メディアグランプリ

エア切れの体験に見舞われてわかった無意識の真実


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飯髙裕子(ライティング実践教室)
 
 
「スーッ、ボコボコボコ……」
小さな気泡が上に行くにつれて大きくなって水面に上がっていく。
水中でダイビングをするダイバーの命をつなぐ大切な音だ。
 
普段私たちは陸上で普通に呼吸をしているから、空気のない水の中では酸素を供給してもらわなければ呼吸をすることができない。
そのためにスキューバダイビングをするダイバーたちは背中に空気の詰め込まれたタンクを背負って海に入る。
 
その日も、いつもと同じように満タンになったタンクを背負って海に入った。
その途中で、空気がなくなるなんて疑うこともなかった。
けれど、それは突然起こった。
 
息を吸おうとするとなんだか重く空気が入ってこない。
「えっ」
何が起こったのかよくわからず、何回か試みるが駄目だ。
空気が残っているかを確認することすら気付かない。
どうしよう、こんなときどうするんだっけ?
心臓がドキドキしてくる。インストラクターに知らせるサインが思い出せない。
そうしている間にも息ができない恐怖がじわじわと迫ってくる。
何とかしなくては……。少し離れた前方にインストラクターの姿が見える。
でも知らせる術を思いつかない。
予備のレギュレーター(タンクから空気を供給する酸素吸入器のようなもの)を探そうとして、救命胴衣のようなDCという装備に空気を出し入れするスイッチに手が触れた。
 
これに空気を入れたら一気に浮き上がることができる。でも、それは危険だ。
海に潜ると、気圧は10メートルで2倍になる。陸上よりも空気中の窒素が血管や細胞の中に溶け込んでいる。
急に浮上すれば、それが体の中に残ったままになって、障害を起こす可能性が高い。
 
そんなことを考えているうちにも空気を吸えない恐怖で、つい海水を飲み込んでしまう。
ホントにこれはやばい。
誰か気付いて!
 
目と鼻を覆うマスクに残った空気を無意識に鼻から吸い込んだときに口にくわえていたレギュレーターが外れ、空気の出るレギュレーターが口にあてがわれた。
 
 
インストラクターが私のすぐ横に来ていた。
「助かった……」
 
大きく息を吐きだし、ゆっくりとこれ以上吸えないくらいの空気を肺に送り込む。
2、3回繰り返してやっと、落ち着いてくる。
 
ゆっくりと浮上して船に上がる。
「水だいぶ飲んだ?」インストラクターの問いに「少しだけ」と答える。
 
その答えにインストラクターも少し安心したようだった。
 
後から聞いてわかったのだけれど、私のタンクの空気は0になっていたらしい。
 
それなのに、私の動きはひどく静かだったらしく、少し上にいた友達も何が起きたのかわからかったらしいのだ。
 
普通なら、水の中で息ができなくなるなんて即、命の危険にさらされている事態だし、自分でもどうしてそんな様子だったのかが不思議だった。
その時のことは、今でもくっきりと頭の中にまるでビデオが流れるように映し出されるくらいはっきりと覚えているというのに……。
 
そしてその時最初から最後まで、自分が考えていたことも思い出せるのに……。
 
どうしてなんだろうと、ずっと考えていた。
 
水が怖くて、泳ぐのが苦手な私が、毎年海に潜る理由は何だろう? という想いが浮かんだ。
海の中の静寂の中に息づく命の存在が生きる力を与えてくれるような気がするからだろうか。
けれど、常に海の中では危険も隣りあわせだ。今回のことだけでなく、自分できちんといろいろなことを確認しなければいけない。それを少し慣れたことで、やっていなかったこともアクシデントの原因であることは間違いない。
怖い思いをして、パニックになっているはずなのに、どうして体が動かなかったのだろう。
 
さんざん考えて、ふと気が付いたのは、あまりにもどうしていいかわからない時、体を動かすことに意識が行かなくなってしまうのかもしれないということだった。
それともう一つ。
 
一緒に潜っているダイバーやインストラクターへの信頼ということにたどりついた。
毎年、同じダイビングショップでお世話になり、私のダイビングの様子を良く知っていてくれているという信頼感。
 
それは、初めて会ったダイバーであっても、海の中では同じ目的を持つ仲間という意識がある。
お互いに何かあったら助け合うそんな気持ちをみんな持っている。
現に、浮力の調整がうまくいかなくて急に浮いてしまいそうになった私をグイと引っ張って体制を整えられるようにしてくれたダイバーもいる。
 
そんな心の奥にある安心感が、ばたばたとせずにただ考えるだけの時間を生み出したのかもしれない。
 
けれど、ダイビングに必要なのは、常に自分の状況をきちんと把握することである。
タンクの空気の残圧をチェックすることも、それをインストラクターに知らせることも、何より自分がどうしてほしいかをきちんと伝えられるようにしておくことは最低限のルールである。
 
今回のことは、いろんなことに慣れて、初心を忘れていた自分への大きな戒めであったことは間違いない。
 
そのことを多分忘れることはないだろうと思うし、忘れてはいけないのだ。
 
 
海の中は、そんな人間の自然に対する甘い考えを思い出させてくれる大切な場所でもある。
また次に行くときはきっと、違った景色を私たちに見せてくれるに違いない。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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