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リアル「貞子」に眠れなかった夜 〜ホラーではありません〜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: 小城 由紀 (ライティング.・ゼミ6月コース)

 
 

「恵比寿の引きこもり」と言われた時期があった。
 

 今から20年ぐらい昔の話だ。社会人になってしばらくして関東の田舎から、憧れの東京、しかも渋谷区恵比寿に暮らしていた。一歩部屋からを出るとそこは人や車でごった返し、雑誌やTVで話題な、素敵なスポットがすぐそこにある、刺激的な街。
仕事場まで通いやすい、とも言い切れず、なおかつ家賃は高い。そんな所で一人暮らしをしていたために、周辺は私の事をさぞかし遊び人なのだと最初は思うのだろう。
しかし私のプライベートはとても地味だ。自炊も結構していたし、おまけにゲーマーだった。恵比寿周辺のオススメを聞かれても徒歩圏内でしかよく知らない私は思うように回答が出来ず、次第に「引きこもり」と言われるようになった。だが、その徒歩圏内に何でも揃っているこの暮らしが、他人からどう思われても好きだった。
 

 住んでいた所は恵比寿駅から近い、築浅のマンションだ。オートロックも付いてしっかりしていたこの部屋が、少し安い賃貸で借りられたのはいくつか理由がある。(事故物件では、多分ない)
一つは北向きの一階で、部屋でほったらかしにしても平気と言われるサボテンが萎れるほど日当たりが悪かったこと。もう一つはオートロックである共同エントランスの正面に部屋へのドアがあり、ドアを開け放つとワンルームの全てが通りまで見えてしまう事だ。
日当たりの悪さはのちに引っ越す原因にはなったが、ドアの問題は、そもそも開け放しにしなければ何の問題もないことだったので、気にしてはいなかった。だが事件は、その部屋の配置だから起きたと言える。
 

 シフト勤務だった私は、次の日は午後から出勤だと深夜1時過ぎまでゲームをして、そろそろ寝ようと明かりを消してしばらく経った頃だった。
 

急にインターフォンが「ピンポーン」となった。
 

ビクッと体が震えた。場所柄、「終電に乗り遅れたから泊めて〜」という人は無いわけでは無かったが、この日はそういう連絡は無い。とりあえずインターフォンのカメラ映像を確認する。突然来て直談判で泊まらせてという友人かも知れない。
 

カメラ映像には誰も映っていなかった。
 

誰にせよ、私からの応答が無かったから諦めたか。私がインターフォンから目を離した後、
 

「ピンポーン」 また鳴った。相変わらずカメラ映像には誰もいない。
 

何が起きてるの? 私の心臓が大きく波立つ。こわい、こわい。部屋で暗い中ひとり座り、居留守を使ってやり過ごすしか無い。
 

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」
 

パニックになる。相変わらずカメラ映像には誰も映っていないまま何度も何度も呼び出し音は続く。
それからパタリと音は止まった。静寂。
 

部屋の明かりは付けないまま、玄関に行く。何らかの手段でオートロックを越えて部屋の前まで来ていたらこわい。だが、ドアを叩く音はしない。何も無かったような静けさだ。
 

思い切って、ドアに付いている魚眼レンズで外の状況を見てみる。幸い部屋の前には誰もいないようだ。私の部屋ならではの共同エントランスの先、オートロックの様子まで見える。
誰もいないな、いや? と思ってもう一度見返す。魚眼レンズは細かくわかるものでは無い。だがいつもは無い、何かこんもり大きな塊が遠くに見える。
呼び出しインターフォンパネルがある高さの少し下、誰かがうずくまっているようだ。
 

見えづらい魚眼レンズで、何度も目を凝らす。顔は見えない。うずくまっているが乱れた長い髪の様子で女性なのかと思う。
 

頭の中で前に流行った、映画「リング」の挿入歌が流れる。
 

🎵 来〜る〜! きっと来る〜! 🎵
 

ドキドキ鼓動が鳴る。あれ? 来ないなあ?
 

どうしたらいいか、しばらく悩む。もう呼び出し音は鳴らない。10分以上経っただろうか。インターフォンパネルの下、うずくまる女性は確実にまだそこにいる。友人かも知れない。最初の恐怖感はかなり落ち着き、心が決まった。
 

部屋から出てみよう。
 

部屋を出て数歩。オートロック越しに状況を伺った。やはり長髪の女性がそこに居た。私の知らない人だ。髪を振り乱しほとんど顔が見えない。うずくまるのではなく、うつ伏せに倒れている。
持っていたと思われる水のペットボトルがキャップを開けたまま床に転がっている。そのため来ている白いワンピースやら髪、床が水浸し。水だけではない。髪の毛や顔、胸あたりを汚している吐瀉物が見える。
 

井戸もないのに床から湧いて出てきた「ゲ○まみれの貞子」。とっさにそう思った。そうとしか思えない状況だった。目覚めたら四つん這いで強化ガラスのオートロックをすり抜けそうだ。
 

気を取り直してオートロックの外に出た。もう時刻は午前2時を過ぎている。ずっとこのままにはするわけにもいかない。吐瀉物に触らないようにしながら声をかける。貞子さんは、う〜〜〜ん、としか声をあげない。何度も声をかけるが、状況は変わらない。建物の中とはいえ公共の場に、酔っ払って意識のない女性を放っては置けない。だが私一人では体を動かすことは不可能だし、吐瀉物まみれで部屋にはあげる気もない。
 

悩んだ末に警察に連絡する事にした。人生初の110番だ。
 

「はい110番警察です。事件ですか?事故ですか?」
 

緊張しながら大した問題でない事を謝り、でも相談する。警察官が来てくれる事になった。私としてはもう寝たいのだが、その場にとどまるようにと言われ、意識のない貞子さんと待つしかない。緊急性がないこの現場に、一人の警官がのほほんと自転車でやってきたのは、通報から1時間ぐらい経った頃だった。
 

 警官は私から状況を聴いて、貞子さんに声をかける。1時間程寝たからだろう、貞子さんはまだ酔いは残ってはいるものの、少しずつ話し始める。どうやら最上階の住人の彼女らしい。
「じゃあ、何で一階の私の部屋を鳴らしたの?」
と疑問に思いながら、その彼の部屋を呼び出す警官を眺めている。どうやら部屋にいないらしい。電話も繋がらない。
ああでもない、こうでもないと警官が策を講じているのを、私はただ見ているしか無い。
空が白み始めている。いい加減部屋にもどって休みたい、遅番とはいえ睡眠時間は削られている。
明るくなってから一人住人が戻ってきた。その人は彼氏の隣の部屋だそうだ。貞子さんと彼氏とは面識があるらしい。まだ眠そうにしている貞子さんを、とりあえず部屋に保護してくれ、一件落着となった。
もう時計は5時半を指している。こんなオールナイトはやりたく無かった。
さすがに寝不足で業務に支障が出そうだ。
 

 それから貞子さんの顔を見ることは無かった。彼氏とは別れたのか? それとも私が日中の貞子さんを認識できなかったのか?
都会ではすれ違う人の顔をいちいち気にしてなどいない。隣同士、マンション住人同士、基本的に干渉することは無い、それが都心の賃貸マンション暮らしである。わからなくても、貞子さんに幸あれ! と願うのみである。もう泥酔は禁止だからね。
 
 

 現在は関東近郊の片田舎に暮らしている。貞子さんとの遭遇経験はレアなものだとしても、東京都心に住んだことは私の良い思い出になっていて、いつかまた恵比寿周辺に居を構えることはできないかなあ、といつも情報を追っている毎日である。

 
 
 
 

***

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2024-09-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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