「救急車をお願いします」~帰省中のSOS~
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング実践教室)
元気に遊び回っていた子供たちが夜の八時過ぎに寝つき、同じ部屋でゴロゴロしながらスマホを触っていると、隣の布団から微かに異変を感じた。
「んん……あぁ……ひぃーん……」
ぐっすり寝ていたと思っていた8才の長男が小さなうめき声をあげたかと思ったら今度は泣き出した。
「どうした?」
声を掛けると、吐き気がするので洗面器を持ってきてという。子育てをしているとたまに遭遇する場面だが、たいていは心配していたような結果にはならずそのまま寝てしまうということもある。
しかし、その晩はいつもと違った。
結局息子は夜の22時半から明け方まで吐き続けた。水溶性のものが大半で30分から一時間の間に絶えず来る吐き気の波に、体はもとより精神的に参ってくる。波がくる度に彼が泣きながら差し出す手をギュッと握り返しながら「大丈夫、お母さんがついてるからね」と励ました。
ただでさえ心細い夜にさらに不安が増した理由は、ここが自宅ではないという事だった。夏休みで実家に帰省していたのだ。実家と言っても、元々祖父母が建てた家で、私はこの地域に一度も住んだことがない。
この日、他の部屋には祖父、父、伯母の三人が寝ていたが、家族を真夜中に起こすことを躊躇してしまい、ただひたすら夜明けが来るのを待った。とにかく朝一番で受診しなければ、そう思っていた。
いや違う、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
そう思ったのは朝4時を過ぎた頃だった。少しの水分さえ受け付けず、盛大に嘔吐して憔悴していく長男を見て危機を感じた。
(脱水症状になる……!!)
ちょうど三カ月前に、病み上がりだった5才の次男が脱水症状に陥った事を思い出したのだ。ようやく一刻も早くこの事態を脱さねばならないということに気づいた。薄明りの中で看病していた私は電気をつけた。煌々とした明かりの中で彼の様子をハッキリと目にして焦燥感が増した。顔色は真っ白で額に脂汗が浮かんでいる。
長時間私は一体なにをしていたんだ! バカバカ! 私のバカ!!
洗面器を自分で抱えさせて「みんな呼んでくるからね! すぐ戻る!」そう言って家族を起こしてまわった。
この時もう気持ちは固まっていた。救急車を呼ぼう。
救急車は本当にどうしようもない時に呼ぶものという位置づけで敷居が高い。しかし、この状況だったら、お世話になってもいいのではと思った。
119にかけて、約6分で救急車が到着した。
「お母さんですね? お部屋まで案内していただけますか」
救急車を外で待っていた私に救急隊員が言う。息子を見ると、隊員はとても柔らかいトーンで声を掛けた。
「おじさん来たからねー。もう大丈夫だよ。お名前言えるかな?」
テキパキと血圧や熱などを測りつつ、息子に優しく声を掛け続ける隊員の方につい泣きそうになる。二人で耐えた暗闇に明るい光が差し込んだようだった。
ぐったりとした息子は質問事項には答えられたが「歩けるかな?」の問いには首を振った。玄関の外に急な階段があり、ストレッチャーは不可と判断した隊員は息子を抱き抱えると救急車に乗せた。
「お母さんも同乗できますか?」
こうして私たち親子は救急車に乗り込んだのであった。
隊員の方が、搬送先を探す。どうやら一軒目途が立ったようだったが、様子がおかしい。渋られているのだ。
電話口で同じような質問を繰り返されているのか、隊員の方が経緯を何度も説明している。
「はい……はい……そうですね。お母さんもこの状況では朝まで待てないと判断されたようです。他県からの帰省で……その件については私の方から後ほど説明しておきます」
隊員の方を経由して医師から告げられた内容は、下記のようなものだった。
一つ目に、嘔吐しだして数時間も経過しているのに見守る時間が長い。
二つ目に、救急車を呼ぶ前に#8000に連絡してほしかった。
#8000は夜間や休日こどもの体調不良やケガなど判断に困った時にかけられる電話相談だ。小児科医や看護師が対応方法やすぐに受診した方がいいのかどうかを判断する。さらに受診が必要な場合には、受診可能な病院を教えてくれるのだ。
三つ目に、この地域にはこども専用の夜間診療センターがあるので、そこに行くという選択肢もあった。
正直、痛いところを突かれたと思った。
もしかしたら嘔吐は徐々に治まるのではないかという希望的観測により、長時間長男が苦しむはめになった事。
また、#8000は長男が赤ちゃんの頃には幾度となくお世話になり、都度判断を仰いだりしたが、ここ数年、夜中の急変というものがなく、存在がすっぽり抜け落ちていた。
こども専用の夜間診療についてはまったく知識がなく、この電話で初めて知る事となった。
病院に着くと小児科医が出迎えてくれたが、少々表情が険しい。夜勤を担当している者が自分しかおらず、場合によっては途中病棟に行くこともあるので手薄である事が予め説明された。渋られた原因だった。
それでも診察は開始され、まず初めに点滴が投与された。同時に血液検査や尿検査、エコーなどが行われ、その間、医師から私に対していくつもの質問があった。昨夜の食事内容、井戸水を飲んだか、飼っているペットの有無、周囲の感染症状況、症状が出始めた頃から今までの経緯などを回答していく。
意外だったのは質問が出生時にまで及んだことだった。母子手帳はあるかと聞かれたがここ数年持ち歩くことはなかったので、記憶をたぐりよせながら答える。内容は出生体重、妊娠週数、自然分娩かどうか、出生時に異常はなかったかなどである。産んだ張本人だから手元に母子手帳がなくてもなんとかなったが、付き添いがもし他の家族だったら、細かい点はわからないかもしれない。
次にレントゲン検査に呼ばれ、数十分後、検査結果が出揃った。やはり数値からも脱水の症状が見て取れるとの事だったが、他に急を要するような結果はなくホッと胸を撫で下ろした。おそらく腸炎だろうとの事だった。火の通りが甘い肉やサラダなど何かしら菌が付着している場合、それが腸で悪さをする。免疫力が下がっている場合はより注意が必要だという話だった。
5時間程度の滞在のうちに口からも水分が少しずつ摂取できるまでに回復したため、あとは自宅で様子見となり、私たちは帰される事になった。便で菌が排出され自然治癒を待つしかないとの事であった。
会計に向かう途中、まだ多少ふらつく長男を抱えて歩きながら、一枚のポスターが目に止まった。
『救急車がたりません! 本当に救急?』
赤のバックに白い救急車がバーンッと大きく描かれ、小さい文字で「全国で救急車の出動回数は5.1秒に1回」とあった。
一瞬胸がドキッとした。
息子の事が心配過ぎて、次第に恐怖心に変わり私は救急車を呼んだ。それがベストな選択だったかと言われたらわからない。救急車ひっ迫という状況のなか、後から冷静に考えれば違う選択肢もあったのかもしれないと今は思う。
それでも優しくヒーローのように登場してくれた救急隊員や冷静な処置を行ってくれた医師には感謝しかない。これから子連れで遠方に向かう際は、もしもの場合に備えて病院を調べておくなど事前の対策を講じる事を、私は自宅に戻る車のなかで誓った。
***
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