明日どころか今日死ぬ準備もできていない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:珠海(ライティング・ゼミ4月コース)
何の予定もない休日は、近所の図書館で過ごすことが多い。特に真夏の暑い時期は、涼むのには最高の場所だ。
家から徒歩10分という好立地にある近所の図書館は、決して大きくはないのだが書籍の種類は充実しており、貯蔵していない書籍は、市内にある図書館から取り寄せてくれる。大きな図書館にありがちな、人であふれかえることもない。あまりにも大きな図書館だと、書籍を探すだけでも大変だ。図書館は大きくない方がちょうど良い。そんな理由もあり、この図書館にはずいぶんお世話になっている。
返却本が置いてある書架を見ることは、私の楽しみの1つだ。おなじみの作家や書籍だけでなく、作家の名前は知っているのだが、読んだことのない本や、読書欲を刺激させられるタイトル。いつか読んでみたいと思ったまま、記憶の片隅に追いやられていた本など、返却本の書架は新しい発見にあふれている。
この日も読書スペースを確保した後、真っ先に返却本の書架へと向かった。この日の書架は返却本が多く、何名かの作家の書籍が並んでいた。書架の高さは1メートルほどで、3段しかないのだが、読んだことがない本に出会う時はワクワクする。
1人の作家の名前が目に留まった。名前は知っているが、作品は読んだことがなかった。なぜだか心に惹かれるものがあり手に取った。
初めての書籍に触れる時、あらすじと作家プロフィールを読む。
プロフィールの最後に「2021年、癌のために死去」と記載されていた。
思わず年齢を計算した。最近は自分より若い作家も増えてきているが、この方は自分より年上だ。とはいえ亡くなるにはまだ早いのでは?? 計算すると58~59歳で亡くなっている。
結局この本は読まずに書架へ戻した。胸の奥がしめつけられる感覚になった。
看護師という職業柄、私は若い頃から死を身近に感じていた。余命を宣告された人、病気により徐々に身体機能を失っていくことを告げられた人々は、命の区切りや日常生活の変更を余儀なくされる。そんな彼らと接することで、私の日常は決して当たり前ではないということに気づかされ、1日1日が大切なものだと教えられた。
35歳の時、仲が良かった同僚が脳出血で倒れた。言葉が出なくなる言語障害と、左半身が麻痺して動かなくなるという後遺症により、看護師という仕事を辞めざるを得なくなった。彼女は誰よりも仕事熱心で、向上心の高い人だった。突然人生を途絶えさせるものは、死だけではないことを頭ではわかっていたのだが、身近な存在で体験したのは初めてだった。
何の障がいもなく生きていることは決して当たり前ではなく、看護師として働くことができるのも、奇跡のようなことなのだと思えた。
その後から、新年になると1年後、5年後、10年後、20年後、30年後、死ぬまでに、と、やり遂げたいことを新しい手帳に書き出すようになった。12月になると手帳を読み返し、達成できていない内容を確認する。翌年へ持ち越すか、興味がなくなって削除するかを年内に考え、「やりたいことリスト」は毎年更新する。
私は過去に縛られ過ぎないために、毎年新しい手帳を買うと、古い手帳は捨てるようにしている。手元にある今年の手帳を開いてみると、5年後までしか書いていなかった。しかも1年後、3年後、5年後と年数の間隔が短くなっており、どれもちょっと頑張れば実現可能なことばかり。生涯をかけてやりたいことなどは書いていなかった。かつての手帳と見比べることはできないが、「やりたいことリスト」を書く時は、いつも未来に向けてワクワクとした気持ちがあったことを想い出した。
リストの項目は、年内に達成さえすればいい。
そんな声が、手帳から聞こえたような気がした。
私はいつの間にか、やりたいことを自分の人生と合わせて考えなくなっていたことに気づかされた。
40歳で亡くなった女性は、
「私は生き急ぎすぎました。でも幸せな人生でした」
60歳で亡くなった男性は、
「やりたいことは次から次へと出てくる。でも1番やりたかったことはやったから満足だよ」
他にも多くの言葉が、私の記憶の中からあふれ出てくる。
仕事とはいえ、命の中断や人生設計の変更を余儀なくされた人々と接する中で、彼らから受け取った言葉は、私の中で今も生きている。
私は欲張りだ。やりたいことも、できなかったことへの未練もある。死を前にした時、私は彼らのように自分の人生を満足して閉じることができるのだろうか。
先生、さようなら! 皆さん、さようなら!!
子どもの頃、帰る時に使っていた挨拶だ。
かつて交流はあったが今は交わることもない人も含め、私は出会った人たちから多くのことを学んだ。彼らは皆、私にとって先生と呼ぶべき存在だ。
私が死ぬ時、みんなへ感謝の気持ちを込めて「ありがとう」と伝えたい。そして子どもの頃のように、明るく笑顔で旅立ちの挨拶をしたい。
もし明日、死を宣告されたら?
私は時折、自分自身に問いかける。かつては「大丈夫!」だった。
だが、今の私は返答に困ってしまう。
明日、死を宣告されても大丈夫ということは、いつ死を宣告されても問題ないということだろう。
私はまだ死ぬ準備はできていない。
とりあえず、家の片づけをしよう。残された家族に、遺品整理で迷惑をかけないために……。
そしてやはり手帳は残さずに、毎年捨てよう。古い手帳を、たとえ家族にでも見られるのは恥ずかしい。
***
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