メディアグランプリ

嘘の限界

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田哲(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「お腹が痛いから、学校に行かないでもいいですか?」
「嘘をつかないで、正直に言いなさい」
「学校も友達も勉強も嫌いだから、学校に行きたくありません」
 
小学4年生ごろだろうか。「なんでこんな扱いづらい子に育ってしまったんだろう」とでも言いたげなしかめ面で、母から平手打ちをされた。母の右手の指の付け根の硬い部分が、私の頬骨に当たり、ボコッというひづんだ音とともに鈍痛がした。しぶしぶ行った学校では、教室の片隅で一日中頬をさすっていた。
 
帰ると父と母が言い合いをしていた。
 
「あなた、またタバコを吸ったんじゃないでしょうね?」
「吸ってねぇよ」
「そんなに匂いをつけて、騙されるわけないでしょうに」
「うるせぇな。俺の勝手だろう」
 
今度は、パチンときれいに音が鳴った。
 
小学生ながらに、ついた嘘を正直に明かすと余計に怒られることを学んだ。それからは、いくら嘘をついてもあまり打ち明けないようになった。きっと担任だった先生は、授業をサボっていた私のことを病弱で保健室にこもりがちの生徒だったと記憶しているだろうし、友人の中には、私の年齢や血液型を誤って覚えている方が多くいると思う。
 
大学生だったある日、友人に誕生日を祝ってもらった。嘘の誕生日だ。祝われてしまった手前、「実は、嘘の誕生日なんだよね」とは言えず、いまだにその誕生日で突き通している。周りから私の誕生日が伝わってしまうかもしれないので、他の友人にも嘘をつき続けた結果、その友人界隈では全く異なる日付で通ってしまっている。友人が祝ってくれた事実は一生変わらないし、そのホスピタリティを無下にできるわけにはいかない。だから、一生打ち明けられないのだ。
 
嘘をさらに誤魔化すために嘘をつくのは、白い絵の具に一滴ずつ血を落としていくことに似ている。一度嘘をついてしまうと、もう真っ白な絵の具には戻れない。血は常に止まらずに滴り続け、真っ白だった絵の具は、だんだんと真紅に染まる。真っ赤な嘘となって、取り返しのつかないにところまでいってしまう。
 
他にも、自分の面目を保ったり、人を傷つけるのを避けたり、周囲の関心を惹きたかったり、なんとなくだったり。そんな理由で、これまで幾度となく嘘をついてきた。現にこの天狼院の作文でも、多くの嘘をついてしまっている。全く経験のないエピソードを自分の体験談のように語ったり、いもしない犯人をでっち上げて被害者面したりしている。バレたら顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうかもしれない。
 
私がつく嘘には2種類ある。一つ目は、ありもしない、経験もしていないエピソードをでっち上げる嘘だ。例えば、行ってすらいないのに「学生の最後にフランスに行きました」という旅行記を綴ったり、誘拐などされたことがないのに「小学校の時、誘拐犯とドライブしました」という被害者自慢をしたり。フィクションというコンテンツが成り立っているのだから、嘘のエピソードをエンタメとして届けていてもよろしいではないかと、善意すら感じてしまっているのが恐ろしい。
 
二つ目は、あった出来事を大袈裟に話してしまう嘘だ。「もやしを食べた」というだけの事実を、「一週間もやしを食べ続けて貧困を凌いだ」という話にすり替えてしまうのだ。1割の本当に9割の嘘をつなげ合わせることで、どうしようもない出来事が突飛で誰もが驚くような出来事に変わる。こちらもまた悪意がなく、人の興味のある話をしようという善意で嘘をついてしまっているから、救いようがない。
 
どうしようもないことだと知っていながらも、私が嘘をついてしまうのは、日常の出来事に特になにも感じていないからじゃないかと思う。私の人生やそれにつきまとってくる行動は、衝動的なものが多くて、決して論理的なものではない。「そこに山があったから登った」みたいに、私が何かをするときの大半が「なんとなく」という行動原理で成り立っているのだ。大体の感想やエピソードが1行で終わってしまう。
 
受け手につまらなくて幼稚な人間だと思われないために、後付けで思ってもいない理由や感想を紹介したり、辻褄が合うように出来事を話そうとした結果、嘘をついてしまっているのではないだろうか。
 
そのままつき通してしまえばいいのだが、もうそろそろ限界だ。溜まりに溜まった嘘は、表面張力でギリギリまで湯を張った湯船のようで。誰かが少しでも足を踏み込んできたら、ドボドボと外に溢れて、友人や信頼を次々と失ってまうのではないか。そんな恐怖を常に抱えている。それでも、もう白い絵の具には戻れない。いまさら、「全部嘘でした」とは言えないのだ。だから、せめてもの精算として、自分が嘘つきであることに対しては正直でいたいと思っている。ちなみに、上述した文章も真っ赤な嘘であふれかえっている。
 
 
 
 
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2023-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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