アナログで脳内に電流が走った日
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:谷上 リサ(ライティング・ゼミ9月コース)
中学生のある日、「これ読んだら」と母が本を渡してくる。
母はよく私に本をくれるのだがいつも突然で、読む準備ができてない私はよくそれを寝かせてしまっていた。
それでも母がくれる本は大体面白くて、アンネの日記やガラスの仮面は熱心に読んでいた覚えがある。
今回もらった本もしばらくは机で寝かしたままだったが、
当時はブルーが好きだったので、
「限りなく透明に近いブルー」 という耳障り良いタイトルが気になっていた。
どんな色だろう……淡いパステルカラーのような話を想像しながら本を開いた。
しかし、読み始めて1分もしないうちに慌てて本を閉じなければならなかった。
そこに広がる世界は想像していたものとは全く違ったからだ。
東京都の福生市を舞台に
そこにある米軍の横田基地の米兵用に建築された
「ハウス」と呼ばれる家
その中で繰り広げられるドラッグパーティや乱交パーティ
そこで衰廃していく若者の話
中学の道徳や保健体育では見聞きしたことのない世界が広がっていた。
中学生が想像し得る悪いことを軽く上回る想像を絶する世界観がそこにはあった。
きっと母は間違えてこの本を渡してきたのだ。
そう思った私はどうやってそれを母に訪ねようか迷った。
翌日、この本は読んでからくれた本なのかシンプルに聞いてみた。
「勿論」 と母は答えた。
自信満々な母の返答にそれ以上は何も聞くことができず、
「ふーん」 とだけ言ってその場を切り上げた。
もしかしたら何か意図があるのかも知れないし、怖いけどいい本かも知れないから読んでみようという気になった。それと同時に、まだ母は間違えてこの本を渡したのではないか、やっぱり返してと言われたらどうしよう、などとあれこれ考えて妙に後ろめたい気持ちになった。
読み進めていくと、読むに堪えないシーンにまた本を閉じたくなるのだがなぜだか目が離せない。不思議な文章の魅力に取りつかれていった。
まるで芸術作品を鑑賞しているかのような気分
怖いはずなのに、脳が描くイメージは淡い色で、刺激を超えて麻痺しているみたいな感覚。現実なのか夢なのかわからないような感覚。
アナログなのに脳内に電流が走っているみたいだった。
読み終わるころには、タイトル通りの話であったとなぜか思っている自分がいた。
本を読んでこんな気持ちになったのは初めてだった。
そして、その頃には母は本を渡したことさえも忘れているようだった。
そのあともこの本の内容が話題に上がることはなかった。
しかし、母が間違ってくれたかもしれないこの本は、意外とすぐに形となって影響を与えた。
その年の高校受験、国語の教科はほぼ満点。そのおかげで志望校に合格することができたのだ。
母に意図があったなら大成功だった。
あれから数十年の月日が流れた。
最近、我が家では私の鼻は飾り物だと言われている。
整形したわけではなく、嗅覚が弱まっているという意味の皮肉。
最初はアレルギーのせいにしていたが、衰えの線も否定できなくなってきていた。
建物の老朽化と一緒でメンテしないと人間の体も衰えていくのだとしたら、
物を見て感動する感性も衰えていってしまうのだろうか、
そう思うとあの本をもう一度読んでみたくなった。
本棚を探すと同じ作者の本はあるもののあの本だけが見つからない。
仕方ないので図書館に行くことにした。
外で読む限りなく透明に近いブルーは部屋で読むよりも刺激的だった。
初めて読んだ時と同じように刺激を超えて麻痺し脳内にはちゃんと電流が走っていた。
後日、誕生日のお祝いの席で私は母にもう一度質問してみた。
今度はもっとストレートに、中学生だった私にどうしてあの本をくれたのか聞いてみた。
母の返答は歯切れが悪かった。
「芥川賞作家だったしねぇ」
「ほら、登場人物に○○さんという人が出てこなかった?」
出てこない……
「作者は女性だったかしら?」
男性です……
「間違えたのかもしれないわね」
やっぱり間違えて渡された本だったのかな……
「あの頃は私も若かったからね」
この一言だけは引っかかった。
はぐらかされたような気分であり、真意はわからないままでもあるのだが、
仮に母に意図があったとするならば、
当時、後妻だった母の置かれていた環境は過酷で言語化するのも難しい感情の中、
あの本を読んでいるひと時だけは、現実から離れられる。むしろ健康法だったのかもしれない。
だとすると、あの本はやっぱり母からの推薦図書である。
***
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