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さよなら、東京天狼院。


人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三浦崇典(天狼院書店店主)
 
 
東京池袋は、グリーン大通りの果てにある、天狼院書店「東京天狼院」は、蕎麦屋さんが入った小さなビルの2階にある。冷静に客観的に見て、初めての人が決してふらりと独りで入れる雰囲気ではない。階段は狭く、看板も怪しい。少なくとも、僕が通行人だったとしたら、気にはしたとしても、入ることはないだろうと思う。
 
あの階段を登ってドアを開ける、実に奇特なお客様によって、天狼院書店は成り立っていた。
 
あの場所に、天狼院書店という名前の書店をオープンしたのは、正直言って、お金も実績もない僕に、誰も物件を貸してくれなかったからだ。唯一、あのビルのオーナーでもある蕎麦屋のおじいさんだけが、長らく空いていた事務所用の物件を「いいよ」と快く貸してくれた。
 
あのおじいさんの「いいよ」がなければ、おそらく、天狼院書店はオープンできなかったに違いない。
 
僕があそこに本屋をオープンしたとき、その通りの人たちは、すぐに潰れるのになぜあんな場所に本屋をオープンするのか、と囁き合っていたという。
たしかに、そうだ。僕がその立場なら、きっとそう言うに違いない。
 
「悪いことは言わないから、やめたほうがいい」
 
そうアドバイスしたに違いない。
 
ところが、2年、3年と生き残ることに成功すると、周りのビルの大家さんたちの反応も変わったという、大したものだと。
 
あの場所で、本屋を開いたが、最初から絶望の連続だった。
 
オープンして1週間ほどは知り合いが詰めかけて、商売として成り立つように見えたが、すぐに暇になった。
 
店を経営している人間にとって、暇は恐怖とイコールである。
最初の社員は、僕とインターンが本の出張販売をしている際に、ハローワークの人を呼び込み、自分の給与だけ確保して、早々に逃げた。
 
それはそうだ、誰もがすぐに潰れると思っただろう。あのときは愕然としたが、今想えば真っ当な判断だったのだろうと思う。
僕も、兄弟に同じことを相談されたら、いいから、自分の給与だけなんとしても確保して逃げろ、というに違いない。
 
あの12坪程度の小さな店舗では、無数の読書会をやり、無数のイベントを開催し、お客様と一緒に年越しイベントをし、演劇をし、落語会をし、映画も撮影した。ライブもやり、NHKの放送スタジオにも何度かなり、小林稔侍さんの主演のドラマの撮影場所にもなった。
 
テレビの撮影で訪れた芸能人や作家の方も、数知れない。
 
有吉弘行さんやさま~ずさん、IKKOさんに、糸井重里さん、そして、作家の筒井康隆さんもいらした。
今をときめくベストセラー作家も多くお越しになった。
 
あの小さな空間は、今想えば、奇跡のように注目密度が高かった。
 
テレビやラジオ、雑誌や新聞などのマスメディアに取り上げられた回数は、これまでで400回を超えた。
 
そして、ライティング・ゼミなどの講座では、1度に最大35名様ほどがぎゅうぎゅう詰めで肩を並べて受講して頂き、その間にも全国からお客様が絶えなかった。
 
あの狭くて怪しい階段をのぼる人が、数多くいらっしゃったということだ。
 
今、振り返って、これを書いているが、自分でもよくやったなと思い、なんだか、可笑しく思う。
 
何より、来店してくださったすべてのお客様には、感謝しかない。
 
2020年にコロナ禍に見舞われてから、実質的に東京天狼院は、イベントの際にしかオープンしなくなった。
 
イベントやるにしても、あの”密”なる空間は、忌避された。
 
ただ、今はビジネス的な要としてではなく、情緒的な象徴として、存命していたに過ぎない。
 
10周年を迎えるに合わせて、大家さんと話し、10月末で撤退することに決めた。
 
もうすでに、ビジネス的な要は、渋谷のスクランブル交差点にも近い、宮下パークの「天狼院カフェSHIBUYA」に完全に移行していた。
 
渋谷店が旗艦店である、と内外に宣言し、社員スタッフも基本的に池袋にいることを禁じ、本拠地を渋谷に移した。
 
10周年感謝パーティーも、それを示すために、渋谷店で開催した。
 
10年前、僕に物件を貸してくれたのは、蕎麦屋のおじいさんだけだったが、今では平日でも人が行き交う場所で店をやらせてもらっている。
 
この日本でも屈指のハイパー立地でビジネスをさせてもらえているのも、あの小さな店舗に、お客様に密度高く来ていただいたからだ。
 
「社長、お客様と一緒に、東京天狼院お別れ会、やりましょう」
 
とスタッフに言われた際に、なぜだか、ピンとこなかった。
 
その理由は、未だに判然としないが、僕には遥かに未来のほうが重要だからだろう。
 
あるいは、あまりに思い出が詰まった場所であるから、別れを考えると辛すぎるので、あえてその感情を開かないようにしているだけかもしれない。
 
スケルトンにしてしまえば、場所は単なるハコにすぎない。
 
店だけでなく、アパートでも、マンションでも、家でも、学校でも会社でもそうだ。
 
けれども、その場所に人が集い、様々な想いが交差したときに、数値では計測できない価値が生まれる。
 
東京天狼院は、膨大なる価値が生じた、やはり奇跡的な場所だったのだろうと思う。
 
「さよなら、東京天狼院。」
 
そう、文字を打ち込んで、呟いてみると、さすがに感慨に呑まれそうになる。
慌てて、蓋を閉じる。
 
2023年10月31日、天狼院書店「東京天狼院」は、その役割を終える。
 
正式オープンが2013年9月26日だが、プレオープンが9月20日だった。
 
3,694日間、あの場所で営業したことになる。
 
実に、10年間、本当にお疲れさまでした。
 
そして、10年間、ご愛顧頂き、本当にありがとうございました。
 
2023年11月1日より、関東の天狼院の本店概念「東京天狼院」は、渋谷店が継承することになる。
 
 
 
 
***
 

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