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バレエ王子と身長問題 


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岩崎 芳(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
男子バレエ界がアツい
 
いま全国のバレエ教室では男子生徒が増えている。
言わずと知れた若手バレエダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエコンクールでも近年連続して男子が1位を獲得していて、世界的にも男子の躍進がめざましい。
 
その背景にはジェンダーレスといった社会の多様化があるのかもしれない。
昔は男子がバレエをすると「女っぽい」とか「モッコリ白タイツ」とからかわれ、辞めていく子も少なからずいたと聞くが(私の世代は志村けんの白鳥レオタードが強烈だった)、いまの子どもたちにとってそんな考えかたはナンセンス、かつタブーなのであろう。
 
 
かくいうわが家の息子もバレエ男子である
 
息子はもともと人前で歌や踊りに躊躇するタイプではなかったが、2つ上の姉が在籍するバレエ教室に自分も通いたいと言い出したとき、私たち夫婦は正直おどろいた。バレエといえば女の子の習い事と思いこんでいたのだ。ドリフ世代の私たちが良かれと思って幼少期から入れたサッカー教室もヨットクラブもすっぱりと辞めて、晴れて息子はバレエ男子になった。そして現在は週5回も教室に通うほどどっぷりと踊りの世界にのめり込んでいる。
 
息子がバレエをしていると周りから
「じゃあ将来は王子様だね♪ 」
なんて言ってもらえる。でも現実はそう甘い世界でもないらしい。
 
 
バレエは芸術。スポーツではない
 
バレエは、踊りの技術はもちろんのこと、ダンサー自身が持つもともとの容姿や「華」といった見た目的な美しさも重要視される残酷な世界である。プロサッカー界なら身長が低くても実力さえあればスターになれる可能性もあるだろう。でもプロバレエ界で身長が低いダンサーが王子に配役されることはまずない。古典物語の中で美しい主人公の娘をエスコートするのはいつも長身でハンサムなMr.パーフェクトと決まっている。今日、名立たるバレエ団で王子役を踊っているのは、生まれ持った容姿と才能、そしてたゆまぬ努力を続けてこられたほんのひと握りの特別な人間だけなのだ。
 
 
現実との直面
 
偉そうに書いてみたが、バレエがこんなにも非情な世界だなんて私たち夫婦も知らなかった。そして息子がバレエに夢中になればなるほど心苦しくなってくる。なぜなら私も夫も背が低いから。
 
息子だってプロダンサーを、王子役を目指して日々練習をしているはずだ。
 
クリスマスの夜に少女をお菓子の国へといざなうエレガントなくるみ割りの王子。
邪悪な妖精と戦って姫を長い眠りから覚ます勇敢なデジレ王子。
白鳥と黒鳥の間で心が揺れ動く、若くて危ういジークフリード王子。
 
強く、美しく、ときに儚い王子が舞うステージを息子はいつも目を輝かせて見つめている。
 
それなのにごめん。彼は背が低い。律儀に私たちの遺伝子を受け継いで、身長はずっとクラスの前から3番目あたりをキープ。まだ小学生だし、成長期になったら一気にグンと伸びるかもしれない。でもそんな希望的観測に心を委ねられるほど自分たちの遺伝子がひ弱じゃないことも分かっている。
 
この先、低身長が理由でバレエを挫折することになったらどうしよう。努力しても報われない世界があるなんてわが子に思ってほしくない。じわじわと焦り出した私たちは息子を高身長に、いやせめて175cmに成長させるべくプロジェクトを始動した。
 
 
矛盾との狭間
 
ありのままのあなたが好きよ。あなたはあなたらしく生きてね。
小さい頃から子どもたちにはそんな言葉をかけて育ててきたのに、いま私はこうしてわが子の容姿をバレエ界のステレオタイプに近づけようと模索している。なんという矛盾。まるでステージママではないか。
 
でも成長期は限られているのだ。朝昼晩せっせと何種類もの成長系サプリメントを飲ませて、肉類で家計を圧迫されながらもタンパク質たっぷりの食事を作り、毎晩就寝がゴールデンタイムといわれる22時を超えないよう鬼の形相で「早く寝なさい! もう勉強はいいから(笑)! 」と急かす。息子自身も背を伸ばしたい思いはあるのでしぶしぶ私の忠告をきく。
 
本から得られる情報だけでは飽き足らず、同様のYouTubeなども観てどうしたら遺伝に負けずに子どもの身長を伸ばせるか真剣に勉強している。そこで知ったのは、低身長で悩む思春期の男子が世の中にたくさんいるということ。動画のコメント欄はあと1cmでも背を高くしたいという切実な十代の思いであふれている。勝手に私の中で息子とオーバーラップして、身長伸ばしたい熱はさらに加速してゆく。
 
 
1年後
 
そんな私と息子の努力はいまのところまだ結果に結びついていない。身長の伸びはゆるやかで、背の順もあいかわらず前から3番目。周りで急激に背が伸びた子がいれば羨ましくて仕方ないし、同時に、他の子とわが子を比べている自分を情けなくも思う。
 
そんな折、家の階段を上っていると前にいた息子がふといたずらっぽく微笑んでわたしに手を差し伸べた。
 
「王子はこうやってエスコートするの」と。
 
差し出された手はまだぷにぷにして小さいけれど、優雅で美しかった。その上に自分の手を重ねた私は照れ臭さと切なさで心がキューンとした。この1年でまたバレエが上手になったね。
王子はすでに、ここにいたのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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