申請書とは物語で、申請とは道だった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:塚本 牧生(ライティング・ゼミ6月コース)
「ああ、集音器でしたか。会話の時もイヤホンしたままで、なんだろうこの人と思ってました……」
そう言われて、ですよねえ、と恐縮するしかない。
集音機とは、軽い難聴者の使う、補聴器の簡易版だと思ってもらえばいい。僕の使っているものは、外観はいまどきのワイヤレスイヤホン。犬が蓄音機に耳を傾けている、ビクターのおなじみのマークも入っている。日常の場面で集音機と気付かせて気遣わせないように、普通のイヤホンに見えるものを選んだのだけど、ビジネスミーティングの場では気付かれないからこそ気にさせてしまった。
ミーティングで話が聞き取れないというわけにはいかないから、集音器は使うしかない。でも、いちいち「イヤホンをつけたままに見えますがこれは……」と切り出すのも難しい。そんな時、所属部署が変わり名刺を新しくすることになった。これだ。名刺に「集音器つけてます」的なマークでも刷り込めれば。
思いついたのはよかった。デザインも、自社の標準的なデザインにマークを追加するだけだ。集音機マークというものは世の中にたぶんないけど、耳の不自由を表す「耳マーク」にイヤホンアイコンを自作すればよさそう。旧名刺をスキャン画像に集音機マークを追加した、新名刺の作成イメージを用意して、上司に相談した。答えは、YesでもNoでもなかった。
「耳マークって、名刺に印刷とかアレンジとかして平気なの? 会社規定的にも、名刺に入れられる内容って決まってない?」
これまた、ですよねえ、と言うしかない。
本来なら、名刺作成は所定の書類を出すだけ。でも会社取得のPマークとか推奨認定資格以外のマークを入れようとすると、その申請書では通らない。社内ルール集を読み漁って「部門として必要性を認め、総務部長が承認すれば可」という別ルートを見つける。でもそこに踏み出す前に、もう一つ、耳マークの利用許諾もクリアしないといけない。
耳マーク利用→名刺へのマーク追加→名刺作成と、三段階の申請ロードだ。まず耳マーク管理団体への利用申請、それもアレンジしての利用申請から。
申請書類を書くのって、ある種の物語づくりなのではと思う。「ポスターや名刺などに“そのまま”印刷するために」と用意された申請書で「名刺に印刷します」と申請するなら、おたがいの思いはちゃんとかみ合っていて、一つのストーリーにまとまる。でも“アレンジ”して印刷したいとなると、僕と向こうの思いにギャップがある。そこを埋めるための補足説明がないと、一つのストーリーにまとまらない。だから、申請書の穴埋めだけじゃなく、こう書き添えた。
『片耳軽度難聴で、集音機を使っています。ビジネスミーティングで、話を聞き取れないこと、集音機(外観はワイアレスイヤホン)をしての会話となることで、不愉快にさせたことがしばしばありました。「難聴」「集音機使用」をご説明し、名刺を見た際に思い出していただけるよう、下図のようにアイコンを入れたいと考えました。耳マークに、イヤホン画像、音波画像を添えることで、難聴支援用のイヤホン機器を示したいと考えました』
僕の現状、困りごと、どうしたいのか、なにを許してほしいのか。それをできるだけコンパクトに詰め込んだ。耳マークをもとにしたい理由も、簡単に書いた。
もし僕がこんな変化球な申請を受け取る側だったら、きっと僕の判断だけではハンコを押せない。管理団体内のあちこちに確認することになりそう。ということは、僕がこの申請をすると、きっと窓口の人にあちこちで説明してもらうことになる。その時には、申請の背景とか経緯とか聞かれるのだろうな。そう考えたら、申請書ははじめから終わりまでの物語がまとまるように書くことになった。そうして書き上げた申請書は、翌日の夜には「承認いたします」と返事をもらえた。
次の、上司への名刺へのマーク追加の相談も、同じようにした。定型の申請書などはなかったから、まず希望デザインと、どの辺りが標準ルールと合わない相談ごとなのか、標準ルールにはどう書かれているかをスライドの形でまとめる。著作権の問題はないはずということと、使用許諾を得ていることも入れておく。そして、そこに申請経緯を添える。
上司も、きっとそのまた上司へ説明してくれて、そこからまた別の人に説明がされ、最終的には部門長と総務部長まで説明リレーが続く。こんどはもっと、説明してもらう人が多い。その間にだれかが説明に困らないよう、ちゃんと物語値としてまとまっているか考えて、相談資料を準備する。このリレーは思っていたより長かったみたいで、ちょっと時間がかかったけど、ゴールまで送り届けてもらえた。
最後の名刺作成の申請はあっさりと済んだ。こんな名刺を作ろうと思ってから3か月、いま僕の手元には、届いたばかりの集音機マーク入りの名刺がある。
申請の道のりを早く進むには、ゆっくり歩いた方がいいらしい。丁寧に物語として書き上げた申請書は、目的地まで早く確実に導いてくれるから……なんて格言めいたことを考えてみる。もうちょっと練り上げたら、申請の道、申請道みたいなものになりそうな気もする。まあ面倒ごとをやり遂げた直後のハイテンションが、それっぽいことを言わせているだけの、勘違いだろうけど。
たしかに勘違いじゃないと言えることも一つあって、この名刺を作れたのはご協力くださった皆様のおかげです。ありがとうございました。
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