週刊READING LIFE vol.204

知らないことを知ってみる《週刊READING LIFE Vol.204》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/14/公開
記事:小田恵理香
 
 
最近書店で教養に関する本が増えてきた。
言語に関するもの、宗教に関するもの、芸術に関するもの。
そもそも教養とはなんなのだろうか。
国語辞典によると、
『学問、知識などによって養われた品位』を意味するらしい。
さらに掘り下げて調べてみると、国の教育振興を担う中央審議会では教養のことを、
『専門分野の枠を超えて共通に求められる知識や思考法などの知的な技法の獲得や、人間としての在り方や生き方に関する深い洞察、現実を正しく理解する力』と定義しているそうだ。
「いいか、専門馬鹿にだけはなるなよ」
ふと、恩師の言葉を思い出した。
 
臨床検査技師を目指し通っていた専門学校時代、その先生は、“生化学”という科目を担当していた。
“生化学”はタンパク質とかアミノ酸といった身体に必要な物質が、人の中でどう作られて体のバランスを保っているのか、またそれらがどのように崩壊していき病気を発症してしまうのかを学ぶ。
私は苦手な科目で、私に限らず苦手だという同級生も多かった。
だがこの先生の授業は好きだった。
この先生の授業は楽しかった。
現場で働きながら複数の大学で講座を持ち、全国を飛び回っているような凄い先生だったが、それを鼻にかけるような人ではなく何よりも気さくなおじさんのような人だった。
授業の合間には現場での話や、飛行機のマイルの話、読んだ本の話やご当地の名物の話など、幅広い話を聞かせてくれた。
 
「君たちは反応がいいからつい、色々話したくなっちゃうんだよ」
「えー、そうなんですか?」
同級生の一人が聞いた。
「大学のほうでさこういう話をすると、しらーっとされちゃうんだよね。中には“先生、余計な話はしなくていいので授業を進めてください”って怒るやつもいるんだよ」
「ひぇー」
「こわー」
同級生たちは口々に言う。
「ほんと、かわいくねーなって思ってしまうよ。でもね、本当に改めて言いたいんだけれども。自分の専門分野のことだけをしていればいいってことは無い。自分の専門分野を鼻にかけたり、その世界しか認めないような視野の狭い社会人にはなってほしくない。僕はそんな人たちをたくさん見てきた。世の中は本当に広いし、色んなことだらけでまだまだ知らないことも多い。突き詰めるというのも否定はしないけど、専門馬鹿にだけはなっちゃいけない」
先生はよくそう言っていた。
 
 
私は専門学校の出身だ。
大学に進学しようと思わなかったわけではない。
臨床検査技師として医療の道に進むことは中学生の頃から決めていたから、高校の入学時にはもう次の進路として進学先も絞っていた。
だが高校1年になった時、進学したいと思っていた学部は廃止となった。
家の近所にあった病院付属の施設も廃止となった。
今でこそ医療従事者目指すための大学は増えてきたが、そういう星の巡り合わせだったのか大学と言う選択肢はぐっと絞られた。
もちろんこの時、大阪を出てほかの地域に行けば選択肢もあったんだと思う。
下宿や仕送りの費用、当時は大阪を離れてこの人と添い遂げるとも思っていた彼氏とお別れするという選択肢はなかった。
ただ一番は
『早く専門性の高いスキルを学び、現場に行きたい』
と言う気持ちが強かったんだと思う。
実際に実習がメインで、卒業してから4年制大学出身の技師仲間と話すと
「3年でそんなに実習したの?」
と驚かれることもあった。
専門学校出身の学生と大学出身の学生、国家試験に通ってしまえば条件は同じだが、就職部の先生はそこにはやはり差があると言っていた。
「専門学校出身はね、どうしても一般教養のところで差が出てしまうんだよ」
一般教養を学ぶ時間はあったものの、そこまで時間を取ることが出来ない。
就職試験なんかで、試験科目に一般教養があろうものならそこで差がついてしまう。
ただ学生の当時はわからなかった。
一般教養もあくまでも試験のための部分しか勉強しなかった。
いざ病院で働き始めて1番に求められるのは自分の専門分野の勉強。
知識を増やすために、スキルアップしていくために、自分の専門分野の教科書ばかり読んでいた。
本屋に行けば医学書コーナーに直行して、今の自分に足りないであろう分野の教科書を手に取る。
いつしか私はかつての言葉を忘れて、専門馬鹿街道を確実に歩んでいた。
 
 
そんな私に転機が訪れたのは、スノーボードの楽しさに目覚めた頃。
最初は専門学校の友人同士、夜行バスを使って泊りがけで行っていた。
就職してから同僚に誘われて行く機会もあった。
だが年々その機会は減っていった。
友人たちの結婚、年齢を重ねる毎に仕事の都合を合わせるのも大変なる。
滑りに行きたいけれど、自家用車どころか運転免許も持っていない。
夜行バスで行こうにも、バスでは眠れたものじゃないし身体も痛い。
最初は一人でも滑りたい気持ちがあったから、一人でバスツアーに参加して滑りに行ってはいたが一人はやはり寂しい。
仲間たちで滑っている人たちを見て、羨ましいなと感じていた。
 
