メディアグランプリ

101回目のノルウェイの森


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦哲夫(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「ねえ、どうやったら文章が上手くなるの? 私、苦手っていうか嫌いなんだよね、なんとかしたいんだけど……」
隣に座ったその女性は私に尋ねた。その日私は数名の事業者仲間と共に居酒屋にいて、飲み会の真っ最中だった。彼女はほんのりと顔を赤らめている。話し口調はしっかりしているが、表情から察するに少し酔っているようだ。
 
どうやったら文章が上手くなるか? 難しい質問だ。ライターである私にする質問としては正しいし、酔っ払ってはいても上手に文章が書けるようになりたい、という彼女の望みに嘘はないだろう。ただ、正直に言うと、私がその質問をしたいくらいだ。
 
「さあ、文章が好きになること……かな」
私は思いつくままに答えた。とは言っても間違ってはいないはずだ。文章が嫌いなままではどうやったって上手くなるはずがない。
 
「じゃあ、あなた文章書くの好きなの?」
「うん、大好き」
「どのくらい?」
「どのくらい? うーん、1日中書いていられるくらい」
 
これも嘘ではない。私は他に用事がなければずっと文章を書いている。朝から書き始めて気がつけば夕方になっていた、なんてこともよくある。
 
「昔からずっとそうなの? ずっと書くことが好きだったの?」
「そうだね、ずっと好きだったね」
 
これは嘘だ。かつて私は文章作成が嫌いだった。小学生の頃、読書感想文の課題は苦痛だったし、日記も嫌いだった。大学生の頃論文は苦手だったし、就職して社会人になっても、企画書や報告書作成を命じられただけで憂鬱な気分になった。
 
「ふーん、そうなんだ、あ、ところでね……」
そこで話は終わり別の話題に変わった。それ以上私から情報は得られないと判断したのだろう。ただ、彼女のその何気ない質問は、私のライターのルーツを呼び覚ますことになった。そういえば私はいつから文章作成が好きなのだろう。
 
半ば反射的に私は頭の中で自分のライターのルーツをさかのぼってみた。すると、ある小説に行き着くことに気がついた。村上春樹の代表作の1つである「ノルウェイの森」だ。私はとある大学の入試でこの小説と出会った。
 
当時高校三年生だった私は、日本中の多くの高校三年生がそうだったように、日々受験勉強に打ち込んでいた。目指すは、充実した大学生活とその先にある大企業での社会人生活。私の成功人生はこの受験勉強にかかっている。本気でそう思っていた。
 
そうして迎えた本番。その日は第一志望に設定していた大学の入試だ。これさえ乗り越えれば最高の人生が待っている。そう思うとペンを握る手にも力が入る。最初の科目は現代国語。得意ではないが、ちゃんと合格点が取れるように今日まで準備してきた。絶対に合格する。自分にそう言い聞かせた。
 
ところが、そんな私の熱い決意すらも吹き飛ばすほども事態が発生した。原因は出題文だ。出題文の1つとして使われていた小説の一文があまりにも面白く、興味深いものだったのだ。出典をみると「ノルウェイの森 村上春樹著」とある。小説全体からすると100分の1にも満たない短い文章だが、その圧倒的な文章力は全身全霊をかけて入試に挑む私を夢中にさせた。
 
この文章の前はどんな内容なのか。この後どんな展開になるのか。気になって仕方がない。もはや問題を解くための集中力すら奪われた。試験中、私はずっとこの「ノルウェイの森」という小説について考え続けた。
 
入試が終わり、大学を出てすぐに私は本屋へと向かった。その大学の周辺には本屋がたくさんあり「ノルウェイの森」もすぐに見つかった。上下巻から成るその本2冊を手にとって直ちにレジに走った。こうして私は今に至るまでお気に入りとなり続ける「ノルウェイの森」との出会いを果たしたのだった。
 
それから20数年が経過した今でも、私は「ノルウェイの森」を読んでいる。すでに100回は読んでいるだろう。気がつけば本棚から本を取り出し、デタラメにページを開いてひとしきり読みふける。それが習慣にすらなっていた。大学の入試結果は不合格だったが大して気にならない。それは私にとってあまりにも大きな出会いだったのだ。
 
「ノルウェイの森」との出会いが私のライターとしての原点といえばそうなのかもしれない。ただ、これがすぐに文章作成に生かされたか、というとそうではない。私が文章を好きになったきっかけは、今から7年ほど前に受けた「ライター養成講座」だった。
 
その講座はネット等で使用される広告文を作成する技術を身につけるための講座だ。当時、広告文のことなど何もわからなかったが、仲の良い上司の誘いもあり、またキャリアアップにもなるのではと考え受講することにした。特段、内容に期待していたわけでもなかった。
 
講座の内容は、文章の構成、流れ、書き方、文章でいかにして人を行動させるか、といったもの。それなりに興味をそそり十分聞く価値のあるものだった。ただ、私がここから学びとったものは、それらとは全く別のものだった。
 
自由。広告文で書かれる文章は、それを書く者にとってあまりにも自由だったのだ。会社での企画書や報告書とはまるで別物だった。
 
私がそれまで書いてきた文章には必ず厳格なルールがあった。小論文のルール。企画書のルール。報告書のルール。それらのルールから逸脱した文章は全てやり直し。まるで鎖だ。それまでの私は全身を鎖で繋がれたまま文章を書いているかのようだった。
 
そしてついに鎖は断ち切られた。講座で私は自由な文章を知り、文章における自由を手に入れた。私の頭には次から次へと文章が降り注ぎ、そうして私は一気に文章が好きになった。
 
もともと私には素養があった。「ノルウェイの森」を徹底的に熟読したことで培われた素養だ。それが長年がんじがらめのルールの中でくすぶり続け、「ライター養成講座」の受講で一気に花開いたわけだ。
 
文章が嫌い。彼女はそう言った。もし文章が上手くなりたい、好きになりたいと望むならば方法は2つ。自分の大好きな小説を何度も繰り返し読むこと、そして自由に文章を書いてみることだ。もちろんそれだけで文章が上手くなるわけではないが、まずはそれで文章が好きになるはずだ。私がそうであったように。
 
「ねえ、さっきから1人で何ぶつぶつ言ってるの?」
「さっきの話なんだけどさ、やっぱり文章上手くなりたい? だったらすごくいい方法があるけど聞きたい?」
「何それ、聞きたい!」
「それはね……」
 
それから数日後、私は梅田にあるお気に入りの喫茶店に入った時に、偶然彼女を見かけた。彼女はテーブルにコーヒーを置きながら一心不乱に文庫本を読んでいた。きっと彼女のお気に入りの小説なのだろう。いつの日か彼女が書いた文章をネット上で見ることになるかもしれない。そんな日が来ることを密かに期待しつつ、私は彼女の邪魔をしないように離れたテーブルに座り101回目の「ノルウェイの森」を読み始めた。
 
新たなことを学びながらもいつでも原点に返る。それもまたライターとして必要な素養だと私は思っている。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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