白いお人は、強い人《週刊READING LIFE Vol.215 日本文化と伝統芸能》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/5/22/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
「あなたは本物の舞妓さんに会ったことがありますか?」と問われて「YES」と答える人が世にどのくらいいるかはわからないけど、そんなには多くはないはずだ。
通常、舞妓さんはお茶屋さんや料亭、旅館でお呼びしないと来てはくださらない。しかもしきたりとして、そのような京都の「お茶屋遊び」は通常は「一見さんお断り」、どなたかの紹介がなければお座敷に舞妓さんをお呼びすることなどできない。
本物の舞妓さんに会うことなんて生涯ないと思っていた。それが覆されたのが昨年の夏だ。2022年7月、天狼院書店が主催した「秘トリップ」で京都に行った際に、書店が舞妓さんをお呼びして舞を舞っていただき、撮影しても良い、そしてお話を聞く企画を立ててくださった。関東では芸者さんなら赤坂、浅草、神楽坂、向島などに古くからいるけど、舞妓さんは聞いたことがない。京都でしか体験できない粋な企画をとても楽しみにしていた。
舞妓さんと話ができると聞いて、これは訊かなければ損とばかりに私は質問を考え始めた。舞妓さんってどんな人なんだろう。どういうことを聞けばいいのだろう。
秘トリップに行く少し前に、たまたま京都の別の舞妓さんのドキュメンタリー番組のTV放映があり、ちょうどそれを見ていた。番組の内容は、置屋に舞妓の見習いの少女が入りをして厳しい修行をする日常に密着したものだ。
舞妓の起源は約300年前の江戸時代に遡る。京都の東山周辺の茶屋で働く茶立女(ちゃたておんな)が、茶を出すだけでなく芸事も披露するようになったのが始まりと言われている。
舞妓の修行は通常、中学を卒業したくらいの年齢の少女が「仕込(しこみ)さん」として置屋に入って始める。毎日唄や三味線、日本舞踊の稽古があり、それ以外の時間は上の姉さん方のお世話や置屋の手伝いをしながら、舞妓としてのマナーをみっちり仕込まれる。親元を離れて修行に来たのだから、さぞかし熱心に稽古をしているのかと思いきや、そこはやはり10代の女の子、稽古をしても思うように上達しない自分に嫌気がさしたり、厳しすぎる日常が辛くなったりすることもある。
自分が好きで選んだ道だから稽古も熱が入るはずと見ている方は思うけど、実際稽古をしている本人でなければ真意はわからない。同年代の高校生や学生が、勉強したり友達や彼氏と遊んだりして青春を謳歌しているのを見ると心が揺さぶられることも当然あるのかもしれないと、予備知識を入れて舞妓さんとの対面に臨む。
そして待ちに待ったその日がやってきた。
舞妓さんってどんな人だろうとワクワクしている私たちの前に、その人は現れた。
うわあ。
うわあ、としか思えないくらい、気高い空気をまとっている。京都天狼院の前で車から降りる仕草もとても優雅である。おこぼ(舞妓さんが履く下駄のこと)を履いているので自然と背が高くなり、すっ、すっと背筋を伸ばして歩く姿に思わず見惚れる。
「宮川町の、小晶(こあき)どす。よろしゅうおたのもうします」
赤い着物を着て、畳に座り深々と一礼するその姿も美しい。
「皆さん、白いお人を見るのは初めてどすか?」
みんなぽーっと小晶さんを見つめている。白いお人……。それはきっと舞妓さんのことだ。顔を白く塗っているから「白いお人」とは、なんともユーモラスなネーミングだ。
「はい、皆さん初めてです」
ようやくスタッフさんが答えた。
「そうしたら、最初は踊りをお願いします」
「わかりました。そうしたら、これを」
そう言って小晶さんは持参したCDの中から『祇園小唄』を選んだ。
舞妓になった喜びに溢れる春、そして仕事が順調に行って密かに身を焦がすような恋もする夏、そして時には試練も訪れる秋、ようやく人生を共にする人に巡り合い、しんしんと降り積もる雪のように時間を重ねる冬。祇園の四季の様子を、舞妓が徐々にキャリアを極めて1人の女性として成長していく様に例えたこの曲を、三味線の音に合わせて小晶さんは静かに舞っていく。手の動きが、本当に切なく雪が降っているようで、うっとりとしてしまう。
「それでは、皆さん、何か小晶さんに質問はありますか?」
待ってましたとばかりに私は手を上げた。
「今、舞妓さんになって何年目ですか。聞くところによると5年間修行をすると舞妓さんから芸妓さんになるということですが」
「うちは今、4年目どす」
「そうすると来年は衿替(えりかえ:舞妓から芸妓になること)ですか?」
「そうどすね」
「芸妓さんだと、立方(たちかた:日本舞踊で踊りを踊る人)と地方(じかた:三味線などを弾く人)とありますが、どちらを目指しますか?」
「うちは、三味線が好きなので、どちらかといえば地方かなと考えてます」
「すごく舞がお上手で、優雅だから、意外ですね。それでも地方の方がいいんですね」
「そうどす。よくご存じどすね」
つくづく、TV番組を見ておいてよかったと思う。一応の知識は入っていたからだ。
「芸妓さんになると、自前の髪の毛で日本髪を結うのではなく、鬘(かつら)になりますけど、そうすると少し楽になりますか?」
「そうどすね。今は髪を伸ばしていないといけないけど、たまにお休みの日には洋服も着るので、そういう時は少しスッキリしたいなとも思うし。鬘だとある程度髪型が自由になるので、いいかなと思います」
その後も他の参加者からの質問が続いた。宮城県のご出身で、舞妓さんになったのは親御さんから勧められたのがきっかけであることや、携帯電話も持たずネットも見ないという発言には、皆からどよめきが起きた。今のご時世、小学生でもスマートフォンを持っているのに、その文化から隔絶されてずっと稽古とお座敷に明け暮れる日々は、どのように過ぎていくのだろう。