『社会人のサークルにでも入ろうか』
 
そうしてインターネットで検索をかけて、私は社会人スノーサークルに入った。
ゲレンデに行きたいけど、仲間がいない。
そんなスキーヤーとスノーボーダーが集まり、仲間で滑りに行くサークルだった。
私はそれまでほぼ医療の世界しか知らなかった。
だがサークルに行くと、雪山を愛しているという共通点のもと、社長もいれば、大手企業に勤めている人、日頃は固い仕事をしている人と年代も職業も幅広い人が集まっていた。
運転を交替しながら、運転できない人は助手席でサポートしながら、ゲレンデへと向かっていく。
最初に助手席に座った時は物凄く緊張したのを覚えている。
「めっちゃ緊張してんちゃう?」
「……はい」
「まぁ、そうやんな。とりあえず交替までの2時間宜しくね」
「こちらこそ」
最初はぎこちなかったものの時間が経っていくにつれ、仕事の話や、スノーボードにはまったきっかけ、これからいくゲレンデのおススメグルメの話。
そんな話で盛り上がった。
その人はサークル内でスタッフをしていて、入ったばかりの私に気を使ってくれていたというのもあったかもしれないが、2時間はあっという間だった。
「2時間楽しく運転できたよ。ありがとう」
「私こそ、色々教えて頂いてありがとうございました」
 
私には知らない世界がまだまだあるんだと思った。
そこから私は外の世界を見るようになった。
まだまだ自分の知らないことはたくさんあるし、行ったことのない場所も多い。
知ってはいるけれど、やったことはないことも多い。
見たいものを見よう。
行きたいところへ行こう。
そしてまた新たな気付きを得よう。
仕事には直結しなくてもいい。
すぐ役に立たなくてもいい。
そう思えるようになった。
 
傍から見れば
「おまえ、なんて本読んでんだよ」
と言われる本も自分の興味が沸いたら読んでいた。
最初に勤めていた病院を退職する時、私のロッカーの荷物は段ボール1箱になっていた。
中身は当直の合間の気分転換に、職場内にあるコンビニで購入し読んでいた本。
手相の本とか、茶葉占いとか、猫に学ぶ人生の生き方とか。
はたまたドロドロした女の確執のレディコミなど。
特に普段体験できないようなことを読むのはとても楽しかった。
 
自分が今見ている視点だけが全てではない。
例えばコップ1杯に水が半分入った状態の写真ひとつとっても、人によって解釈は違う。
“コップに水が半分しか入っていない”
“コップに半分も水が入っている”
“おそらく何かの液体がコップに半分はいっている”
自分が見ている世界が全てではないのだ。
仕事にしても、自分の視点、上司の視点、クライアントの視点、業界から見た視点、それぞれ見方を変えると物事はかなり違ってくる。
 
ギリシャの哲学者、ソクラテスは“無知の知”という概念を生み出した。
自分が何も知らないことを知ることから思考を始めようとした。
人間は自分が何も知らないことを理解することで、より何かを知りたいと思うことが出来る。
ソクラテスはそうやって自分の思考の枠を超えようとした。
そうやって世界を拡げていったのだ。
 
誰かの話を聴くのもいい。
人に話すのもいい。
普段と違う場所に出かけて、実際に目に見てみるのもいい。
本を読んだり、映画を見てもいい。
 
大切なのは知らないことを知ること。
昔は学ぶことが出来るのは一部の人たちだけだった。
学ぶことすら許されない人たちもいた。
今は有難いことに、本屋に行けば簡単に手に入るし、わかりやすく書いてくれている本や漫画にしている本もある。
YouTubeやオーディオブックなどで気軽に楽しむこともできる。
現代人は忙しい。
だから即効性のある方に走ってしまう。
 
“すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。
同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であると言える。
すぐに役に立たない本によって、今日まで人間の精神は養われ、人類の文化は進められてきたのである“
慶應義塾大学の塾長であった小泉信三の言葉。
哲学や古典を読んだところで、正直なところいつ、役に立つかはわからない。
食べることができるわけではないし、金のなる木になるわけでもない。
だがそのいつ役に立つかわからないことは、確実に自分の血肉となるのだ。
 
教養に関する本が集められたコーナーにはたくさん人が集まっていた。
中には子供に向けた本も多い。
私にはまだまだ知らないことがたくさんある。
かといって、自分には関係ないからとか役に立たないからと言って知ろうとしないのはもったいない。
今はこんなに手軽に、身近に知らないことを知ることが出来るのだから。
そして新しい視野が、世界が拡がっていく。
だからこそ今、“大人の教養”が見直されているのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとして独立起業。クライアントに寄り添う日々を過ごしている。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2023-02-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.204

関連記事