湿気と大仏とドSのストレート
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:渡邊真由子(ライティング・ゼミ4月コース)
「すごく髪がキレイですね。艶もあってサラサラで羨ましい!」
時々このようなお声を頂くことがある。素直に嬉しい。そして、必ずこう思うのだ。
「あなたの目は完全に騙されている」
と。
窓の外に目を向けてみる。今日も雨だ。時は既に六月。間もなく梅雨に入るのだろう。
子どもの頃……特に思春期を迎えた頃からは湿度の高いこの季節が憂鬱だった。今はさほどでもないけれど。
あれはいつのことだったか。十年以上も前のこの時期だったかもしれない。私はいつもカットをオーダーする美容院にいた。そこは自宅からほど近く、何よりカットのセンスが良かった。
担当者がおもむろに私に話しかけてきた。
「僕、ストレート技術の勉強をものすごくしています。必ずキレイに仕上げてみせますから一度僕にストレートをかけさせてもらえませんか」
カット担当者の言う『ストレート』とは即ち『縮毛矯正』のことで、癖毛をあたかも縮毛ではなかったかのようにする施術のことだ。
そして私は、この店ではない別の店でストレートの施術を受けていた。要するに、美容院を二か所掛け持ちしていたのだ。
実を言うと、生来私の髪は比較的きちんとした癖毛なのだ。亡くなった母が次のようなことをよく口にしていたほどに。
「アナタが生まれたときは髪の毛がぜーんぶ大仏様のような渦巻き状で、頭のてっぺんにはもう一つ渦巻きがちょこんと乗った珍しい髪型だったのよ。婦長さんが『こんなに豊かな髪の毛でお釈迦様のように全部渦を巻いている子って初めて』と言っていたくらい」
当時の写真がないので事の真偽を確認することはできないが、恐らくそこそこの大仏具合だったと推測される。
つまり、この世に生を受けてから四半世紀ほどを経るまでの間、私はこの『癖毛』という個性とともに生きてきたことになる。
ニュアンスがあるというか、ウェーブがかった髪というか、外国人風というか、そういう癖毛ならではの雰囲気が似合う人も当然のことながら世の中にはいらっしゃる。しかし、私の場合はナチュラルなままだと貧相に見えてしまう。
髪を洗い、ドライヤーで乾かし、ブローをして真っ直ぐにしたとしても、ほんの少しの湿気で髪の癖が表出する。乾燥する冬場はまだマシだが、梅雨場から夏にかけては湿度と汗からの攻防の日々が続く。癖毛を活かすような髪型にしてもらったこともあるが、爆発したかような髪型は私の好みではなかった。
自分の髪なのに自分の思い通りにならない事実に辟易とし、しなくてもよい苦労を何故私はしなくてはならないのか、これは人生の縮図なのか、などと思いながら私は必死でなんとかしようと努力した。毎日が戦いだった。
そんなある時、私は『縮毛矯正』なるものが存在することを知る。
救世主が現れたと思った。これで湿気に負けない髪を手に入れることができれば毎日の苦労から解放されるはずだと、小躍りしながら喜んだ。
しかし、縮毛矯正は美容院のメニューの中でも比較的高価格帯のサービスだ。まかり間違って仕上がりが失敗となってはたまらない。
私は技術力の高そうな美容院を調べに調べあげ、ようやく辿り着いた店で縮毛矯正という新兵器を導入することにした。そこはいつもカットをオーダーする店とは違う店だった。評判通り縮毛矯正の仕上がりも良く、年一回そのためだけに行くようになっていた。
だから「一度僕にストレートをかけさせてもらえませんか」と言われた時に私は即答したのだ。
「あなたの技術力を疑う訳ではありませんが今の縮毛矯正が気に入っているのでお受けできません」
と。
もっと他の言い方もあっただろうに、当時の私はこの回答がベストだと信じて疑わなかった。
それから一~二年経った頃だろうか。
あの時以来カット担当者から「ストレートを任せてもらえないか」という言葉はなかったものの、縮毛矯正技術に対する習熟度や熱意を聞かされ続けた私はついに観念した。
「もっと早くあなたに頼めば良かった」
という言葉を自分が言うことになるとは知らずに。
「えっ? 縮毛矯正しているんですか? 全然そう見えないですね! 生まれつき髪がキレイな人だと思っていました」
あのカット担当者に縮毛矯正も依頼するようになってからというもの、このようなお言葉を頂くことが格段に増えた。その度に私はこんなふうに思うのだ。
そうでしょう? あなたの目をいとも容易く騙せるほどの超絶ストレートでしょう? 生まれつきの髪がまさか大仏だとは思わないでしょう? 私の担当者だけストレートの施術料金も高いのよ。こっそり「超ドSのストレート」って呼んでいるわ。
「技術のアップデートは常におこなっていますからね。でも、そもそも渡邊さんの髪質が良いのですよ」
担当美容師はそんな風に言ってくださる。
けれども、目の前のあなたがキレイだと言ってくださるこの髪は間違いなく私の担当美容師が作り上げてくれたもの。
多分これからも私は彼に依頼し続けるはずだ。
何故ならばその担当美容師はある時、私の自宅にほど近いサロンを退店し、カリスマがひしめくオシャレな某地域に異動なさった。
「髪のメンテナンスのためだけにわざわざ某地域にまで行く人の気が知れない」
そう断言していた私が毎月某地域の店に通い続けているくらいだから。
時々冗談でこんなことを言ってみる。
「どうか私より先に死なないでください。私の髪を扱えるのはあなたしかいないので」
お付き合いは軽く十年を超えた。これだけの長い期間まるで定点観測のように、あるいは北極星のように、私の髪を見守り続けて頂けたことに感謝しかない。
良い美容師に出会えてよかった。
これからもどうぞよろしく。
***
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