見えない鎖を解くためのエレベーターでの再会
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山口(ライティング・ゼミ4月コース)
※この記事はフィクションです。
「おい山口、1つ上の高田さんって知ってる?」
大学の食堂で、田中が鼻息荒く話しかけてくる。
「誰それ? 知らん」
「めっちゃ可愛いんよ。ほら、今階段上がってきた人」
階段に目をやると、黒いスカートをはいた女性が、上がってくるところだった。
眼が大きく、色白で、細身。ちょっと気が強そうだが、綺麗な顔立ちをしている。確かにモテるタイプなんだろう。
「どうにかして付き合えんかなあ……」
妄想しながらニヤニヤしている田中。
よくもまあ、そんな妄想ができるなあと、ある意味感心した。なんなら、高田さんよりも、その時の田中の顔の方が印象的だった。
そこから、共通の知人はいたものの、大学生活で高田さんと絡むことは、全くなかった。向こうは、こっちの存在なんて、何の気にも留めていなかったことだろう。
それから、僕は大学卒業後、法律を学ぶために、違う大学の大学院に進学した。
全然知らない土地。友達はおらず、遊び相手はいない。勉強以外することがない。そのため、入学当初は、課題をこなすだけの日々。時間をこれでもかと、持て余していた。
そんなある日、「大学は楽しかったのになあ」と、ぼうっと考えながら、5階の教室に向かうため、エレベーターにのった。すると、すぐにエレベーターは2階で止まった。銀色の扉が開き、人が入ってきた。ふと、顔を上げ、その人の顔をみると、なんと高田さんだった。
後から知ったのだが、高田さんは、学部は違うが、同じ学校の大学院に進学していたのだ。
急に、知っている人が目の前に現れ、びっくりと嬉しさで、つい「高田さん」と名前が口からこぼれ出た。
エレベーターという狭い空間で、不意に名前を呼ばれた彼女は、一瞬驚いたような表情を見せ、ちょっと怪訝そうな顔をしながら
「もしかして山口君?」
と聞いてきた。
「えっなんで名前?」
「和美に聞いたよ。なんか後輩が入ってくるって。だからそうかなあと思って」
と笑顔だった。
どうやら、共通の知人である和美から話を聞いていたらしい。
一瞬「それなら俺にも言っとけよ」とも思ったが、そんなことよりも、嬉しさの方が大きかった。
また、気が強そうというイメージとは程遠い、人懐っこい笑顔に、簡単に、心を持っていかれてしまった。
そんな出会いからしばらくして、「歓迎会するから飲みに行こう」と連絡がきた。
飲み会には、先輩や同級生など7、8人いた。
そんな中、僕と高田さんは、同じ大学、共通の知人が何人もいたことで、話が盛り上がった。「山口君って話しやすいね」などと言われ、浮かれていっぱい話をした。
酔った勢いもあり、その変なテンションのまま、2人の共通の友人に電話をした。突然の酔っ払いからの電話。がかかってきた方は、さぞたまらなかっただろう。
しかし、そんなの関係ないと言わんばかりに、2人で大笑いしながら、何人にも電話をした。
そして、この歓迎会をきっかけに、僕と高田さんとの距離は、グッと近づいた。
それから、頻繁に連絡取り合うようになった。2人で会うことも増えていった。お互い意識しあっていることにも、気づいていた。少しずつ、他の人には話さないようなことも、打ち明け合うようになっていった。しかし、その時はまだ、付き合うことはできなかった。
「彼氏がいくら言っても別れてくれない……」
高田さんには、大学の頃から付き合っている彼氏がいたのだ。正確には、付き合っているとは言えないのだろうけど。
大学の時から、何度か別れ話はしているらしい。しかし、絶対に、首を縦に振ってくれなかった。
何度か連絡を絶ったりしてみたが、その度に、高田さんの友達に、しつこくしつこく電話をかけてくる。10分おきにひたすら電話かける。履歴は全て高田さんの彼氏で埋まり、それが電話に出るまで続く。
そして、友達の家にも押しかけてくる。居留守を使っても、ずっとアパートのインターホンを鳴らし続ける。そして、友達に迷惑がかかるのが耐えられなくなり、「お願いだからやめて」「なら戻ってこい」の、繰り返し……
それと、「私にはないけど、暴力的な人だから、山口君に何かされるのが怖い」とも、よく言っていた。「大丈夫だよ」と言っても、「絶対に、それだけはだめ」と言って引かなかった。
そして、そう言いながら、暗く歪んでいく顔を見るのが苦しかった。
逃げても、追いかけてくる。まともに向き合いたくもない。と、真綿で首を締められるように、高田さんの精神が、少しずつ削られていくのがわかった。
そして、それを見ている僕の心も、同じように削られていった。
それから、半年ほど経ち、高田さんの大学院修了が見えてきたが、状況は変わっていなかった。
ふと、このまま、そいつに縛られたまま社会人になると、無理やり結婚なんてことになるかもしれないなと、思った瞬間
喉に、何かがへばりつくような気持ち悪い感覚と、喉元を焼くような、熱い感覚が、同時にやってきた。意識は一瞬暗闇に包まれ、不安と怒りが押し寄せた。
「このままじゃだめだ」
高田さんを守りたい一心で、彼女を説得するための、言葉を探し始めた。
高田さんは、嫌だと拒否したが、根気強く言い続けた。
向き合いたくないと言うけれど、ちゃんと別れ話しよう。断られても断られてもちゃんと話そう。連絡を絶つようなことは、逆効果になるから、辛くてもちゃんと話をしてほしい。高田さんに、そう何度も伝えた。
すると、不安そうな顔をしながら、「辛い時には支えてほしい」と、高田さんは言った。
やはり、別れ話は、スムーズには進まなかった。
高田さんが、別れ話を切り出す度に、彼女の顔には疲労の色が浮かんでいた。
その度に、「これでいいのか?」と自分の無力さを痛いほど感じた。
それでも、「彼女を救うために、諦めない」と自分自身に言い聞かせ、彼女のそばに寄り添い続けた。
すると、最初は、「またか」と適当に流されていたが、徐々に、相手にも変化が見えてきた。
彼女が、同じ話を何度も繰り返すと、彼は、次第に苛立ちを、隠せなくなっていった。そして、戸惑い、大声を出すこともあった。
そして、なぜか、付き合い当初の話を頻繁にするようになり、「あの時行った旅行楽しかったね」と、思い出話をしてくるようになったのだ。
何回目の話し合いだったかわからない。
「そんなに俺と別れたい?」
「はい。お願いします」
真剣に、目を逸らすことなく、落ち着いた口調で、はっきりと言うと
「わかった……」
最終的に、高田さんの強い決意を前に、静かに肩を落とした。そして、初めて首を縦に振った。
そんな、別れ話から戻ってきた高田さんは、「私1人じゃ絶対に無理だった」と、安堵感からなのか、子供のように泣きじゃくりながら、話しをしてくれた。
あれから、20年。高田さんの苗字は変わった。2人の子供もいる。
結婚すると伝えた時の、「えっ。いつの間に……」と、驚いた田中の顔が今でも忘れられない。
***
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