「このお仕事をしていると、いろんなお人に会えて、いろんな話が聞けるので、退屈しないんですね」
舞妓さんの日常はとんでもなく忙しい。稽古をして、お世話をして、お座敷に出るだけで日が暮れる。忙し過ぎて、世間のあれこれに構ってはいられないというのは正直なところなのだろう。TV番組で見た、修行が辛いと言っていた舞妓さんとは全くレベルが違う。小晶さんは芯からこの仕事が天職と思っていて、楽しんでいるのが伝わってくる。
こうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろお別れの時間となった。
「それでは皆さん、今日はおおきに。ごきげんよう」
「また来年も来てくださいね」
すっくと立ち上がった小晶さんは、来た時と同じようにゆっくりと優雅に京都天狼院を去って行った。
「よかったですね。また、秘トリップがあったら小晶さんにお会いしてみたいです」
「綺麗でしたよね。小晶さん、チャーミングだったし。また旅の企画が実現したら、お呼びしたいですね」
みんなすっかり、小晶さんのファンになっていたのだった。
年が明けて、2023年4月。
ゴールデンウィークに再び「秘トリップ」を天狼院書店が企画してくれた。ゴールデンウィークの京都なんて激混みに決まってはいるのだけど、それでも即座に「絶対に行く」と決めていた。恐らくだけど、また小晶さんが来てくれる予感しかしなかったし、今年は衿替と聞いていたのでそのことも聞いてみたかったからだ。
久しぶりに会う人に対して、こんなに胸が高鳴ることがあるのだろうか。もちろんそれは相手によるのだけど、その相手が小晶さんだったら当然だろう。どんな表情なのか、どんな着物を着てくるのか、どんなお話をしてくれるのか。もう、ワクワクすることしかない。
そして再び、京都天狼院に小晶さんがやってきてくれた。今回は緑色の着物だ。去年着てきた赤の着物と比べると、色のせいか大人っぽく見える。参加者は去年の夏とは違う顔ぶれだけど、皆一様に小晶さんに見惚れている。
ただ、私は、小晶さんの顔つきが昨年の夏とは少し違っていると感じていた。何がどう違うのか、適切な言葉が出てこないけど、でも何かが違っていた。
「今年は衿替とおっしゃっていましたが、いつですか?」
「6月どす」
そうか、だからまだ舞妓さんの格好でお会いできたのか。芸妓さんになると黒い着物になるので、華やかさという点では舞妓さんの方が絵になるから、このタイミングでお会いできてよかった。
「同世代の人と比べて、話が合わないとか、そんなことはありましたか?」
参加者から質問が出た。
「私は友達が少なくて、たまに相談もされたりするんですけど、『彼氏とのことで悩んでて……』と言われてもよくわからないから『はぁ……』みたいにいつも言うんですよね」
思わず部屋の空気がほっこりとした。若い人ならではの会話でもあるし、舞妓さんならではの正解とも言えるからだ。
「舞妓さんをやっていて、嫌なことってありましたか?」
「嫌なこと……。そうどすね、コロナで仕事が全くなくなった時は、辛かったですね。朝起きて、何にもすることがなく過ごしていました。他にはそんなにはなかったかもしれません。例えあったとしても、それって長くは続かないこと、ほんの数時間ですから」
もしも嫌なことがあっても、うまく受け流す術を身につけているし、受け流したことさえ相手は気がつかないくらい、上手にお客さんを満足させているのだなということがわかる回答だ。
「芸妓になったら、今度は舞妓さんを守ってあげる番どす。困ったお客さんがいたら『こっちおいで』って、守るんです」
そう語る小晶さんの顔つきは、もう昨年の夏に見たような、くるくるとした瞳を輝かせているだけの舞妓さんの顔ではない。たった9ヶ月くらいしか経っていないにも関わらず、しっかりと次のステップへ旅立つ準備をしている顔だ。私が今回「以前と違う」と感じたのは、この覚悟が既にできているからなのだろう。
きっと小晶さんも、大勢の人に見守られ、育てられ、そして舞妓という仕事が好きになっていったのではないだろうか。代々受け継がれている舞妓という伝統の世界は、しきたりを重んじて芸を磨いて客を満足させることはもちろんだけど、それ以上に舞妓という職業の良さを伝えることで今に至るまで繋がってきたのだろう。そんなことはお客さんには絶対に見せない努力だけど、目に見えないところで相手に心を遣っているからこそ続いていく文化がある。そして自分自身も強くなっていく。小晶さんは、明らかに強さを身につけているのだとわかる。
「今日の着物は、振袖に歌詞が書いてあるんですよ」
もう少しで、その振袖ともお別れをしなくてはならないのかもしれない。小晶さんは愛おしそうに、袖に書かれた『京鹿子道成寺』の歌詞を見つめている。
「皆さん、今日もたくさん写真撮っていただいて、おおきに」
「こちらこそ、また会えて嬉しかったです。ありがとうございました」
去っていく小晶さんの背中は、一段とキリッとしているように見えた。会う人みんなをおかみさんのように見守らせる、ファンにさせる魅力を持った人だからこそ、舞妓さんという厳しくも充実した職業を全うすることができるのだろう。芸妓さんになった小晶さんにも是非ともお会いしてみたい。今度はどう成長するのだろう、そしてどう強くなっているのだろうか。きっとその機会はあると信じている。
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。
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