小さい頃の私には楽園が見えていた
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ハタナカ(ライティング・ゼミ2月コース)
物心ついた私にとって、お盆の少し前は2泊3日で海に行くのが当たり前だった。
早起きして日焼け止めを塗り、水着を服の下に着て車で祖母の家に行く。何故か祖父は大体留守番だから祖母だけ車に乗せ、次は母の妹がいる施設に向かう。
母の妹、つまり私にとって叔母にあたるのだが、正直あまり叔母という実感がなかった。その人の身体は大人なのに、指をしゃぶったり子供みたいに遊んではしゃいだり私より言葉が下手くそだったりで、施設以外で関わることがなかった。母や祖母からは「心がずっと2歳くらいで止まっているんだよ」と説明されていたが、大人の見た目なのに自分より幼い人というのは当時の私にはよく分からなかった。
そんな叔母と一緒に出かける唯一の行事がこれだ。私達だけでなく、叔母と似た雰囲気のある施設の他の入所者と、その身内と一緒に海に出かける、それが毎年の恒例だった。
隣の県にある宿泊所への道のりはいつも果てしなく遠くに感じた。ずっとサザンオールスターズの曲が流れる車内で兄とはしゃいで、でも途中から待ちくたびれて「まだー?」と催促する。やがて海沿いの道に着くと「ここ覚えてる! もうあとちょっとやん!」と再び兄とはしゃぐ。
長い長い行き道を終え、辿り着いた目的地。そこは海が目の前に見える、古びた横長い平屋だった。砂浜との仕切りでコンクリートがあり、さらにその上にフェンスが設置されている。その端っこに海へと続く道があって、周辺は夏の元気な草たちに覆われている。
着いたらまず平屋に荷物を置く。平屋は合計20人くらいは泊まれる広さで、玄関の左右にある2つの大部屋には何もなく、畳と磯の香りがぷんぷんするだけだった。一応離れにキッチン用の建物が一つだけあってそこはなかなか広いのだが、トイレとシャワーは海水浴場に設置されているような非常に簡易的なものだけだった。
さて、到着して10分と経たずに私と兄は海に向かって走り出す。この為に朝のうちに全ての準備を終わらせたと言っても過言ではない。
海へと続く道はまず草まみれで歩きにくい。そこを乗り越えると歩きづらい砂浜が待っている。競うように兄と走って、砂が固まってきたあたりまで着くとようやくサンダルを脱ぎ捨てて海に飛び込む。
この瞬間がたまらないのだ。
水泳を習っていた私と兄は幼稚園の地点で25mどころか100mだって既に泳げていた。足のつかない深いとこだってへっちゃらだし、魚を追い掛け回したり水泳教室では出来ない変な泳ぎ方に挑戦したりして、いつまででも潜って潜って遊び続けられた。
少し経つと他の宿泊者が遊びにきたり、父が釣りに来たりする。ちなみにそこの宿泊者の人ら以外は近くにいない。子供も私達兄妹以外で参加していることは稀だった。
つまり私にとってその海は、好きなだけ遊べる自由の象徴で、楽園だった。
昼になると母がご飯を知らせに来る。大体外でカレーとかバーベキューだった気がする。おばちゃんたちがキッチンをし、外では気の良い知らないおっちゃんたちが慣れた手つきで炭と食材を扱う。父が釣った魚も捌いて焼く。さっきまで泳いでいた、握ると勢いよく動いていた魚を食べることに特別な気持ちをおぼえたのはその頃だ。
食べ終わるとまた海で遊び、夕方に再び母に呼ばれるからざっとシャワーを浴びて着替える。夕飯までは平屋やその周辺で兄と遊んだ。
ただ平屋ではたまに怖いことが起こる。他のスペースにいる人達だ。
ある人は常に何か独り言を言っていたり、ある人は音楽を聴きながら動いていたりして、かと思えばこちらを気にする素振りを見せたりする。それが親や先生と違う、大人が子供を見る目線じゃないのは分かるから、たまに何をされるか分からないという本能的な恐怖があった。(実際何度か追い掛け回されて大泣きしたこともある。)
夜ご飯を食べ、暗くなると花火をし、それが終わると懐中電灯を持って父やおっちゃん達と夜の海に出かけた。
「カニがおるよ、ほら」とおっちゃんが懐中電灯を向けると、カニが凄い勢いで砂浜を走っていて、追い掛け回すが大抵穴に逃げられる。たまに波に向かって走っていくカニもいて、そのまま流されていく光景にはなかなか衝撃を受けた。
夜の海は涼しいから気持ち良くて、シーンとした中で聞こえてくる波の音も、星が見える空も好きで、暗い中でも発見は尽きなかった。
そんなかんじで一日中これでもかと言うほど遊んでからようやく寝て、やはり次の日も早起きして同じようにこれでもかと言うほど遊ぶ。帰りの車はサザンオールスターズの曲を聴きながら爆睡してあっという間に過ぎ、祖母と叔母と別れて帰宅する。夜に風呂に入る時、水着の形がくっきりついた日焼けあとを見てテンションを上げる。
そこまででようやく私の夏の、一番の行事はようやく終わりを迎えるのであった。
そんな思い出深い行事なのだが、小学3年生になって習い事でバスケを始めてからはめっきり参加しなくなった。
それでも夏が来たり海に行ったりすることがあればこの3日間のことを思い出しては「楽しくて堪らなかったなあ、またあそこに行きたいなあ」と思って、気づけば20年近く経った。
数年前、家族で出掛けている時にこの海の近くを通ったので、折角だから寄りたいとお願いして見に行ったことがある。
宿泊所の平屋は私有地で立ち入り禁止になっていたので、少し離れた駐車場に車をとめて隣の浜辺から可能な限り近づいた。あのワクワクした場所との再会に緊張すらしてした。
「……あれ? こんな小さかったっけ?」
しかし、それが思い出の海を見た時の一番の感想だった。
私の記憶での海は、3日間遊び続けても遊びきれないものだった。
しかしどうだろう、20年ぶりに再会したその場所は特別感など何もない、どこでも見かけるような小さな浜辺だった。
しかし後ろの方に見える平屋は古くなっているもののやはり見覚えのあるところで、ここがあの夏を過ごした場所である何よりの証拠だった。
確かに20年も経ってるから色々変わってるんだろうけど、それでもこんなに印象が違うなんて。
消化不良のまま帰路についた。当時はあんなに長く感じた道のりは2時間程度のなんてことない車移動で、そのことにすら少し切なくなった。
自分の記憶にあるものの輪郭を、その日に初めて知った。
大人になった私は、もうあの海に楽園を見ることが出来ないのだろうと思う。
今となってはあの平屋がどういったもので管理はどうしていたのかとか、名前も知らない沢山の色んな大人達のこととか、どういう経緯で毎年あの人たちと海に行くことになったのかとか、全部が不思議だ。
勿論親に聞けば分かるんだろうが、あえて聞くことはしてない。たとえ実物がどんなものであれ、私のきらきらした思い出が損なわれるのは嫌だった。
古い平屋と小さな海、そしてあの少し怖かった大人達に囲まれて過ごす年に1度の3日間は、その全てがなかなか得られない特別な経験で、間違いなく今の私を作っている。
そんな特別なものが自分に存在していることに愛おしい気持ちになる瞬間があって、それは間違いなく幸せなことだと思っている。
それでも、そうは思っていても、あの頃と同じ楽園を見られないことに寂しくなる時もあるけれど。
***
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