まちの小さな蒸しパン屋が出す処方箋
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:平沼仁実(ライティング・ゼミ4月コース)
「あのお店に行こう!」
仕事が終わると、つい足が向いてしまうお店がある。
帰り道とは反対方向にあるそのお店に、自転車を借りたり、バスを乗り継いだり、30分歩いたりして向かう。
そこは20代の女性がひとりで営む小さな米粉蒸しパン屋。
黒糖やゴマ、抹茶……。
定番から日替わりまで、数種類の蒸しパンが1個200~300円で並んでいる。
「どれにしようかな」と悩みながら選ぶのも楽しいし、どれを選んでも本当においしい。
友人からの紹介でこのお店を知った私は、店主から色々な話を聞いた。
かつては家庭教師の仕事をしていた彼女。
発達障害の子どもたちに関わる中で、そのような子どもたちに対する社会の受け皿が足りないと感じるようになった。
だったらまず自分が受け皿を作ろう、と得意な飲食業でお店を開くことに。
米粉を使っているのは、精神疾患に良いといわれているから。
いずれは、発達障害を抱える子どもたちの就労支援に関わりたいと考えている。
そんな背景も彼女の行動力もすばらしいのだが、私がついこのお店に行きたくなるのには、もっと他に理由がある。
ある日の午後、いつものようにそこで蒸しパンを食べながら彼女とお話していると、ひとりの高齢女性がやってきた。
店内に入って来る前からその姿を見つけ、手を振る店主。
「こんにちは! 今日もお買い物してきたんですか?」
荷物を抱え、杖をつきながらゆっくりと店内に入って来る女性。
その人はすぐ近くに住んでいて、ほとんど毎日のようにお店に来ているという。
蒸しパンを一つ頼むと、席についた。
「この間送った荷物、もう届きましたかね?」
その高齢女性が、先日海外に住む友人に贈り物を送ったこと。その話を覚えていた店主が声をかけている。
昔よく行った海外旅行のこと。海外で出会った友人のこと。友人に送った贈り物のこと。
隣に座っていた私にも色々と教えてくれた。
そして蒸しパンを食べ終わると、ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「一息つけたわ。またね」
夕方近くになると、大きなランドセルを背負った小学生の女の子がお店に入ってきた。
「おかえり! トイレ?」と声をかける店主。
女の子はランドセルをおろすとトイレに駆け込んだ。
その子は毎日のように下校途中にここに立ち寄るという。
トイレを出た後も、店主の膝の上に座り、楽しそうに嬉しそうに、お喋りしたりお絵描きしたりしている。
乗るはずだったバスが、何本も店の前を通り過ぎていく。
それでもその子はなかなか席を立とうとしない。
何本もバスを見送ると、最後はだーっとバス停まで駆け出して帰っていった。
このお店の最大の魅力。
それはとにかく、毎日食べても飽きない美味しいものが食べられること。
しかも、日常的に手の届きやすい値段で。
そして店主との楽しい会話。
その距離感が、近すぎず、遠すぎない。
美味しくて、楽しくて、居心地がよい。
それが特別な場所ではなく、日常の中にある。
だからつい通ってしまうのだ。
ここを訪れると、あっという間に時間が経ってしまう。
お店で居合わせた人たちを、店主が自然に紹介してくれる。
ここで出会う人たちとは、不思議と何かしらの共通点があったりして、初対面なのに話がはずんでしまう。
仕事や肩書関係なく、まちに暮らす人としてただそこにいて、そこにいる人たちとお話できることが、とても心地よい。
美味しいものを食べて、楽しいお喋りをして、人とのつながりを感じる。
ここに来ると、ほっとするし、元気になる。
疲れた時ほど、わざわざ行きたくなってしまう。
コロナ禍で顕在化した孤独や孤立。
孤独や孤立は、1日15本のタバコと同じくらいの健康被害を引き起こすといわれている。
社会的な孤独や孤立の問題への対策をすすめるため、2021年内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」が設立された。
その中で国の政策に明記され、注目されているのが「社会的処方」。
薬ではなく、人や地域とのつながりによって、人を元気にする仕組みのことだ。
おそらくここの店主は、「社会的処方」をしようなんて思っていないだろう。
もしかしたらその言葉自体、知らないかもしれない。
けれどこのお店にいて、店主やここにやってくる人たちを見ていると、まさにここで「社会的処方」がされていると感じる。
高齢女性にとっては、毎日おやつを食べながらする何気ないおしゃべり。
小学生にとっては、親や先生以外の、地域の大人との関わり。
そして私にとっては、仕事や家庭以外の、まちでの心地よいつながり。
店主とだけでなく、そこで居合わせた人同士の出会いも、店主のさりげないアシストによって自然と生まれ、人と人、地域とのつながりが網目状に広がっていく。
まちの小さな蒸しパン屋が、そこで暮らす人たちを、まちを元気にしている。
社会的な孤独や孤立の問題への対策は、すでにまちで施されている。
あの高齢女性も小学生も、きっとまた明日も来るだろう。
今日行ったばかりの私も、次はいつ行こうかと考えている。
***
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