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運命は、「うさんくささ」の隣に転がっている。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ヤナイ リョウタ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
今から20年前のこと。高校1年生の春にラグビー部に入部した。
 
「ヤナイ君、いいカラダしてるね~。ラグビー向きのカラダだよ。練習、見学しに来ない?」
 
ラグビー部顧問のM先生は身長2メートル超え、体重100キロ超の典型的なラガーマン体型。ヒゲの剃り跡が青々と目立つ日焼けした顔に、ラグビー選手特有のギョウザ耳。獲物を探すかのように周りをうかがうギョロついた大きな眼。隠し切れない本性を何とかオブラートに包もうと、猫なで声で新入生に声をかけまくっている。
 
その笑顔、うさんくさいったらありゃしない。
 
ラグビー部の活動場所は第2グラウンド。校舎から自転車で10分ほど離れた場所にあるそうだ。わざわざ自転車をこいで見学に行くなんて、全く気乗りしない。興味はゼロに等しかった。
 
見学なんてまっぴらごめんだ。しかしM先生のプレッシャーには抗えなかった。ある日の放課後、しぶしぶグラウンドに足を運んだのは言うまでもない。
 
春の日差しと土煙の立つグラウンド。部員は20名弱ほどだったろうか。初めて見るラグビーだった。選手たちの見慣れぬ動きや激しくぶつかり合う練習メニューに多少の物珍しさを感じたものの、大した感動はなかった。
 
泥まみれのユニフォームから匂い立つ、エアーサロンパスと汗の入り混じったフローラルな香り。ゴミと荷物で散らかった部室に顔をしかめつつ、ここらでそろそろ……と思いながらグラウンドから去ろうとした矢先。
 
「リョウタ、服のサイズはいくつや? 靴のサイズは?」
 
M先生が、ファーストネーム呼びで一気に距離を詰めてきた。入部する意思の確認作業はすっ飛ばされ、ユニフォームとスパイクの購入をせまられた。その圧をはねのけるには、僕にはまだまだ人生経験が足りなかった。
 
「じゃあ練習着とスパイク、頼んどくからな」
 
こうして、楕円球を追いかける珍奇な高校生活が始まった。5月に入るとM先生は本性を現した。スパルタな練習でヘトヘトになり、帰宅するとベッドで泥のように眠りこける毎日。いつしか、授業時間の9割以上は睡眠時間に当てられるようになった。高校受験の勉強で運動不足だった体は一気に10キロ減。体重減とともに成績も一気に下降。平日も土日も部活の練習。僕の高校生活から、自由が失われた。こんなはずじゃなかったのに……
 
担当したポジションはプロップ、背番号は1番。ラグビーと言えばスクラムを思い浮かべる方も多いだろう。その最前列で相手と頭を組み交わして直接プッシュし合うポジション、それがプロップだ。「スクラムの職人」と言われたりする。
 
が、経験者から言わせてもらえば、プロップこそ1番地味かつ1番つらいポジションだ。スクラムで組み合う相手は100㎏以上の選手がほとんどだった。当時の僕の体は身長176cm、体重70㎏。フィジカルの差は歴然。
 
部員不足の弱小チームだったこともあり、入部して間もなくレギュラーとして試合に出ることになった。自分しかやる選手がおらずしぶしぶ受け入れたわけだ。そんな僕に、M先生は言った。
 
「やればできる!」
 
初めて夏合宿では、県下の強豪チームと鬼のスクラム合同練習が行われた。肉体的にも精神的にもきつすぎて、相手と組み合ったまま涙が止まらなくなる場面もあった。こんな青春を送るために高校に入ったわけではないのに……M先生は「やればできる!」を繰り返すだけで、誰も助けてくれはしない。頼りになるのは自分だけだった。
 
夏休み明けには、M先生のお触れで朝練が始まった。毎朝5時に起床し、第2グラウンドでみっちり汗を流してから教室へ。そのまま授業を受けて、放課後にはまた練習。
 
拒絶反応が起こった。ラグビーは楽しくなってきていたが、そこまでの自己犠牲を払う情熱はない。このままでは楽しい高校生活はやってこない。冬に行われる公式試合を一区切りに、退部することを決意した。
 
朝練は公式戦が終わるまで毎日サボらずに参加した。立つ鳥として後を濁したくはないと思い、毎朝いちばん最初にグラウンドに立つよう心がけた。「この苦しみもいつかは終わりが来るんだ……」と自分に言い聞かせながら、厳しい練習にも耐えようとした。
 
引退試合となった公式戦には敗れたものの、強豪チーム相手に善戦したことでM先生も満足そうだった。
 
その後、覚悟を決めてM先生に退部する旨を伝えに行った。M先生は何とか退部させまいと必死に説得をはかったが、僕の決意は固かった。ラグビー自体は好きになっていたし、部員たちのことも大好きだった。ただ、M先生のやり方にはどうしてもついていけないという気持ちになっていた。
 
退部して、自由な時間を取り戻した。「これでバラ色の高校生活だ!」と意気込んだのもつかの間。勉強するわけでもなく、帰宅部の友達とぶらぶらしたり、モテたい一心からギターを始めてみたりもした。しかし、思ったほどの充実感はない。何かが足りないのだ。
 
悶々とした日々を過ごしながら、気づけば高校2年生になっていた。M先生は別の学校へ異動して、ラグビー部の顧問が変わった。部員から、また一緒にラグビーをやらないかと誘われた。
 
半年ぶりに来る第2グラウンド。ジャージに着替え、スパイクを履き、スクラムを組んでみる。楕円球を追いかけ、タックルで相手をなぎ倒し、倒される。
 
痛い、きつい、つらい。しかし何だろう、この爽快感は。
 
そんなこんなで、僕は再びラグビーと向き合うことにした。そこから高校3年の引退試合まで、ラグビーを続けた。笑いあり涙ありの、華々しき青春の日々を送ることになった。
 
思えばラグビーとの出会いは、M先生のうさんくさい勧誘から始まった。嫌々始めた部活動だったが、今ではM先生に感謝しかない。
 
ラグビーを通じて得た仲間は、今でもかけがえのない友人である。また一度は投げ出したものの再チャレンジして最後までやり抜いた経験は、「やればできる!」というポジティブなマインドセットを僕の心の根っこに植え付けてくれたようだ。(誰かの口癖だ。)有形無形を問わず、ラグビーを通して得たものは今でも人生の宝物だ。
 
ラグビーとの出会いは運命だった。20年前にM先生から感じた「うさんくささ」の隣に、運命が転がっていた。
 
人は、出会いを通していくつになっても自分を変えていける。時には「うさんくささ」に身を任せよう。人生を変える一生モノの出会いが、あなたを待っている。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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