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「死ぬ前までにやりたいことリスト」を作ってわかったこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:だいふく(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

自分の本性を思いがけない場面で知ることがある。
勤めていた職場の先輩とランチに出かけたときのこと。
「死ぬ前までにやりたいことリストって知ってる? 私、作ったらいいことがあったのよ。あなたも作ってみるといいかも」
と先輩は別れ際に言い、ニコニコしながら去っていった。
「いいことがある」という言葉に弱い私は、数日かけ「死ぬ前までにやりたいことリスト」を作った。
 
作ったからには、実現しなくては意味がない。
書き上げたリストの中の、「9㎝ピンヒールで銀座を闊歩する」を叶えるため、9㎝ヒールの靴を探しはじめた。すると、アルゼンチンタンゴ用の靴はヒールが高くてもとても履きやすいということを知った。自分の容姿はさておき、アルゼンチンタンゴという華やかな世界に興味津々となってしまったのである。
 
ネットでお店を探し、都内のアルゼンチンタンゴ用の靴を取り扱っているお店に予約をした。お店は、アルゼンチンタンゴの教室とシューズ売り場が併設されていて、教室ではレッスンが行われていた。
先生と思われる目鼻立ちがはっきりとし、ダンスで磨かれたスタイルの整った美しい女性が靴を探してくださった。
 
用意していただいた靴を試着しながら、
「ヒールを履いて素敵に歩きたいんです」と、話したところ
「だったらアルゼンチンタンゴを習ってみませんか?タンゴの基本は歩くことなんです。今、初心者のレッスンをしているので見学してみませんか?」と、勧めてくださった。
 
レッスンを見学しながら、女性はアルゼンチンタンゴの魅力を語ってくださった。その女性はアルゼンチンタンゴに魅かれて1人でアルゼンチンに行きレッスンを受けたこと、シューズさえあれば世界中のタンゴを踊るミロンガという場所でいつでも踊れて、言葉が通じなくても踊りでコミュニケーションがとれること、世界が広がることを教えて下さり、アルゼンチンタンゴを踊っている自分を想像してしまった。
 
教室で流れていた「リベルタンゴ」のうっとりとする調べが、ズキュンと私の胸を射抜いた。
「是非習いたいです」
即決した。
 
翌週からレッスンが始まった。アルゼンチンタンゴのシューズは素足で履くということにまず驚く。普通のヒールだと数分で足が痛くなるが、アルゼンチンタンゴの靴は痛くならない。ビックリだ。レッスンの始めは音楽に合わせてウォーキング。同じ音楽でも演奏するバンドごとに歩き方が微妙に変わるらしい。慣れてくるとイントロだけで、どのバンドの演奏かわかるとのこと。すごい!
 
初めて知ることばかりのレッスンが始まって数回過ぎたころ。
「アルゼンチンタンゴでは、女性の動きはすべて男性が決めます。
そして女性は後ろか横にしか動きません。女性が前に行くことはありません」と説明があった。耳を疑った。
 
私はどちらかというとこれまで自分の動きは自分で決めてきたし、午年生まれだから進む方向は前。横に動くことはあったかもしれないが、後ろに進むなんて私の選択肢にはなかった。おいおい、大丈夫か。続けられるか。
 
ある日のこと。いつもはレッスンの休憩ではお菓子を食べたり、大人の世界だけあって時にはお酒が出たりという雰囲気だったが、この日は教室の空気がピリッとしていた。競技会で何回も受賞されている男性の先生が教えて下さる日とのことだった。
 
件の男性の先生は、レッスンにも関わらず競技会に出るような服装でゴールドのオーラを放っていた。眩しすぎる。一人ずつ順番に、みんなの前で先生に教えていただく。声は優しいが高みをご存知であるがゆえに、ベテランの生徒に対してもとても厳しい。教室の空気もレッスンが進むにつれ一層張りつめてきていた。私の順番がきた。心臓が飛びだしそう。
 
「君は初めてだね」と言って、先生は私の手を取った。先生からはほんのりと柔らかい甘い香水の香りが漂ってきた。「うわっ、近っ。どうしよ」つめたい汗が背中と手に噴き出てきた。
 
音楽が流れ踊り始める。リードするのは男性、つまりこのダンディな先生なのだが、先生が伝えてくれているはずのリードのサインが全くわからない。え?え?どっちいくの?右?左?後ろ?
 
パニック状態で本性が出た。女性が前に進むのは一番やってはいけないことなのに、私は前方に何度も進んでしまった。天井の照明が映るくらいにピッカピカに磨かれていた先生の靴を何度も踏んづけ、あろうことか曲が終わる頃に先生の「すね」、弁慶の泣き所を蹴ってしまったのだ。
教室の空気の温度は、私が先生の足を蹴ったことで凍り付いた。芸人さんがいう「スベル」なんていうレベルじゃない。
 
「ねぇ、キミ、僕のことちゃんと感じてる?」
ひぇーーーーー。
 
こんな言葉をダンディな男性からいわれたら、炎天下のソフトクリームのように一気にとろけてしまうが、この何とも言えない空気の中、私は急速冷凍されたイカのように棒立ちになってしまった。
「次の人どうぞ」
チーン。
 
折れた。銀座をヒールで闊歩するという気持ちも、ぶっ飛んだ。
死ぬ前までにやりたいことリストに、こんなことを入れた自分を呪った。
「死ぬまでにやりたいことリスト」を作ってわかったことは、私が午年をガチで生きている女だということと、足癖の悪さでは段がとれそうだということだった。

 
 
 
 
***
 
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2024-10-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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