際(これはたしか高校の日本史で出てきた話だ)、茶の湯の巨匠・千利休の高弟によってお茶席が設けられたと伝えられている。
普段は非公開のため中に入ることはできないが、茶席の窓からでも十分に室内を拝見できる。
 
そして古くから部屋を飾っていると思いきや、細川護熙前首相の作品だ。細川家は建仁寺とつながりがあるようで、中国の河の風景を描いた8つの作品だ。静かな空間で、墨で描かれた絵を遠くから眺めているだけで、こころが洗われる気分になる。
 
先ほど外から見た大きな建物は、禅僧たちが修行をする場で、法堂という。中に入ってはじめに目につくのは、天井に書かれた見事な龍の絵だ。鋭い目つきで、まるで私たちを監視しているようだ。畳108枚分の大きさの天井に描かれたその絵は、2匹の龍があうんの呼吸で私たちを見下ろしている。昔から禅僧たちの修行の様子を見守ってきたと思いきや、意外にも歴史はまだかなり浅く、2000年代に入ってからの作品らしい。

 

 

 

節分を控え、ところどころに雪の名残のある京都。
この日もとても寒かったものの、寺は開放されているため暖房が入っていない。
靴を脱いだ状態で寺内でゆっくりしすぎたからか、寺を出た頃には体が芯から冷え切っていた。
しかし今よりももっと寒かっただろうこの地で、多くの禅僧が修行を積んだことだろう。
そんなことを思うと、わがままなんて言っていられない。
 
今までこれほどお寺でゆっくりしたことがなかったが、今回は少し無理して空白時間を作り、お茶の稽古場で耳にした話や、学生時代までさかのぼり、あの頃教科書で見たものを自分の眼で見ることができて、なんだか感慨深かった。
普段は何においても慌ただしく過ごしているからか、この「ゆっくりとした時間を過ごす」こと自体が、とても貴重に感じた。
昔の人たちが培った伝統、歴史、文化。これらの集大成でもあろう「お寺」の中で過ごした静謐な時間によって、不思議と心が解放されたように感じた。
 
忙しなく過ごしている人には特に、「お寺で過ごす」ことをおすすめしたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
清田智代

殺伐とした日々を送る、しがないアラフォー勤め人。

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2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

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