ギブアンドテイクじゃなく、プラマイゼロじゃなく
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:しんがき 佐世(さよ)(ライティング・ゼミ9月コース)
子どもの夏休みとわたしの休日を合わせて、久しぶりに親子ふたりで出かけた。
福岡アジア美術館で「エルマーのぼうけん展」が開催されている。
『エルマーのぼうけん』シリーズの3冊は去年、子どもにプレゼントしたものだ。
母親のいない春から夏のあいだに迎えた誕生日の贈り物。
わたしが家を空け海外にいた間に、本は届けられた。
帰国後、本の表紙はどれもつるつるで傷ひとつなく、読まれた跡がなかった。
開いてみるとひらがなが多め。11歳には物足りなかったのだろうか。
気に入らなかったかな、とためしに、寝しなに読み聞かせてみると目を光らせて続きをせがんだ。
好きな物語らしい。だけど、子は一人で読もうとはしない。
夜に枕元で読み聞かせをすると楽しそうにしている。
それで、本の好み以上に「母親に読んでもらえるモノ」と捉えているのだとわかった。
物語以上に、母親と一緒に過ごせる装置の役割を、3冊が果たしていた。
夏休み期間のアジア美術館は家族連れが多かった。
縦15センチほどの小さな紙に描かれた挿絵は、作者の義母の手によるもの。
原画の鉛筆タッチが繊細ですごかった。
最近ネットで珍しくなくなった生成AIで描かれた絵を見慣れた目を開かせる、人間の手仕事だった。
『エルマーのぼうけん』作者の直筆ノートが何冊も展示されており、当時8歳だった作者のたどたどしい筆跡で、すでに物語が編まれていた。
敵方をやっつけるのではなく、知恵と行動でピンチを切り抜ける主人公エルマーが、りゅうの子どもを助け、りゅうの背中に乗って冒険する。
作者の自由への願望が物語に表れていると解説があった。
展示会場を出ると、エルマーグッズの販売ブースがあった。
マグカップや原書、Tシャツやぬいぐるみなどが売られている。
子が、りゅうのぬいぐるみに惹かれているのがわかった。
エルマーが冒険にでるきっかけになった、りゅうの子どものぬいぐるみが入れられた段ボールに手を伸ばし、水色と黄色の明るいしましま模様のりゅうをちょっと触って、元に戻し、また見ている。
なんというか、言葉にならない繊細な表情をしていた。
「買っていいよ」
私が言うと、目を見開いた。
「いいの?」
困り顔とうれしい顔が混じったおろおろした目をしている。
値札を見たのだろう。
普段わたしがぬいぐるみを買わないのを知っているので、なおさら戸惑っている。
「いいよ」
「ほんとにいいの?」
「欲しい?」
「うん」
「いいよ」
「ええー……」
子の手がたよりなく揺れている。
段ボールに無造作にはいった何体ものぬいぐるみたちを、どう扱おうかあぐねる手つきに、声をかけた。
「どのりゅうがピンと来るか、探してみたら。見つかるよ」
子どもがうなずき、ちょっと段ボールを眺めてから、手を下ろし「これ」とすぐに一体を取り上げた。
会計をすませて会場をでようとすると、子が言う。
「ありがとう。お母さん、してほしいことない? 買ってくれたお礼がしたい」
「特になんもないよ」
「でもお礼がしたい。何かない?」
「うーん、ないなぁ」
「うーん、でも」
体を揺らしながらまたも、うれしいと、困ったの混じった顔をしている。
帰り道、後部座席でバスに揺られながらぬいぐるみの小さな羽根をばたつかせ、くるくる踊らせ楽しそうな子と一緒に遊びながら、わたしはさっき子の言った「お礼」について考えていた。
「お礼」ってなんだろう。
無条件で欲しいものを手にいれることに、引け目を感じているのだろうか。
遠慮なのか、申し訳なさなのか。
それはなんなのだろう。どこからくるのだろう。
子だけじゃなく、わたしにもものすごく覚えのある感覚だ。
もしも値札のゼロが一個少なかったら、こうも戸惑わないのだろうか。
だとしたら「値の張るモノは自分にもったいない」と無意識に、信じているのだろうか。
あるいは、自身の欲を満たす「自分がプラス」と引き換えに、親の財布からお金が減り「親がマイナス」になるという結果に、奪う痛みを感じているのだろうか。
一緒にぬいぐるみの長いしっぽを撫でながら帰宅した。
子は夕食後もずっとご機嫌で、布団を敷いたあと、りゅうのぬいぐるみに自分の掛け布団をかけていた。
翌日仕事をしていたら、ふっとある思いが浮かんできた。
「これだ」なパキッとした明快な答えではない。
けれどたぶん、わたしが伝えたいことはこうだ。
子がモノを得てプラス(+)となり、親はカネを失いマイナス(ー)となる式では、ないんだよ。
欲しいものを得られる嬉しさのプラス(+)と、欲しいものを与えられる喜びのプラス(+)が、同時に成り立つ式があるんだよ。
これがその例だよ。
お母さんは算数あまり得意じゃないから、うまく説明できるか自信ないわ、でも実際そうなんだよ。
遠慮や申し訳なさを飛びこえて「欲しい」を伝えた勇気が、親への贈り物みたいなものだ。
奪ってなんかいない。あなたが与えた側だ。
ありがとうはこちらのセリフだよ。
それをなんども伝えることだな、わたしの言葉と態度で。
ああ、理屈の通ったごもっともな説得力より、親が笑うこったな。贈り物をありがとう。
きょう仕事から帰ったら伝えよう。
***
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