メディアグランプリ

ラケットがつなぐ心


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:服部達哉(ライティング・ゼミ4月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
佐藤美咲(28歳)は、いつものように静かにオフィスの自席に座っていた。周りの同僚たちが楽しそうに雑談する声が聞こえてくるが、美咲はそこに加わることなく、黙々とパソコンに向かっていた。
「ねえ、佐藤さん。今度の飲み会来る?」
同僚の田中さんが声をかけてきた。
「すみません、その日は用事があるので……」
いつものように断る美咲。実際には何の予定もなかった。
美咲は人と話すのが苦手だった。学生時代から続く内向的な性格は、社会人になっても変わっていなかった。お酒にも弱く、美味しいと思ってこともなかった。かといって飲み会で出てくる料理にも満足したことはなく、飲み会に無理に行ったこともあったが、いつも時間とお金を無駄にした、と後悔していた。
その日の夜、体重計に乗った美咲は、学生時代から10kgほど増えてしまった自分の体重に愕然とした。
「このままじゃいけない……何とかしなきゃ」
運動不足と偏った食生活が、彼女の体型を少しずつ変えていった。美咲は自分の生活を見直す必要性を感じ始めていた。
翌日、秘書の大佐古さんにソフトテニスの体験会があるから行かないか、と誘われた。以前から硬式テニスの練習相手を探していた大佐古さんにはことあるごとにテニスに誘われていた。そのたびに、学生の頃から球技が苦手で、体育のテニスでも良い思い出がない、と断り続けていた。
ただ、この日は大佐古さんのやりたい硬式テニスではなく、ソフトテニスとのことだった。さらに、
「増永くんも誘ってみたら、彼来てくれるって。珍しいよね。だから佐藤さんもどうかと思って誘ってみたの」
増永くんといえば、内向的な美咲から見てもさらに物静かで、人と関わらずに我道を行くタイプだと常々思っていた。
「増永くんがソフトテニスの体験会に?」
美咲は増永くんが参加することに対する好奇心が勝り、
「増永くんが行くなら自分も行ってみようかな」
と返事をしていた。
体験会の日、美咲は緊張しながらコートに立った。その日はとにかくソフトテニスに触れてもらおう、という趣旨で難しいことはやらずにボールを打ってみる会だった。
高校の体育の授業以来、初めてラケットを握り、ボールを打ったとき、美咲の心に小さな火が灯った。
「意外と……打てる。楽しい」
体を動かす爽快感と、ボールを打つ感触に夢中になっていた。高校の体育での硬式テニスでは、ホームランばかりで、どうやってこんな球をコートに収められるのだろう、と思っていた。硬式と軟式の違いが大きかったのだが、それでも美咲の心に自分にもできるかも、という想いが芽生えた瞬間だった。
それからは大佐古さんに硬式テニスを教わるようになり、美咲の生活に変化が現れ始めた。体を動かすことで、少しずつ体重も減り始め、肌つやも良くなっていった。美咲は、減量できたことに小さな達成感を味わっていたが、何よりもテニスにハマっている自分に驚いていた。
大佐古さんとの練習を重ねるごとに、美咲のテニスの腕前も上がっていった。最初は思うように打てなかったボールが、徐々にコントロールできるようになり、ラリーを続けられる時間も長くなっていった。
ある日、練習後に大佐古さんが改まって話しだした。
「佐藤さん、私は一緒にテニスをする相手ができてうれしいけど、私が教えて変な癖がついてしまうのは申し訳ないの。せっかく始めたテニスだし、最初が感じだからきちんとしたスクールに通って、プロに習った方がいいよ」
通勤途中にはテニススクールがあったが、絶対にこういうところには通わないだろうな、と美咲は思っていたのだ。それが今では
「はい、通勤途中にちょうどテニススクールがあるので、そこに入ろうかと思います」
その言葉を口にした瞬間、美咲は自分の変化に気づき、また驚いてもいた。
スクールの体験レッスンの日、美咲は緊張しながらもコートに立った。知らない人ばかりの中で初めは戸惑いもあったが、レッスンが進むうちに徐々に楽しさが勝っていった。他のスクール生たちと水分補給をしながら、自然と会話が弾んでいた。
「佐藤さん、どうしてテニスをしようと思ったの?」
「実は職場の人に誘われて、ダイエットのために始めたんですが、ダイエットよりテニス自体にハマってしまって」
テニスという共通の話題があることで、美咲は自然とコミュニケーションが取れるようになっていた。
 
テニススクールで知り合った人たちと、美咲は徐々に交流を深めていった。休日にはテニスコートで自主練習に参加するようになり、自分で企画するようにもなっていった。
「佐藤さん、今度みんなでBBQするんだけど、来ない?」
テニス仲間の一人、山田さんが誘ってきた。以前なら絶対に断っていたであろう誘いに、美咲は笑顔で答えた。
「はい、ぜひ参加させてください」
テニスを始めて半年が経った頃、美咲の周りには確かな変化が訪れていた。
休日には、テニス仲間との練習やイベント、その後の食事会に参加することが増え、美咲の生活は以前よりも充実したものになっていた。テニスの技術も向上し、スクール仲間と大会に出場するまでになっていた。
オフィスでも、美咲の変化に気づいた同僚たちが声をかけてくるようになった。
「佐藤さん、すごい痩せたよね。それも健康的に。何かしたの?」
「はい、実はダイエットのためにテニスを始めたんですけど、今はテニス自体にハマってしまってます」
美咲は少し照れくさそうに、でも嬉しそうに答えた。
テニスコートに立つ美咲。かつての内向的な自分は影を潜め、今ではテニスを心から楽しみ、ラケットを握っている。
「佐藤さん、もしよければダブルスのパートナーとして一緒に試合に出ない?」
このようにダブルスのパートナーに誘われることも増えてきた。
「はい、私で良ければ喜んで!」
美咲は明るく返事をした。
「美咲、今度スクールでテニス合宿があるみたいなんだけど、美咲も行くでしょ?」
スクール仲間の一人が声をかけてきた。
「もちろん。1日中テニスができるなんてたまらないね!」
躊躇なく答える美咲。以前では考えられなかった活動にも積極的に参加するようになっていた。
テニス以外のことでも、以前よりも自信を持って取り組めるようになった。先日は、大きなプロジェクトのリーダーに抜擢された。昔の私なら、絶対に断っていただろう。でも今は、新しいチャレンジを楽しみにしている。
テニスは、単なる運動ではなかった。私の人生を変えるきっかけになったんだ。これからも、テニスを続けていきたい。そして、もっと多くの人と繋がり、新しい経験を重ねていきたい。
「好きなことがあるとがんばれる。好きなことのためなら内向的なことなんて些細なことなんだな」
美咲は事あるごとに、こう思っていた。テニスがきっかけで始まった彼女の新しい人生では、彼女はそれまでに体験したことのない充実感を感じていた。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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