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父の日に寄せて


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記事:谷安若菜(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
私が覚えている一番古い記憶。それは、うちの家族は面白くて楽しいという気持ちである。みんなが笑って、ひまわりが目の前一面に咲いているような、明るいイメージだった。それが後々、父の行動によって壊されてしまった。
 
幼い時分、兄と姉、私の3人は、両親とは別室で寝ていた。私には親と離れて寝るのが早すぎたと思う。なかなか寝つけない時は、両親の部屋に突撃してやっと安心して眠れたのだった。トラック運転手だった父は朝が早かったので、父が布団を出た後は、私が代わって布団にもぐりこんだ。父は体温が高くて布団はホカホカと暖かかった。そして、ほんのり父の汗のにおいがして好きだったのだ。
 
そんなある日の夜、私は見てしまった。母の上に馬乗りになって、母をたたいている父の姿をだ。母は私を連れ、実家に行った。そして、湯船につかりながら、声を上げて泣いた。いつも明るい母だったから、まさか泣くなんて信じられなかった。この日以来、父は私の中で悪者になった。
 
父がお酒を飲んでいて機嫌が悪くなり、やかんを投げて窓ガラスを割ったこともあった。ものすごく怖い思いをした。私は父の顔色を伺う子どもになった。
 
私が高校生になってからは、父と母の間でケンカが多くなり、ある時、母は倒れてしまった。自律神経失調症だった。体調が回復するまでに10年くらいかかり、苦しんでいた。倒れる直前に、子どもたちのしつけがちゃんとできていない、と父は母を責め立てていた。父のせいとしか思えなかった。このころには会話を避けて、自分の部屋にこもるようになっていた。
 
そんな父は、恵まれない子ども時代を送っていたようだ。子どもの中で1人だけ親戚のおばあさんに預けられ、まだ小さいのに、丁稚奉公のように家の仕事を手伝っていたと母から聞かされた。それなのに、大きくなってから実家を継いだんだと。それで少し父のことが分かったけれど、だからといって、許すことはできなかった。
 
私は大学進学を目指した。私の地元は三重の中でも山と海しかないような田舎で、映画館もアイススケート場も近くにはない。あわよくば地元から脱出したいと思った。調べたら、京都に公立の短大があった。京都は小学校の修学旅行で行って、また行きたいと思っていた。母に相談すると、高校を卒業したら就職するものと思っていたけど、アンタが行きたいならいいよ、と許してくれた。父は、遠くに行ったら簡単に会えなくなると母にぼやいていたそうだ。縛られるような嫌な気持ちになった。
 
京都に進学後はそのまま京都で就職し、しばらくして結婚した。子どもを身ごもると、里帰り出産をした。1人目は男の子で、両親はとても喜んでくれた。あー、男の子だからか。私が子どものころに、私が男の子だったらよかったと言われたことがあり、女であることを悲しんでいたので、気持ちがモヤモヤした。でも、父は、長男のおむつ替えや抱っこ、お風呂の準備など、育児を積極的にしてかわいがってくれた。それは、2人目と3人目の女の子の時も変わることがなかった。
 
いつからか、父の様子がおかしくなり始めた。家の敷地の急斜面になっているところに落ちて、何度か兄が引っ張り上げていた。記憶もあやふやになり始めた。父は認知症を発症していた。しかし、私はいつまでたっても父が苦手なままで、認知症になって、なおさらおっかなびっくりのかかわり方しかできなかった。
 
昨年の9月、すっかり足が遠のいていた実家に帰省した。久しぶりに父と会話を交わした。あまり私のことがわからないようだが、母が父の記憶を安定させるために、この子は誰? どこの子? と話しかけてくれていたおかげで、時々私のことを思い出してくれるようだった。嬉しかった。あんなに怖かったのに、すっかりかわいいおじいさんになっちゃって。また会いに来なくちゃ、と実家を後にした。
 
11月の終わりに、父が歩けなくなってきたと、母から連絡が来た。その時は少し心配したものの、年だからなあ、とそこまで真剣に考えなかった。しかしそれから数日後、父は入院することになった。高熱が出てなかなか下がらなかった。その後は、食欲が戻らず、弱っていった。
 
12月下旬、とうとう命の期限の宣告をされ、実家で看取ることになった。子ども、孫、ひ孫が賑やかに集まった。父は大きな息をしながら、みんなの話を聞いていた。みんなが帰ると、私は声をかけるのが照れくさく、父が大好きだった演歌を流し、手を握った。そして父を見つめ続けた。
 
そして1月初旬、父は天国に旅立った。父は昔から私のことを大切に思っているように見えたよ、と姉から教えてもらった。私はいっぱい泣いた。愛されてるって気づきたくなかったのかもしれない。
 
今日は父の日。父が好きだったキリンラガービールを用意した。今から父と一緒に飲むのだ。母にバレたら、父に飲ませたらあかんって叱られるだろうな。ちょっとだけ許して。あー、ビール苦いわ。会いたいなあ……。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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