ハイヒールへと至る道
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:渡邊真由子(ライティング・ゼミ4月コース)
「順調ですね。でもあと三週間くらいは静かに生活してください。ハイヒールも禁止です。ダンスもダメですよ」
おじいちゃんの整形外科医は私の右足のレントゲン写真を見ながらそうおっしゃった。
この整形外科医との付き合いは長い。そのせいなのか、お顔を拝見すると何故か私は癒される。
遡ること約一か月。私は右足を家具の角に強打した。激痛が走ったものの二~三日ほどで痛みは消えた。問題はその後にある。更にその一週間後、私は追い打ちをかけるかのように同じ場所を同じように強打した。当然痛みが走る。「すぐ治るだろう」と当初は気にも留めなかったのだが、痛みは消えることなく続く。違和感を覚え慌てて駆け込んだ整形外科で「骨折」の診断がくだされた。冒頭の会話は本件で三度目の受診をしたときのものなのだ。
ハイヒールが履けない。これは私にとってかなりツライこと。中学時代からハイヒールを履き始めた私にとって「ハイヒールとは即ち私という女のプライド」のようなものだから。
でも、そんな吹けば飛ぶようなプライドなんて今は大切にしている場合ではない。ここで無茶をすれば一生涯ハイヒールが履けなくなるかもしれない。そちらの方が問題だ。ハイヒールを履きたい衝動をぐっとこらえる日々があと三週間も続く。長い三週間になりそうだ。
そういえば最近の女性用パンプスの傾向として感じるのは、ヒールに高さがあまりないものが多いということ。また、スニーカー派の人も増えているように見える。もしかしたら足元が隠れるロングスカートが大流行した影響もあるのかもしれないが、どなのだろう。そのような状況にあっても私は10センチのハイヒールを履き続けてきた。何故ならば、それを履いた自分が好きだったし、それが「いい女」の必須条件だと思ってきたから。だから、いつもハイヒールを綺麗に履きこなしていた母のように、テレビや雑誌で見かけるハイヒールを履いた芸能人のように、自分も早くハイヒールを履いて街を歩きたいと十代の頃には既に思ったのだった。
最初のハイヒールを手に入れたのは中学時代。自分のお小遣いでは買えず、母に頼み込んで買ってもらったのだ。勿論制服の時はローファーだったけれど、少しオトナの自分になりきりたいときはタイトスカートにハイヒールを合わせた。否、ハイヒールを履きたいがためにそれに似合う服を選んだ。そして心の中で「ふふふん」と思っていた。私は大人っぽいでしょ? などという風情で。白で、ゴールドの飾りがついていた初めてのハイヒール。あの靴は一体いつ手放してしまったのか。
それにしても、と想いを巡らせてみる。
何故ここまで私はハイヒールにこだわるのか。ヒールなんて10センチ以下でも良いではないか。寧ろその方が身体への負担は軽いはず。それなのに、何故?
前述したように母がハイヒールを履いていたことも影響しているのだろう。母は「女」であることの一番身近なお手本だったから。
でもそれだけではないことに気付く。もともとそういうものに傾倒しがちな性分なのだ。多分。実際、私が傾倒してきたものはハイヒール以外にランジェリーも挙げられる。それらはジェンダーフリーという概念を一旦脇に置かせて頂いた上で、女性だから纏えるものでもあり、女性しか纏えないものでもある。ある意味、まるで倒錯したような濃厚な世界を私は好むのだ。
ふと想い出したことがある。十代の頃、とある雑誌でハイヒールの特集が組まれたことがあった。私は当然その雑誌を購入し、「私はコレが良い」とか「こっちの靴はあまり惹かれない」などと紙面にずらりと並ぶハイヒールたちを眺めてはぼんやり思っていた。やれヒールの高さが、だとか、ヒールの太さが、だとか、つま先のカーブが、だとか。私の趣味は結構ウルサイのだ。
その特集にはハイヒールに思い入れのある有名人のインタビューも載っていた。何名か載っていたはずなのだが、今でも鮮明に覚えているのはとある男性俳優のひとことだけ。彼が定義するハイヒールとは次のようなものだった。
「ハイヒールとは、そこにシャンパンを注いで飲んでもいいと思える靴」
頭に衝撃が走った。そして「なんかわかるぅぅぅっ! いろんな意味で実際には絶対やってみたくないけれど」と思った。この時点で「いい女だけが履くことを許される靴がハイヒールだ」と私は認識したに違いない。未だろくに化粧も施せない頃から既にそう自分にインプットしていたのだ。
やれやれ、と思う。妙なこだわりなど捨ててしまえばラクになるのに、と思う。
でもイヤなのだ。そこに美しさを感じられないのだ。「いい女」たり得ない気がするのだ。内面が「いい女」を達成していない可能性が高いから、せめて外見くらいは「いい女」でありたいと思うのだ。
あと三週間。私の根幹を司るものの一つであるハイヒールへと至る道。その日を待ちわびて私は今日も静かに暮らすのだ。
***
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