メディアグランプリ

だらけ切った大学生が明治神宮球場を目指した話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:土方 海里(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
わたしの大学生活、最初の2年間は、だらけ切っていた。長い長い夏休みなど、本当に何をしていたか、地元が一緒だった友達のYくんと、だらだら家のテレビを見ていたことくらいしか覚えていない。
そんなわたしの生活が、少しずつ変わり始めたのは、3年生になってからだ。奇しくも、そのYくんに誘われ、野球のサークルに通い始めた時からだ。Yくんが英語の授業で一緒になった、これまた地元が同じのSくんが、新たに野球サークルを創設するということで、初めての対外試合に助っ人に来てくれないか、ということだった。
初対面の人たちのチームに混ざって野球をするというのだからなかなか緊張し、しかもいきなり、ツーアウト満塁のチャンスで打順が回ってきた。わたしは中学時代は野球部だが、高校時代は剣道部だったので、打席に立つ感覚すら忘れていた頃だったが、何と右中間を貫く走者一掃のタイムリースリーベース。かなりのスピードボールを投げる、現役時代も打てたかどうかわからないピッチャーだったので、なぜ打てたのか今でもわからない。神様が、わたしの生活をどうにかして変えようと、会心の一打を放つように仕向けたのかもしれない。というのも、そのまま大勝した我がチームは、その夜の打ち上げでさらに仲良くなり、早くも「神宮に行こう!」という話で盛り上がり始めたのだ。
 
「神宮」というのは、ヤクルトスワローズが本拠地を置き、六大学野球の聖地とも呼ばれる、あの「明治神宮野球場」だ。全国の大学の野球サークルを集めてトーナメントを行い、決勝戦を明治神宮野球場で戦うというイベントが、その年から開催されるということで、我がチームもそれに参加し、是非とも神宮の土を踏もう! と一致団結していたのだ。男子として、これは盛り上がるしかない。その場で入部を正式に決めたわたしは、その日から、神宮に行くために生きる生活が始まった。
まずは早起きの習慣だ。試合が午前中にある場合、ベストコンディションを朝に持ってこなければならない。そのためには、普段からの過ごし方が大切だ。元々、チャレンジしては挫折していた早起きだが、今回ばかりは、多少は失敗しつつも、1限目の前に学食で優雅に朝ごはんを食べられるくらいには成長した。
バッティングの調整は急務だった。野球経験者ならわかると思うが、守備は何とかなっても、バッティングは感覚を忘れると戻すのに時間がかかる。何年ものブランクがあれば尚更だ。お金が無いにも関わらず、家から自転車で20分くらいかかるバッティングセンターに暇さえあれば通った。自動車の免許合宿にもバットを持ち込み、夜に素振りをしていたくらいだ。
他のメンバーもとにかく本気で、雰囲気も良かった。冗談でお互いをバカにしたりするのはあるが、心では互いを尊重し、信頼し合っていたように思う。精神が健全なのか、色んな本を読んだり、海外を旅したり、野球以外でも、自分を成長させる意欲のある人たちだったのだ。そんな彼らに影響を受け、わたし自身も英語の勉強を本格的に始めたり、今まで読まなかった本を読み始めたり、Sくんに誘われヒッチハイクの旅に出たりと、自分の毎日が充実していくのが目に見えてわかるほどだった。
やはり人間は、目的意識を持ち、成長意欲の高い人間たちと行動を共にすることで、変わるようだ。「神宮」を目指し始めたわたしは、家でだらだらテレビを見て終わる夏休みとは無縁になっていた。
 
野球、英語、読書、バイト、それなりに忙しい毎日を送っていたら、あっという間に11月となり、ついに「神宮」に繋がる大会が幕を開けた。地区リーグ決勝を劇的なサヨナラホームランで勝利を収めたわたしたちは、決勝トーナメントへ進んだ。チームの勢いは最高潮で、あとひとつ勝てば神宮へ行ける、という大一番。まさに一進一退で迎えた最終回。2点負けていて、ワンアウトから1番打者、普段は変わり者だがこういう時はやってくれるMくんがヒットで出塁した。そして2番打者のKくん。授業に向かう足取りは重いが、1塁まで駆け抜けるスピードはチーム随一のKくん、彼は初球を、バントした。自分も1塁セーフになろうとするバントだ。相手守備がボールを拾い1塁に何とか送球したが、タイミングはセーフだ。しかも次の打者はチャンスにめっぽう強い、創設者のSくん。一打逆転のチャンスで、役者が揃い、わたしたちは大いに盛り上がった。しかしここで、事件は起こった。
 
「アウトーーーーー!」
 
信じられない宣告が、審判から下された。しかもその審判というのは、大学生になってから太り始めた我がチームのいじられキャラ、Hくんだ。審判は双方のチームから出すということがルールだったのだが、疑惑の判定に、両チーム一触即発となった。
「いやちょっと待ってくれよ、今のはセーフにしてくれよ」
年下でムードメーカーのYくんの、必死の抗議にも判定は覆らず、2アウト2塁から再開となった。それでもまだチャンスはある! という望みもあったが、試合の流れは完全に向こうになってしまっていた。大事な局面で、いきなり試合が中断となり、リズムを掴めなかったSくんは、力無く空振り三振に終わった。わたしたちの神宮への挑戦は、ここで終わったのだ。
あまりにも虚しく、やるせないまま、「神宮」への熱い思いは、宙ぶらりんのような感じになってしまった。
 
「このままでは終われない」
そう思ったわたしは、翌日、SNS上で、このように宣言した。
「別の神宮を目指します」
別の神宮、というのが自分でもわからなかったが、とにかく、みんなで共に白球を追いかけ、「神宮」を目指していた時の熱意を持って、違う何かに没頭することに決めたのだ。英語や、自分の専門分野の勉強、そういったことに、さらに真面目に取り組むようになった。結果的に、当時夢だった海外出張にも行かせてもらえるような人になれたし、思い描いていた自分の理想像に、今も近づいていっていることがわかる。
もしあの時、「神宮」を目指さなかったら、卒業するまでだらだらテレビを見て終わったかもしれない。また、あの時、道半ばで夢が途絶えたからこそ、次の目標に進めたのかもしれない。目標があるから、人は行動を始めるのだ。今だって、自分の生活をより良くしようとする自分がいる。「別の神宮」を、今でも目指しているのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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