週刊READING LIFE vol.206

茶の湯は世界を救う《週刊READING LIFE Vol.206 面白い雑学》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/27/公開
記事:キヨ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
日本の文化である「茶道」が今、大きな過渡期に直面しているように思う。
日本で埋もれつつある一方、海の向こうで注目を浴びているのだ。
 
今、茶道をはじめ、華道や書道、香道など、「道」がつくお稽古を嗜む日本人の数が減っている。
この理由はいろいろ上げられると思うけれど、茶道実践者として切に思うのは、これらが「今の時代に即していない」ことが第一の理由だと思う。
実際、私の家には和室はあれども、洗濯物や衣服を置くためのスペースにすぎない。しかも、数年に一度のペースで箪笥やらアイロン台やらが増えていて、どうみてもお茶を点てられる環境ではない。それに、茶道のお稽古で使う釜や柄杓なんて家にはないし、日常的に使うにはどれも高価すぎて買えないし、道具の置き場だってないから、お点前はお稽古場か茶会の場に限られる。さらに言ってしまえば、普段は抹茶よりもコーヒーを飲むことの方が圧倒的に多い。そもそも、お茶を点てなくともペットボトルやティーパックで手軽に、うんと安く手に入る。
 
一昔前、多くの女性が茶の湯を嗜んでいた時代には、茶会やお稽古場はある種の社交界の役割があったらしい。茶会の場が友人や知人と会う場であったから、当時、社会に出て働くよりも家事をすることが勤めであった多く女性にとって、着物での茶会への参加は貴重な外出の機会であり、相当気合が入っていたと80歳近くになるお茶の先生は言う。しかし今、茶の湯人口はめっきり少なくなった。日本の人口減少の構造と同じで、茶の湯の人口が高齢化している一方、次世代に受け継がれていないのだ。実際、私の稽古場では私がいちばん若い。この10年、お稽古に入門する人はそう多くない。実際、入門する人は私よりもうんと年上で、若くても40代で、ほとんどが50代か60代の方ばかりだ。私みたいに好んで高い参加代を払って茶会に出かけるような若者は少数かもしれない。
 
そしてこのような現象は、2020年から始まったコロナ禍で一気に加速した。なぜなら茶の湯はお茶を点てる亭主とそれをいただく客がそろって初めて成り立つからだ。茶会によっては、畳4枚の狭い空間で長時間同じ空気を吸うことになる。また、本来の茶の湯は一碗の茶を回し飲みすることに意義がある。そう、それはいわばコロナ禍にあって一番やってはいけないことだろう。
 
しかし、茶の湯の文化というのは実は、その歴史が生まれてから今にいたるまで、日本の歴史に寄り添ってきたものだ。さらにいえば、茶の湯は日本の社会の変化に合わせて柔軟に姿を変えてきた。茶の湯の歴史をざっくり紐解いてみると、最初にお茶を飲んでいたのはお寺のお坊さんだった。栄西という禅僧が、当時の日本にとって憧れの地だった中国から喫茶の文化、また眠気覚まし、精神集中といったお茶パワーのすごさを日本に持ち帰ってきたのがはじまりだ。その後、お茶パワーのすごさに気づいた時の権力者たちの間で茶の湯が流行りだした。足利義光の時代には中国製の芸術性を帯びた茶道具がもてはやされた。豊臣秀吉の時代には、茶の湯に使う道具が権威の象徴とみなされ、大事な交渉などは膝と膝を寄せ合う茶会の場で行われたり、臣下への報酬としてお金の代わりに茶道具が渡されるほどだ。これらのエピソードつきの茶道具の取引は、後世の財閥の間でも盛んに行われるようになった。この系譜は根津美術館や三井記念美術館等、時の財閥に由来を持つ美術館の名だたるコレクションにみることができる。そして明治維新が起こると、今度は良家の女性の嗜みや女学校での教養の科目の仲間入りへと形を変え、今にいたる。
 
先ほど「今の時代に即していない」と簡単に言い放ってしまったが、「今の時代」というのはすなわち「平和」で「便利」な世の中であって、スマホひとつでなんでもできてしまう「スマート社会」ともいえるだろう。
しかし、突飛な考えかもしれないが、この平和な社会自体が今、変わろうとしているのではないかと思う。時々、お茶の間のテレビ番組で、日本でも戦争が始まると予言めいたことを言う人がいる。戦争が起こるかどうかは分からないけれど、日本もどんどん不安定になっていて、予測がしにくい社会になってきているのは間違いないのではないだろうか。実際、コロナ禍やインフレに加え、最近では想像を絶する凶悪な事件が後を絶たない。
 
そんな世の中だからこそ、茶の湯が本来の役目を戻すのではないか。稽古場という限られたところでしか実践できていないが、体感としてそんな風に思う。なぜなら茶の湯は先ほど見てきたとおり、時代の変化に合わせて大きく存在感を発揮してきたから。茶の湯というのはいろんな概念を含んでいるから、時の権力者がしてきたような、高価な茶道具で権力を誇示するときにも使われる。女性たちの社交場としても威力を発揮する場合もある。しかし、もともとの考えは無駄がなく、シンプルなものだ。茶の湯は人と人が互いに向き合って、一杯の茶を介して精神を和ませ、心を通わすことで成立するものだということを、茶の湯を完成させた千利休は歌に残している。
 
実はこの茶の湯は今、日本よりも外国で注目を浴びているという。茶の湯自体が珍しいから、ということもあるかもしれないが、それだけではないと思う。茶の湯がもっている侘び寂びの概念、おもてなしの概念に、外国の人たちも気づき始めたのではないかと思っている。だって、これほどまでに精神性に結び付く芸道なんて、私が知る限り世界のどこを見渡してもみつからないから。
一方、賛否両論あるとは思うが、伊達家や徳川家伝来の古い茶道具が、かなりの高値で海外の富豪たちに取引されているという。戦国時代、財閥が日本をけん引していた勢いのある時代で行われてきたことと同じことが今、世界を舞台に行われているのだ。
 
今、日本の経済力や存在感がすごい勢いで失速している、というよりも近隣の国や地域が日本以上に力をつけている。そんな時に私たちがもっと注目するべきなのは、技術力や経済力と同じくらい、もっとソフトなもの、伝統や文化にあるのではないだろうか。茶の湯だけではないが、外国モノではなく、私たちの先代が培ったものをもっと理解できたら、私たちの心ももっと豊かになるし、海外の人たちとも渡り歩くことができるのではないだろうか。
 
お寺等で抹茶体験なんかが結構頻繁行われているので、みなさんもぜひ、一度だけでも喫茶の体験をしてみてほしい。驚くほど精神が和み、心が落ち着くことに気づくはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
キヨ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称、週末茶人。お茶の先生のお宅で稽古に勤しむが、茶の湯がもっと身近なものにならないか模索している。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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