メディアグランプリ

捨てられない物


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記事:亀子美穂(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「これ、あなたにあげようと思うんだけど」
先日、久しぶりに実家に帰った時の事だ。
昨年、父が亡くなり、母もいろいろ思うところがあったらしい。
「私もこの先、そう長いことないだろうから……」
そう言って母がうやうやしく箪笥のなかから取り出してきた物を見て、私はどう答えたらいいのか、言葉に詰まった。
多分、この先一生、私が使う事はないだろうと思われる物。
 
「毛皮? こんなの、どうしたの?」
「昔ね、お父さんが香港に行ったときに買ってきてくれたの」
「そうなんだ……」
「ミンクよ。結構したんじゃないかしら」
 
父は商社員だった。
私が物心ついた頃から海外に単身赴任をしていた。
赴任先がアメリカやヨーロッパだったら家族も一緒に行ったかもしれないけれど、父の赴任先は東南アジアやアフリカの、日本人学校もないような僻地ばかりだったので、仕方ないことだった。
今のように気軽に海外に行ったり来たりするような時代でもなかったので、私たち家族が遊びに行くこともなかった。父が日本に帰ってくるのは1年に1度も無いくらい。その時には、家族それぞれにお土産を買ってきてくれた。赴任地から日本への飛行機の直行便がなく、香港で乗り換えることが多かったので、香港で買ってきた物が多かった。
ミンクの毛皮は、ワンオペで私たち兄弟3人を育てていた母への、父からのプレゼントだったのだ。
 
しかし……ミンクの毛皮。
襟巻ぐらいなら何とかなったかもしれないけど、よりによってロングコートだった。
地球温暖化が進んだ今の日本で、ミンクのロングコートなんていつ着るんだ?
それに、動物愛護の観点からも、毛皮のコートはよろしくない。
毛皮のコートが許されるのは極寒の真冬のシベリアぐらいだろう。
でも、私は生涯、真冬にシベリアに行くことはないと思う。
 
「結構いいものだと思うのよ。色も毛艶もいいし」
いやいや、そういう問題ではない。
やんわりと言ってみる。
「でも、こんな立派な毛皮のコート、着ていく所がないし……」
「そんなの、どこだってあるじゃない。銀座とか」
母の頭の中では、銀座は毛皮のコートを着たマダムが闊歩している街らしい。
母の頭の中の銀座は昭和からアップデートされていないみたいだ。
銀座はウールのコートで十分だ。
すごく寒い日だって、ウールのコートで行ける。
それに、私は銀座に用事なんてない。
毛皮のコートを着ていくほどの用事は、一生ないと思う。
 
「でもこれ、一生ものだと思うのよ」
母は一生ものという言葉に弱いのだった。
一生使う価値のあるもの。
そして、自分が一生分使ったら、娘に遺す。
娘も一生使う。そして、その娘に……
代々受け継がれていく一生ものの毛皮のコート……
「どこかに着ていかなくても、家においておけば、何かの役に立つかもしれない」
 
そういえば母はテレビのお宝鑑定の番組が大好きなのだった。
親から受け継いだ古びた品物が、思いもよらぬ高値をつけられたりするのが好きらしかった。
でも、いくら何でも、この毛皮のコートがそこまで価値があるものとは思えない。かといって、「偽物でした。3,000円」というような類の物でもなさそうだ。
 
ところで、今、毛皮のコートって、いくらぐらいするのだろう?
ネットで調べてみた。
ピンキリだという事が分かった。
中古で1万円ちょっとから、100万円近い物まで。
この手元にある毛皮はどれくらいの価値があるのだろう?
調べてみたら、中古の毛皮を査定してくれる毛皮専門の査定士という人もいるらしい。毛皮専門の買い取り店や毛皮の買い取りサイトもあることが分かった。
ミンクの毛皮にも色々ランクがあるらしい。
でも、母が思っているほどの値段が付くとは思えなかった。
二束三文の値がついて、買いたたかれるのがオチだ。
 
「まあ、お父さんが買ってくれた大切な物なんだから、お母さんが死ぬまではずっと持っていたらいいと思う」
結局私は問題保留にして、結論を先送りした。
確かに、私にとって、ミンクの毛皮は何の役にも立たない。
物としてのミンクの毛皮は私にとっては無価値だ。
だけど、もしこの先、母が亡くなって、この毛皮が残されたら、私はこれを捨てることができるだろうか?
どこかの査定に出して、二束三文でもお金になるならと売り払うことができるだろうか?
母は若い頃、ミンクの毛皮を着たセレブに憧れていたのかもしれない。
父も母のそんな気持ちを知っていたから、ミンクのコートをプレゼントしたのだろう。
 
きっと、私はそんな父と母を思い出しながら、夜中にこっそり取り出して、ミンクの毛皮を撫でたり、ちょっと着てみたりするかもしれない。
それは、何物にも代えられない大切なものなのだ。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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