メディアグランプリ

しめ縄の30年後


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記事:万井綾子(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
私は長いこと、髪の毛にコンプレックスを持っていた。自覚し始めたのは小学生高学年のあたりだろうか。
 
1本1本が黒くて、固く、太かった。おまけに1本ずつばらばらに癖やうねりがあり、天然パーマだと言えるほどの全体的なまとまりもなかった。
 
外見を気にするようになった学生の頃は、特につらかった。
 
どんなに毎晩風呂上がりに髪を乾かして寝ても、朝には寝癖だらけ。肩までのショートボブにすれば毛先が飛び跳ね、ロングにすれば毛先がふくらみマントのようになる。毎日がドライヤーとの戦いだった。
 
いっそのこと髪を傷めてしまえばなんとかなるんじゃないかと考え、熱風を当て続けたこともある。私の髪は大変頑丈だったので、びくともしなかった。
 
おしゃれな髪型なんて、自分には夢のまた夢だと思っていた。
 
高校生の時に「編み込み」が流行ったことがある。三つ編みの応用で、編む毛の束に少しずつ地の毛を足しながら編み進めていくやり方だ。それまでヘアアレンジといえば後ろで太い1本の束にまとめておくだけだった私にとっては、少しの工夫で多少手をかけたように見える、魔法のようなヘアスタイルだと感じた。練習して、なんとかそれらしき形にできるようになった。
 
しかし、素敵だと思った魔法は、そう長くは続かなかった。
 
ある日同級生から、おそらく全く悪気のない言葉がかけられたのである。
 
「すごくきれいな編み込みだね! 綾子ちゃんの髪型、しめ縄みたい!」
 
……そ、そうかな?
 
私は慌ててトイレへ向かった。今ほど鏡を持つ習慣がなかった時代だった。トイレの鏡を見たら、小窓からちょうど光が差し込んでいるタイミングだった。
 
鏡の中には、日差しを受けて見事に光り輝くしめ縄があった。
 
その次の日から、私は髪を編むのをやめた。
 
扱いにくい髪をなんとかするために、美容院を転々としたこともある。ストレートパーマ(縮毛矯正)をかけても何にひとつ変わらなかったこともあれば、かかりすぎて針金が頭から突き出したようになったこともある。
 
さまざまな美容院を渡り歩いた結果、友人の紹介で行った美容院に落ち着いた。私の強靱な髪の癖を理解してくれたその美容院では、極力髪を傷めないようなストレートパーマをかけてくれた。ヘアスタイルの本に登場するようなおしゃれな髪型にすることはなかったけれど、「扱いにくい!」と熱風を浴びせかけていた頃とは打って変わって、次第に自分の髪のことがそんなに嫌いじゃなくなっていった。
 
結婚式の二次会やパーティーなどに出かける時は、髪の毛のアップスタイルをすべて美容院に任せた。遠方で出席する時は、式場近くの美容院を探して事情を話し、セットしてもらっていた。
 
そして、同じ美容院に通い続けて約25年が過ぎた。定期的にストレートパーマをかけ、次第に増えていった白髪を染める。長い年月をかけて定着したそのルーティンによって、薬剤の進歩も相まって、髪へのダメージを極力抑えつつ自分でなんとか扱えるようになった。
 
その25年の間に、髪にまつわる知識も増えた。私が長年の白髪染めに耐えられているのは、髪が丈夫であることに加え、頭皮も丈夫だからできるということ。頭皮が弱い人にとっては、染めることそのものが苦痛をもたらしてしまうこと。年齢とともに髪の毛は細くなっていくが、私の場合はもともと太いため、そんなに毛量の変化がわかりづらくて済んでいること。
 
つまり、長年美容院に通ってヘアケアを続けていられるのは、私の髪質が頑丈だったからに他ならないというわけだ。
 
そしてつい先日のこと。お世話になっている美容師さんがふと、「加齢で少し髪の毛が細くなっていますが、逆に扱いやすくなってきていますね」と言った。
 
――しめ縄と言われたあの日の私よ。30年後、やっとお前の髪は扱いやすくなってきたぞ。
 
私はかつての自分にそう告げていたわってやりたかった。自らの髪を嫌い、美容院をはしごし、その結果無駄だった時もあればそうでない時もある不安定な時期を過ごし、写真に写るのさえ苦痛になって、それでもこつこつ30年やってきた甲斐があったというものだ。
 
時間はかかったけれど、そして今も正直に言えば全面的に好きだというわけではないけれど、それでも「扱いやすい」髪を手に入れた。
 
あがいた日々は、無駄ではなかったのだ。
 
「自分では髪は編まない」という高校時代の誓いは、まだ守っている。でも、加齢によってこれからも髪質が変化し続けていくのなら、もしかしたら今後、チャレンジすることがあるのかもしれない。
 
そう考えると、年齢を重ねるのは、案外悪いことばかりではない。自分の身をもって、堂々とそう言えるようになって、よかったと思っている。
 
 
 
 
***
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2024-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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