奴隷解放 つながれた鎖を外すとき
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:かたせ ひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)
これは10年以上前の話になる。
今でこそ、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉が広まり、客とサービス提供者は対等な立場だという考えが浸透しつつある。しかし、昔は「お客様は神様です!」というのが当たり前。お客様は神様のように扱われるべき、という風潮があった。
お金を払う側が上の立場になり、受け取る側が下の立場になった。
上にいる者は「こちらはお客なのだから、相手は自分に従うべき」と、優位に立つ。下にいる者は「お金を頂くのだから、相手の意向に合わせなければ」と、萎縮する。事前の打ち合わせもないのに、あうんの呼吸で、それぞれの立ち位置に収まった。
私はその時、下の立場だった。
上の立場にいたのは国。会社は、国からあるプロジェクトを請け負っていた。定期的に国に報告を上げなければならない。私は、その報告書を作成していた。
お客様である「国」の言うことは絶対だった。だって、お客様は神様だから。大きな金額が動くプロジェクトだ。何があっても神様に逆らってはいけない。神様が黒と言ったら、白も黒になる。世間が白だと言っても、ここでは黒になった。
提出した報告書が、神様から差し戻された。「〇〇の記載が誤っているので、修正して再提出してください」と。
確認してみると、どこも間違っていない。契約書やマニュアルに沿って正しく記載してある。神様が勘違いをしているらしい。でも、神様がそう言うのなら、そうなのだ。従うしかない。
腑に落ちない思いを抱えつつ、「単なる報告書の話なのだから、言われた通りにしておけばいい」「事を荒立てるのは会社にとってもマイナスだ」と、自分に言い聞かせた。
今回は、たまたまだ。
そうだ、たまたまだ。
たまたま、たまたま……。
しかし、その「たまたま」は次第に増えていった。
どう見ても明らかに神様の解釈が誤っている。神様に教えて差し上げた方が良いのだろうか。でも……。
状況をよく知っている上司に相談してみた。
「僕から向こうに言ってみるよ」という言葉を期待したものの、空振りに終わる。「まぁ、いろんな解釈があるからね」と、良く言えば神様の立場に寄り添った、悪く言えばお茶を濁した回答だった。案に「大人なら見ないふりをしろ」「余計なことをして波風を立てるなよ」と言っているようにも聞こえた。
確かに、黙ってやり過ごすのが無難なのだろう。連絡して説明するのは、時間も手間もかかる。単なる問い合わせならまだしも、間違いの指摘は言い出しづらい。しかも相手は神様だ。
私は神様に言われた通りに、報告書を修正して再提出した。いつか神様が、自ら誤りに気付いてくれることを期待しながら。
しかし、神様の誤った解釈は、一向に改まることはなく、むしろひどくなっていった。必要のない修正を指示されるのはストレスだった。本来、しなくても良い仕事なのだ。
パソコンの画面に向かって「だーかーらー!」「間違ってるのはそっちなんだって!」と、文句を並べる。ああ、見苦しい。これでは、表でニコニコしながら、裏で陰口を言っているのと同じではないか。
私は、再度、上司に相談した。上司が言わないなら私が神様に言う。私の勢いに
上司は渋々了承してくれた。
内心「頼むから穏便に済ませてくれ」「うまくやってくれよ」と祈るような気持ちだっただろう。了承してくれたことに感謝したい。
とはいえ、神様に物申すなんて初めてのことだ。神様は霞が関で働く国家公務員で、いわばエリートだ。対して私はただの事務員に過ぎない。人間は平等だと頭でわかっていても、現実を目の前にすると気後れしてしまう。
私の立場で言って良いものか? ご機嫌を損ねるのでは? 会社に損失を与えてしまったら? と、迷いが生じる。
その時、自分を奮い立たせてくれる言葉を思い出した。「みんなのため」という言葉だ。これは何も「みんなのために私が犠牲になります!」という綺麗ごとを言っているのではない。「みんな」の中には、「私」も含まれる。
自分とみんなのためになることならやった方がいい、という行動指針を示した言葉だった。
私がやろうとしていることは、みんなのためになるか? 神様が間違った解釈に気づいてくれたとしたら? と想像してみる。
私は、無駄な修正をしなくて済む。上司はハンコを押す手間が省ける。もしかしたら、他の企業でも同じように必要のない修正を迫られている人がいるかもしれない。その人の役にも立つ。神様だって、誤った解釈に気づいた方が後々困らないだろう。これは「みんなのため」になる。私は迷いを捨て、神様に連絡した。
神様は、素直に非を認め、「教えてくださってありがとう」と感謝してくれた。「他にも何かあれば、いつでも気軽にご連絡ください」と、終始対等な目線だった。そして私は、「神様も同じ人間なのだ」という、ごくごく当たり前のことに気づく。
私達は、神様が手の届かない高い位置にいて、恐れ多い存在だと思い込んでいた。一方で、自分達を地べたに這いつくばるような低い位置に置き、奴隷とみなしていた。誰からも「奴隷になれ」と言われたわけでもないし、契約書にも書いていない。それなのに、長年の習慣で、自ら奴隷になることを選んでいた。
両者は、プロジェクトを通じて、同じゴールを目指すパートナーというフラットな関係に過ぎない。それを私達の奴隷根性が、ゆがんだ上下関係に変換していたのだ。
「みんなのため」と行動したあのとき、私は長い間つながれていた奴隷根性の鎖を外した。その鎖は思っていたよりも、ずっと弱く脆いものだった。
***
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