居酒屋はお花畑
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記事:吉田 哲((ライティング・ゼミ6月コース)
酒飲みとは花である。飲み始めると、美しく妖艶になる者もいれば、どす黒く濁る者もいる。盛りになると喜怒哀楽さまざまな感情を表に出し、色とりどりの花びらを咲かせる。そして飲みすぎると皆同じような色に枯れていくのだ。
私は、19の頃から居酒屋のアルバイトを5年間続け、たくさんの花を見てきた。居酒屋には十人十色、さまざまな客が来店する。くたびれたサラリーマンたちが仕事の愚痴を語り合ったり、着飾った若い女性が恋愛話をしたり、年の離れた男女が猥談を楽しんだり。何かの「欲」を発散する捌け口として居酒屋を利用するのだ。
そんな客のほとんどは「神様」である。遠路はるばるお忙しい中、わざわざ私たちのお店に来ていただいて、しかもお金まで払っていただける。そのお金が源泉となって、店舗は成り立っているし、私のアルバイト代もそこから出ているわけだ。私が生きていられるのも客のおかげと言っても過言ではない。そんな神様に喜んでいただくために、料理をこだわって作るし、過剰に笑顔を振りまいて接客をする。少しでも「ありがとうございます」や「おいしかったぁ」と恵みの言葉をいただければ、本当に祝福を受けたような気分になるのだ。
しかし、神様のふりをする神様もどきの客も一定数いる。彼らは、私たち店員がへりくだりすぎるがために、過剰な要求や振る舞いをする。私たちの業界では、彼らは「クソ客」と呼ばれ敬遠されている。5年間の居酒屋アルバイトの経験から導き出した私の分析では、クソ客は大まかに分けて3種類いる。私は、その3種類を花にたとえ、「サフラン」「オダマキ」「ルピナス」と呼んでいる。本当は「カス」「バカ」「クズ」でよいのだが、神様の前で汚い言葉を使いたくないのでそう名付けたのだ。
さて、3種類のクソ客とその対処法を順番に紹介していこうと思う。まずは「サフラン」から。鮮やかな紫色の花びらを咲かせる花だが、花言葉の一つに「過度をつつしめ」と言う言葉がある。つまり、「サフラン」とは、公共性をわきまえずに他の客に迷惑をかけるクソ客のことを指している。酒を飲んだことで、気が大きくなったり、性欲を抑えきれなかったりで、人間としてのモラルが欠如してしまうタイプの客のことだ。彼らは、大声でスタッフに暴言を吐いたり、近くの女性客にセクハラをしたりする。こういったクソ客に対しての定石は「他のお客様がご迷惑されますから、もう少しお静かにお願いします」ということだ。しかし、大体は「俺の何が悪い?」と怒られる。彼らは大抵、怒りや欲に周りが見えなくなっていて、自分の異常性について気づいてない。なので、少しずつ自分を客観視できるように、演出させる必要がある。彼らには、周りの客に見せつけるように大声で謝罪したり、わざと目の前で転んでみたりするといい。他の客の視線を集めることで、我に返って、彼らは自分の異常性に気付くのだ。
続いて「オダマキ」について紹介しよう。ひょろりと伸びた茎の先に大きな花をたくさん咲かせる花だが、花言葉には「愚か」と言う意味がある。酒を飲み過ぎて極端に知能が下がったクソ客のことを例えている。集団で来る大学生に多く、知能を捨て人間の本能の赴くままに行動するため、コントロールが大変なのである。周りに目をくれず歌を歌い出したり、トイレに閉じこもって床中を吐瀉物まみれにしたりする。彼らは、最初こそ勢いがあるものの、帰り際は顔面蒼白になっていることが多い。私は、そんな彼らに対してはとても優しく接している。なぜなら彼らは、普段は善良な客なのである。集団の中で同調圧力を受け、酒を飲まされ過ぎた結果バカになっているが、友人や恋人と少人数で来る場合は善良に酒の場を楽しんでくれる。優しく笑顔で吐瀉物の処理を請け負ったり、頼んでもいない水を持っていったりすると、まるでこちらが神様のように崇められる。そうした恩を売っておけば、次にまた来てくれるきっかけにつながるのだ。
最も厄介なクソ客が「ルピナス」である。天に吹き上がるように、小さな花びらをたくさん咲かせる花であるが、花言葉の一つに「貪欲」という言葉がある。「ルピナス」とは、料理の味やスタッフの接客態度にいちゃもんをつけては割引をせびってくる守銭奴である。もちろん、料理に髪の毛が入っていたり、スタッフがタメ口を聞いたり、正式なクレームと呼べるものも少なくない。しかし彼らは、「料理がまずいから、金を払いたくない」だの「スタッフがブスだから、近づけるな」だの、こちら側では対策しようのな文句を言ってリターンを要求してくるのだ。明らかな理不尽だからと言って、反論をしてはいけない。彼らは、自分が正当であることを頑なに信じているから「私が間違っていると言うのか?」とさらに火に油を注いでしまうことになる。それに、謝ってもいけない。謝ると、相手の理不尽が正当であると認めることになってしまう。まずは、怒りのままに彼らが話すことを全て聞こう。それが彼らへの唯一の対処法である。聞き終わって怒りがおさまりつつあるのを見計らって、「こちらの商品ならお口に合うと思いますよ」や「あのスタッフは話すととてもかわいいんですよ」など、なんでもいいから解決策を提示するといい。彼らは怒りが収まった途端、ケロッと何もなかったかのように優しくなることが多いのだ。
わかりやすく3つに分類したが、クソ客はまだまだいろんな種類がいる。それらのクソ客を、一人の人間として見ると実はとても興味深い。独特な人間模様を感じることができ、彼らとのやりとりは思い出として一生に残っている。私は居酒屋をやめて3年以上の月日が経つが、働いていた思い出は今でも鮮やかに記憶の中に咲いているのである。
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